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私は逃げたい  作者: 兎のうさぎ
本編
19/110

逃げるの休憩

 

 残りの長期休暇は、屋敷内で過ごした。といっても1週間くらいしか無かったから、ノアも仕事に精を出して、私もお菓子作りをさせてもらったり、庭の散歩をしたり、色んな本を読んですごした。


 とても充実して、沢山のことを学べた休暇になった。



 そして戻ってきた学園生活。



「……なんか、ノアゼット様、変わったわね」

「え、そう?」


 休み時間、ミルムにそんなことを言われた。

 変わったと言われても私には変わったようには見えないけどな?


「エミリアに対する甘やかしが増した気がするわ」

「あー……」


 少し嫌そうな顔でミルムは言った。

 それはあるかもしれない。ノアは長期休暇で私が泣いてから、私のことをとにかく甘やかすようになった。

 なんでも買ってくれるし、なんでも聞いてくれる。そして常にしたいこと欲しいものを聞いてくれる。


「今までは、エミリアの愛を乞う感じだったけど、今はなんか…娘を持つ父親みたい」

「間違ってないかも」


 ノアが父親と聞いてふふ、と笑う。確かにいい例えかも。

 そんな私を見て、ミルムは少し嬉しそうな顔をする。


「楽しかったみたいね。ノアゼット様のご実家は」


 ミルムに聞かれ、私は頷いた。

 初めて尽くしの今回の長期休暇は、忘れられない思い出になった。とても楽しかったしとても充実したし、精神面も落ち着いた。


「ノアのご両親も凄く優しい人だったよ」

「気に入られたようね。良かったわ。まぁ、エミリアだから心配してないけど」


 嬉しいこと言ってくれるなぁ、ミルム。


「ミルムはどうだったの?楽しかった?」

「もちろん!領地のお祭りがあってねーー」


 ミルムに話を振れば、ミルムは目をキラキラ輝かせて今回の帰省のことを話してくれた。


 教育が進んでいること、お祭りをロットと回ったこと、デートで色んなところに行ったこと。

 中でも、お祭りの屋台でロットが食べ物を買ってる隙に、知らない男に話しかけられたミルムを、かっこよくロットが助けてくれたところが、とてもときめいたんだそう。


 やるじゃん、ロット。


 ロットの事を話すミルムは恋する女の子の顔をしていて、いつも幸せそうだ。ロットに初め付きまとわれてた時は凄く嫌そうだったのに、変わるもんだなぁ。


「これもね、お祭りで買ってもらったの」


 ミルムは嬉しそうに、手首を見せてくる。そこには、可愛らしいブレスレットがかけられていた。


「わ〜!可愛い!」

「でしょう?今日の記念に、って!」


 愛おしそうにブレスレットを撫でるミルム。本当に嬉しいんだな…。ミルムの幸せそうな顔を見てると、こっちまで幸せになる。


 そんなミルムをニマニマして見ていると、それに気付いて少し顔を赤くし、私の耳を指さした。


「エミリアこそ!それ、ノアゼット様に頂いたんでしょう?」

「これ?うん、そう」


 私はノアに貰ったピアスを付けていた。ノアに、いつもつけてて欲しいと言われたからだ。

 まぁそんな邪魔になるものでもないし、学則は厳しくないし、折角買ってもらったし…ってことで付けている。


「魔輝石よね?綺麗ね」

「綺麗だよね。」

「やっぱり水色なのね」

「ノアは水色好きだからね」


 私がそういうと、ミルムは私を信じられないものを見るような目で見てくる。


「エミリア…それ本気で言ってるの?」

「え?うん。貰ったネックレスも水色だし、これ買う時も水色で、って言ってたから、好きなんでしょ?」


 そこまで水色に拘るなら、好き以外のなんでもなくないか?私は別に水色好きなんて言ったことないし。


 嘘でしょ…とミルムは落胆している。なになに、どういうこと?


「…エミリア、いいこと教えてあげるわ」

「なに?」

「この国の貴族はね、愛する女性に自分の瞳と同じ色のアクセサリーを贈るのよ。この女性は自分のものってアピールなの」

「へぇ………え。」


 待って?ノアの目の色…水色じゃなかった?

 あ、うそ、そういうことなの?!


「しかも2つ以上同じ色のアクセサリーを付けてたら、相手が居ると見なされて虫除け防止になるの」

「…なるほど」


 一つだけなら、オシャレでつける人とか居るもんね?2つ以上同じ色は、それと同じ瞳の人と懇意にしてますってことなのね?


