逃げるの休憩2
「ごめんね、エミリア。今日だけ、グレンと帰ってくれる?」
「別にひとりでも…」
「それは危ないからだめ。ね、なんも気にしなくていいから。…グレン、エミリアのこと頼んだよ」
闘技大会を来週に控えた今日、ノアはこの後共に出場するメンバーと話し合いがあるらしく、一緒に帰れないと言った。そして自分の代わりに、とグレン様を寄越した。
いや、私一人が帰るだけだし、学園の敷地内だから安全だし、わざわざ高位貴族のグレン様を代わりにしなくても…。
って思ったんだけど、ノアは頑なに譲ってくれなかった。
「ごめんなぁ、エミリアちゃん。今日だけだから俺で我慢してくれ」
「我慢なんてとんでもない…。むしろ申し訳ないです、私のために」
いつもノアと一緒に歩く道を、グレン様と歩く。
何がどうなったら公爵家の人間がいち平民のボディーガードみたいなことをしてるんだ。
大体ノアと婚約する前はひとりで登下校してたし、なんの問題もなかったって言うのに。それをノアも知ってるはずなのに。
「あいつもなぁ、エミリアちゃんを振り向かせようと必死だからなぁ。あんなに1人に執着して一生懸命なの、初めて見たよ」
はは、と笑うグレン様は本当に楽しそうだった。
「私のどこがいいんですかね…?」
「理由までは聞いてないな。気付いたらもうエミリアちゃんのこと目で追って探してたよ」
私の覚えてない記憶の中で、衝撃的な出会いをした訳では無さそうだ。じゃあこんな平凡な私のどこがノアの目にとまったのだろう?
「全く、最初は大変だったんだぞ。エミリアちゃんのこと監禁するとか言い出して、方向性変えるの苦労したんだからな」
「それは…心の底からありがとうございます。」
あの怖いモードのノアは、グレン様が居なかったら留まることを知らない状態だったのか。
グレン様は私の恩人かもしれない。
「あいつは…俺でもびっくりだが、結構、いやかなり執着心が強めだ。もしどうしようもなく無理なら言ってくれ。出来るが分からないが、善処しよう」
グレン様に真面目な顔でそう言われ、私は戸惑ってしまう。
監禁発言といい、ノアは中々特殊な性癖をお持ちのようだ。元の世界で言うところの、ヤンデレってやつなのだろうか?
とはいえ今のところ被害はない。閉じ込められてもないし、執着と言われても困るほどの何かをされたことも無い。
「ありがとうございます。でも、大丈夫です。その執着心は見せてくれてないですけど、私の言葉を無視するような人ではないと思っています」
ノアは私の話を聞いてくれる人だ。私の望むことは可能な限り叶えようとしてくれる人だ。
彼の行動に困ったことがあったら、正直にいえば話し合ってお互いが納得出来る妥協点を見つけられると信じてる。
そんな気持ちを込めて言うと、グレン様は目を見張って微笑んだ。
「エミリアちゃんは、どこか周りと違うな。その魅力にノアゼットはやられたのかもな」
「え………私、馴染んでないですか?」
「違う違う、そうじゃなくて」
周りと違うと言われぎくり、としてしまう。馴染もうと頑張ってきたのに、それが空回りでしたなんて笑えない。
でもグレン様が言いたいのはどうやらそういう事ではなさそう。
「エミリアちゃんは、人の内面をよく見ているだろ。そして自分の芯をしっかり持ってる。……あまり周りにはいない存在だ」
「そう……ですかね?」
「人の目を真っ直ぐ見てくるし、時々歳上のような包容力も感じる。」
年上と言われて一瞬ぎくりとするけど、顔に出さないように頑張った。
「まぁあのノアゼットが選ぶくらいだ。普通の女じゃないのは分かってたけどな」
はは、とグレン様は笑った。
私としては普通の女に見えて欲しいんだけどな…。
やがて寮の前にたどり着き、私はグレン様の正面にたった。
「ありがとうございました」
「いやいや、全然気にしないで」
グレン様との帰り道は、とても楽しかった。彼は話題を尽きることなく出してくれて、私の話にはどんどんめり込んでくれて。話し上手な人なんだなと思った。
「エミリアちゃん、1個だけ聞いてもいいか?」
「はい、何でしょう」
「エミリアちゃんは、ノアゼットの敵ではないんだな?」
敵?なにそれ、どういうこと?
