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私は逃げたい  作者: 兎のうさぎ
本編
21/110

友人が逃がす気がない sideグレン

少し短めです。

 

 俺の友人が、騙されているかもしれない。

 そう思ったのは、友人の婚約者になった女が謎に包まれすぎていたからだ。



 俺の友人、ノアゼット・ライオニアは幼い頃からの仲だ。彼は昔から何をするにも完璧で、齢18にして国政にも口を出せるほどの能力の持ち主だ。

 剣も魔法も一流で、政治の手腕も見事なもの。顔も広くて伝手も多い。軍に入っても勿論活躍が見込まれるが、宰相という立場についてこそ彼の真価を発揮するのだと思っている。



 ノアゼットは、幼い頃からなんでも出来た影響か、何かに執着することが無かった。興味を示したものはすぐに身につけ、また違うものに興味をひかれる。


 唯一と言っていいほど興味を持たなかったのが、女だ。

 あいつに近寄る女は、その地位や能力を買って寄ってくるような奴らばかりで、どこに行っても女に囲まれる。だから女に嫌気がさすのも無理はない。


 本人も、結婚は家の為になる人とすると言っていて、自分の両親は恋愛結婚なのに全くそこには興味を引かれなかったみたいだ。



 そんなノアゼットが、ある女を目で追うようになった。

 そいつは平民の、至って普通の女だった。


 エミリア・ライドは、魔法の腕もそこそこで、成績もそこそこの普通の女だった。よくある明るめのブラウンの髪に茶色い目。平民達の間ではそこそこ人気なようで、彼女の周りはいつも人がいた。


 なぜそんな彼女をノアゼットが気に入ったのかは分からない。分からないが、ノアゼットは確実にエミリアに恋をしていた。

 いや…恋と言うには少し重い、執着めいたものだった。


 とはいえ、ノアゼットが恋をしたのはいい傾向だとは思った。エミリアを追いかけるノアゼットは今までにないくらい楽しそうで、自分の意に沿わない彼女は一層ノアゼットを夢中にさせた。


 このままエミリアが捕まって、ノアゼットの日常が明るくなればいいと思った。

 彼女が、ノアゼットに捕まるまで。



 エミリアを捕まえるためにノアゼットはエミリアを調べた。

 その時、エミリアの過去は何も出てこなかった。隠し子や虐げられて存在を隠された子だとばかり思っていたが、それは違った。


 エミリアがノアゼットに捕まって、彼女の誘拐犯が判明して。なのに誘拐犯からは全くと言っていいほど何も出てこない。

 かといってそれが嘘かと思えば、誘拐犯は確実にエミリアを探している。


 誘拐では無いのではないか。

 最初に浮かんだのはそれだ。


 誘拐などではなく、元々ドルトイ三男の元にいたエミリアが、何かをして、彼らから逃げる羽目になったのでは無いか。

 秘密を明かすのにノアゼットとの結婚が条件なのも、ドルトイから匿ってもらうためでは無いのか。


 だけどそれなら、学園長が後見をする意味もわからない。学園長を騙せるとは思えないし、わざわざ後見になってもらう必要は無いはずだ。普通に平民として学園に通えばよかった。

 ドルトイから逃げるだけなら尚更、学園に通う必要も無かったはずだ。



 彼女は何を企んでいる?学園長もグルなのか?

 俺がエミリアを疑っていることを、ノアゼットはすぐ気付いた。気づいたが、咎めることはしなかった。言いたいことはわかる、とでもいうように。



 そして今日、新たな事実が発覚した。

 ドルトイ家の別荘に、禁術を使ったかもしれない跡がある。


 ノアゼットはその報告書を見て、エミリアを被害者と決め、誘拐されたという言葉を信じて、召喚の魔術を使われたと仮定していた。


 だけど俺の見解は違う。


 エミリアは禁術を使った仲間の可能性もあるし、もしくはエミリアがあそこで禁術を使って、それがドルトイにバレて逃げたという可能性もある。

 後者なら厄介だ。そうなればエミリアは犯罪者であるし、なんの禁術を使ったのか、それによっては国家の危機にもなる。



 ノアゼットは長期休暇からまた変わった。

 エミリアに対して、より過保護になった。


 疑いがあることも知っているのに、エミリアに絶対の信頼を寄せている。盲目なまでにエミリアのためになろうとしている。


 これは危険かもしれない。

 そう思って俺は、エミリアに忠告をした。



 彼女は俺の睨みに怖がってはいたが、表に出さないように務めていた。そして敵じゃないと思うと言った。

 明言を避けたのはわざとなのか否か。


 でもその顔に嘘は見られなくて、至って普通の女性のように見える彼女に少し罪悪感を抱きながらも、彼女を完璧に信用出来ずにいる。


 よほど演じるのが上手いのか。どうしてもそう思ってしまう。



 だが俺がエミリアを怖がらせたことを、ノアゼットは怒った。


「…グレン、エミリアのこと怖がらせたでしょ」

「変なことは言ってないけどな。エミリアちゃんから何か聞いたのか?」

「エミリアは何も言わないよ。でも分かる。傷つけるようなこと言ったんだろ」


 ノアゼットは、相手が俺だから抑えてるものの、それなりに怒っていた。目には殺意が宿ってるし、俺じゃなかったら剣を抜かれてそうだ。


 久々にこんなに怒ったノアゼットを見た。

 そこまでエミリアを信じているのか。


「お前がエミリアを疑ってるのは分かる。そこは目を瞑ってるつもりだよ。だけど彼女を傷つけることは許さない」

「へいへい。悪かったよ」


 軽く謝るだけでも俺の気持ちはノアゼットに伝わって、ノアゼットは怒りをゆっくり鎮めていった。



 ここまでノアゼットが感情を振り回されるなんて、エミリアが狙ってやってるのだとしたら太刀打ちできない。

 もしエミリアが俺らに害なすものだと判明しても、ノアゼットは引かない可能性が高くなった。


 だから俺は、方向性を変えることにした。


 エミリアを疑うのはやめない。俺にとっては信用出来ない。

 だけどもうノアゼットをエミリアから引き剥がすのは無理だ。


 だから、エミリアをこちら側に引き込もう。例えばエミリアがノアゼットのことを好きになって夢中になれば、ノアゼットのために俺らやこの国に害なすことは出来なくなるだろう。


 もしくは、エミリアが本当に害のない人間だということを祈るしかない。

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