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私は逃げたい  作者: 兎のうさぎ
本編
2/110

私は逃げたい2


「それで?君はどこの誰?どんな理由でここに来たの?誰に追われてたの?」


 さっきとうってかわって、真面目な顔になる。鋭い目で見つめられ、視線を逸らすのは許さないと言われているみたいだ。

 ぐっ、と奥歯を噛み締める。


「っ、それを言う義務ないよね」

「そうだね義務はないね。でも僕は君が教えてくれるまで何処かに監禁することも出来るんだよ。権力があるからね」


 にっこり、黒い笑顔を浮かべるノアゼット様。

 知ってるよ、そういう世界だって!だから関わりたくなかったのにぃぃ!!


「閉じ込められても話さないよ。大人しくもしない。やりたきゃやればいい」

「ふぅん?強情だね」

「私の秘密を黙ってるのは、私の身を守るために大切なことなの。脅されたくらいじゃ喋らないんだから。」


 突き刺すような目線から顔を逸らす。その秘密だって、強姦でもされたらバレちゃうんだけど。

 でもノアゼット様は脅すにしてもそういうことはしないだろう。一応そこは信じてる。


「うーん、じゃあどうしたら喋ってくれるかな。少なくとも君はその秘密のせいで誰かに追われてたんでしょ?君を脅かすもの全てから守ると言っても教えてくれない?」

「い、や!あなたが利用するかもしれないでしょ」

「なるほど。僕も利用するくらい魅力的な秘密なのかな」


 うぐっ。揚げ足をとるなぁ!


「じゃあ、僕のできる範囲で願いを叶えるよ。どんな欲しいものも用意するよ」

「いらない!」

「うーん、この手はなるべく取りたくなかったんだけど…」


 な、なに。なんか不穏な気配が…。


「君が喋ってくれないなら、学園長に話してもらうしかないかな?」

「っ!!」

「でも学園長もきっと素直に話してはくれないよね。どうしようか?」


 笑ってるのに笑ってない。学園長を脅す気満々だ。

 こ、これが権力者…!こんな、6個も歳下の18歳に脅されるなんて…!


「…なんでそんなに知りたいの。あなたには地位も権力もなんでもあるでしょ。学園長を敵に回してまでやることじゃないよ」


 学園長は貴族ではないものの、発言力はかなり高い。だからこそたくさんの貴族がこの学園に入学するんだけども。

 そんな学園長を敵に回したら、いくらノアゼット様でも宜しくないだろうってことは私にもわかる。


「確かにあんまり良くないね。だから僕のためにも、学園長のためにも、喋ってくれる?」

「だからっ、なんでそんなに知りたいの!理由を説明して!」


 ただ気になりましたで話せるほど軽い秘密じゃないの!


「理由…ねぇ?」


 意味深に笑うと、彼はようやく片手を壁から離し、その手を私の頬に添えた。


「それを聞いたら、君はもう逃げられないけど、いい?」

「は?…今現在すでに逃げられないけど…?」

「あはは、それもそうだ」


 頬に添えられた手をべりっと剥がすと、その手は再び私の顔の横の壁についた。

 しまった、今の隙に逃げればよかった!


「ふふ、理由、理由ね?僕が君を気に入ってるからだよ」

「…は?」


 なんだそのいいおもちゃ見つけたみたいな言い方。


「出来ることなら君を僕の私室に閉じ込めて、僕だけに世話して貰って、僕無しじゃ生きられなくしたいんだけど」

「え?え??」

「そうしたら学園長もうるさいだろうし、あんまり君に嫌われるのもなぁ、なんて思ってね」


 な、なに。何言ってるの?

 え?ちょ、理解できない、え?


「だから周りから囲もうかなって思って、君のこと調べてたんだけど…正体が掴めなくってさ。君が僕以上の権力者と繋がってると逃げられちゃうからさ」

「…はぁ」

「だから君の背後に誰かいるなら、その人にも根回ししたいなぁって思ってたんだよ。それが理由」

「……ちょっとよく分からない」


 1ミリも理解できなかった。全然わかんない。

 閉じ込めたい?世話したい?意味わからん。ペットにしたいの?え、セフレ?学園長に喧嘩売ってまで、セフレほしいの?


「分かんないかぁ。うーん、なんて言ったらいいかな…」


 もっと話されるともっと訳わかんなくなる気がする。


「と、とにかく、私の背後にいる権力者が知りたいってことでいい?」

「それだけじゃないけど、そうだね。教えてくれるの?」


 それくらいなら別に…。


「えっと…私の後ろに権力者はいないよ。学園長しかいない。」

「本当?」

「本当に。なんなら知り合いもいない。この学園に来るまでの知り合いは、学園長と、追われてるのを助けてくれた騎士の人だけ。」


 追われてる私を匿って学園長の所へ連れてってくれたあの騎士さん。名前も知らないけど、彼は命の恩人だ。

 彼は私を学園長のところに連れてってくれただけだから、私の秘密は知らないけど、それはきっとノアゼット様も知ってるんだろう。学園長を脅すって言った時、彼のことは口にしてなかったから、調査済みなんだろう。