軽く聞こうとしたその声は、彼の顔を見て発することが出来なかった。
その顔はさっきと打って変わって真面目な顔で、その目には鋭さもあった。軽くだけど殺気のようなものを感じるような気すらする。
それを見た私も顔が引き締まって、何も言わず、少し考えてから声を出す。
「…敵の概念が私には分からないので、明言は出来ませんが…。敵では無いと思ってます。なんの証明もありませんけど」
「……そうか」
ノアの敵とはどういう事なのか、それすら分からない。私が魔物だとでも言いたいのか、それとも政敵みたいな事なのか。どちらにせよどちらでもない。
「悪かったな、変な事聞いて。これからもノアゼットのこと頼むぜ」
「はい。今日はありがとうございました」
重い空気がパッと軽くなり、グレン様は笑顔で言ってきたので、私も笑顔で返した。
今の質問なんて無かったかのように、先程までのように。
私がお礼を言うと、グレン様は手を振って踵を返した。
それを見て私も寮の部屋へ足を進める。
寮の部屋に入って、私はベットに突っ伏した。
…………こわ!!!怖すぎ!!
あれほんとに18歳?嘘でしょ、18歳に睨まれるのってあんなに怖いの!?
さっきは現実味もあんまりなくて気丈に振る舞えたけど、落ち着いてから怖さの震えが体に戻ってきた。
何せこちらは平和に生きてきた平凡な24歳。いらつかれて睨まれることはあっても、あんなに殺すぞと言わんばかりの貫禄ある睨みには出会ったこともない。
いやぁ、異世界怖い。やっぱ怖い。
私が本当に敵じゃない(多分)から良かったものの、敵だったら殺されそうな勢いだった。冗談じゃない。
ていうかなんだ敵って。そもそも私に近付いてきたのはノアの方だ。私が怪しいならノアに言え。私は逃げてたんだからちゃんと!
ノアから逃げてた私がなんで敵だと思うのか、見解を聞かせて欲しい、切実に。
しかも私がノアの敵どころか、あなた達が私の敵になることがあるんですよって!私の秘密を知って利用しようとしたらそれはもう敵でしょ?私の敵にはなり得るけど、あなた達の敵にはならないよ!
「というかっ、こんな取るに足らない女ひとりっ、警戒するなって!」
いつの間にか脅えから怒りに変わって、私は起き上がると枕をベットに投げつけた。
もう!ほんと訳わかんない!私に言うな!
「私だって……私だって好きでこんなとこいるんじゃないのに!」
帰れるものなら帰ってるよ!
こんな、よく分からない魔法の世界なんて…!
知らずのうちに目から溢れた涙が頬を伝う。
そんなこと気にもならず、投げつけた枕を拾うと、今度はそれを抱きしめる。
「…………やっぱり、私には合わないのかな、この世界」
ぽつりと漏らした言葉は、思った以上に私の心に沈んだ。
グレン様が言ってた周りと違うという言葉は、間違いなくいい意味だろう。
でもきっと、私が異分子だからそんなこと出来るだけで、それがたまたまいい方向に転がっただけ。
別の場面でそれが悪く運ぶ可能性も充分ある。
それはやっぱり、馴染んでないってことなんだろう。
いい意味でも悪い意味でも周りと違うのは、私が異質だからなんだろう。
枕を抱えたままベットに背中を預ける。
「あーーーー………辛いな」