「ふぅん…。親は?」

「いるけど、ここにはいない。」

「住んでたところは?」

「覚えてるけど、すごく遠く。」

「場所の名前は?」


 私の住んでたところは、ここからすごく遠く。どうやっても帰れないところ。


「……それは言えないけど、あなたも知らないところだよ。」

「…僕の知らないところがあるなんてね」

「調べても分からないと思うよ。すごくすっごく遠くて、とてもじゃないけど帰れないところだから」


 歩いても走っても、馬車を使っても辿り着けない。空を飛んでも世界一周しても行けっこない。


 ここからはるか遠く。どのくらい遠いかは分からない。

 帰れるなら帰りたいな、日本に。


「……。じゃあ、誰に追われてたの?」

「えっと…分からない」

「分からない?」

「うーんと、私は誘拐されて逃げたんだけど、攫ってきた人達の名前も知らないし、騎士さんに助けて貰ってからは気絶しちゃったから、どこにいたのか分からないし…」


 森の中をひたすら走って逃げた。方角も目印もなにも分からなかった。

 私を召喚したあいつらの名前すら分からない。


「君を助けた騎士から君を助けた場所は聞いてるよ。ファスト町から西に向かった所の道の途中だって」

「あ、そうなんだ?でも私方角も分からなくて逃げてたからなぁ…。森の中だった事しか…」


 森の中?とノアゼット様が聞いてきたから、頷いた。何か引っかかるところでもあるのだろうか。


「わかる範囲で、話せる?」

「えっと、起きたら知らない屋敷にいて、そこから逃げたら森の中で、ひたすら真っ直ぐ走ったよ」


 今更だけど、もう逃げないから両手を私の顔の横から離してほしい。


「誘拐犯の顔は覚えてる?」

「顔をフードで隠した人が3人と、指揮とってた偉そうな人が20代くらいの男の人で…暗かったから、あまりはっきりは分からないんだけど、髪の毛は暗めのいろだったと思う…。それ以外は見てない」

「20代くらいの男…。ちなみにどうやって逃げたの?」

「窓から木に飛び移って、そこから屋敷の塀を飛び越えて、あとはひたすら走った」


 時間が無くて、とりあえず逃げることしか考えてなかった。あれは極限状態だから出来た。今なら怖くて出来ない。


 と思っていたら、目の前のノアゼット様は俯いて肩を震わせてた。


「ノアゼット様?」

「…っく、ははは。ええ?窓から木に?そこから塀を?だめだ、面白すぎる」


 壁に手を突いたまま、笑いだしてしまった。

 なんかツボに入ったみたい。…楽しそうでなによりだ。


「あー、面白い。なるほどね。じゃあ君を閉じ込める時は、窓のない部屋がいいんだね」

「!!」


 しまった。退路を断たれた。

 聞き出すのが上手いなもう!


「それで、君の身を守るための秘密はやっぱり教えられない?」

「……だめです」

「君を誘拐したそいつからも守ると言っても?」


 …それはありがたい、けど!!


「……っ、私の秘密が知りたいなら、私と結婚して!」

「…えっ?」

「私の秘密は、私の旦那となる人にしか言っちゃいけないの!私と結婚して、あらゆることから守ってくれるなら教えてあげてもいいけど!?」


 なかばやけくそに近いけど、間違ってない。旦那になるなら何れ知ることだし。


「絶対にどんなことからも守るって約束して、結婚してくれるなら、結婚した日に教えてあげる」


 まぁ次期侯爵様がいち平民と結婚などしないだろう。一応この世界は身分差のある結婚を禁止はされてないが、良い目は向けられないはずだ。

 平民と結婚というリスクを背負ってまで、私の秘密を知りたがるわけー…。


「分かった」

「はぁ?」

「結婚でしょ。うん、しよう。してくれるよね?言質とったよ?嫌だとは言わせないからね」


 え?何言ってんのこの人。

 ものすごい真顔で凄い早口でなんか言ってた。


 彼はようやく壁から手を離すと、着ていたローブの内ポケットから紙とペンを取り出した。

 そしてそれを開いて私に差し出す。


「僕はもう書いてあるから。君も書いて?」

「え?…えっ?」


 紙とペンを手に渡され、そのまま肩を抱かれて移動させられる。数歩歩いて教卓にたどり着いた。

 ああ、書きやすいところに連れてきてくれたんだ。…じゃなくって。


「え、婚約届…?」

「すぐ結婚でもいいけど、準備もまだだしね。とりあえず婚約だけしてくれれば、あとはもう逃げられないからさ」


 …私があなたから逃げられない、ってことを言ってるよね?

 てかなんでこの婚約届、既に書いてるの。何でそれを懐に入れてたの?


「…本気?」

「もちろん。ほら、書いて?結婚してくれるって言ったよね?」


 凄い追い討ちかけてくる。やばい、ミスった?

 ど、どうしよう。婚約していいの?しない方がいいの?


「早く」


 背後から腕が伸びてきて、彼の両手は教卓についている。私を囲むように。

 また逃げられなくなってしまった…。


「…えっと、学園長に相談してから…」

「だめ。学園長は親ではないでしょ?許可はいらないはずだよ」


 うぐ…。に、逃げられない…。


「逃げられないって言ったよ?諦めて、僕と結婚しよう?」


 純粋な愛の言葉に聞こえないから怖い!

 でも逃げられないのも事実!


「…さっきの約束、守ってくれる?」

「もちろん。あらゆることから守るよ。君の秘密も、結婚する日まで聞かないよ」


 むむむ…。それなら…。婚約なら破棄もできるし、破棄した場合は結婚しないわけだから秘密も明かさないで済むし…。


 仕方なく私は紙にペンを走らせた。



「これで婚約したね。ふふ、君はもう僕のものだね」

「…はぁ、そうだね…」


 嬉しそうなノアゼット様を尻目に、私は小さくため息をつく。

 まぁ、破棄することもできるし…。


「破棄する気は無いからね?」

「!」

「逃がさないよ?」


 ひぇぇ。狩人の目してるよぉぉ。


 ノアゼット様は満足げにその紙を懐に入れて、私はようやく解放された。

 …かと思いきや、手のひらを差し出された。

 なに?何か寄越せって言ってる?


「報告したいでしょ?学園長室まで行こう」


 あ、手を取れってことね。

 私はノアゼット様の手を取って、そのまま学園長室に向かった。


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