 嵌められた気がしてならない。


「そこでなんで照れないのよ」


 私の態度にミルムは少し不満げだ。確かに私もミルムと同い年だったら照れてたかもしれない。

 でも私はもうちゃんとした大人だ。これくらいでは照れないし、それどころか…。


「…なんか、気付かなかった私の負けだわ、って感じ」

「何言ってんの?」


 私の気持ちはミルムには理解されなかった。




 長期休暇が終わってひと月くらい経った頃。


「で、結局仲直り!もう、仲がいいのはいいけど、喧嘩が多いのも考えものだよね」


 お昼に私はクラスの喧嘩ップルのことをノアに話した。よく喧嘩してるけど、とても仲のいい平民カップルだ。

 ただ今回は少し大きめの喧嘩で、珍しく3日間口を聞いてなかった。


 2人ともよく知ってる人だから少し心配になったけど、結局はいつも通りに戻って、今日も仲良く言い争っていた。


「喧嘩して口を聞かないって凄いよね。出来そうにないなぁ」


 私の話を聞いたノアはそんなことを言った。

 確かに、私達が喧嘩しても、口をきかないってことはない気がする。主に、ノアが。


 そんなことを思ってると、ノアは私の目を見てうっとりしたような顔をした。


「でも…エミリアの怒った様子も見てみたいなぁ。どんな風に叱ってくれるんだろう。怒ったエミリアも可愛いよなぁ」


 …変態がここにいる。

 なんでそれを想像してうっとりするの!?


「…言っとくけど、わざと怒らせるようなことしたら嫌いになるよ」

「うーん、それは困った。嫌われるのは不本意だな」


 ノアは降参とばかりに両手をあげた。

 当たり前でしょ!わざと怒らせるようなことする人、好きになるわけない!小学生の構ってちゃんか!


「でもなぁ、エミリアの言うこと全部聞いちゃうだろうから、怒られる未来が見えないな」


 余程怒った私が見たいのか、不満そうだ。


「…さすがに私も聖人君子じゃないから、怒ることもあるよ」

「本当?」


 ぱぁ、と嬉しそうな顔になるノア。

 本当に構ってちゃんの子犬みたいだ。


「じゃあその日を楽しみにしてよう」

「楽しみにされる事じゃないけどね…」


 怒るのは疲れるから好きじゃないんだけどなぁ。

 でもまぁ、一緒にいる時間が長ければ、不満も出るだろう。ノアだって私に怒ることもあるだろう。


 …でもノアに怒られたら、なんか監禁とかされそう…。

 思わず身震いした。



「あーー!いた、ノアゼット!」


 廊下の方からこっちに指さして声を上げた男の人がいた。その人はノアのことを呼んでいて、大股で近付いてくる。

 そんな彼に気づいたノアは、すごく嫌そうな顔をうかべた。


「こんな所にいたのかよ…っと、お?噂の婚約者ちゃんか?」

「はじめまして、エミリア・ライドと申します」

「エミリア、挨拶しなくていいよ」


 私には笑顔を向けるノアは、その人のことなんてまるで気にせずに紅茶を飲む。

 無視された男の人は、標的を私に変えたようで、私のことを見た。


「エミリアちゃんって言うんだ?可愛い名前だな。君にぴったりのいい名前だと思うぜ」

「ありがとうございます」


 じっ、と目を見られてふっ、と微笑んで彼は言った。流れるような仕草に、美形なのも相まってその行動がとても絵になる。

 ただ私はそれを見て、慣れてる行動なんだな、なんてことを思っていた。


「あれ?女の子はこれで大体顔赤くするんだけどな?」

「ふふ、申し訳ありません。ノアゼット様よりかっこよくなってから出直していただけますか?」

「こりゃ手厳しい。」


 私の答えにけらけら笑う男性。

 そんなので顔を赤くする訳ないでしょ!こちとら超絶イケメンのノアで見慣れてるんだよ!


「エミリア…僕のことカッコイイと思ってたの?」

「え、何を今更。ノアがかっこよくなかったら世の中の男の人が可哀想でしょ」


 ノアは何故か嬉しそうに私のことを見ていて、そして立ち上がると座ったままの私を抱きしめた。

 ノアの硬い腹筋に私の頭が押し付けられる。


「見た目は良い方だとは思ってたけど、エミリアには効いてなかったから心配だったんだ。…そっか、かっこいいと思ってくれてたんだ」

「良い方どころか、国宝級イケメンだよ」

「いけ…?国宝級ってことは国で1番かっこいいってことで合ってる?」

「え………多分?」


 イケメンはこの世界にないワードだったか。失敬失敬。

 国で1番て聞かれても、国の人全員を見た事は無いから断言は出来ないけど頷いたら、ノアはまたぎゅう、と私を抱きしめる腕の力を強める。


「ちょっとちょっとおふたりさん、イチャイチャしないで」


 一方的に抱きしめられてるだけですけどね!

 ノアは私を抱きしめたまま、顔だけ男の人に向けた。


「僕とエミリアの大事な時間を邪魔するほど大事な用ってことだよね、アルベルト?下らない用事だったら殺すよ」


 ひぃ、いちクラスメイトに殺すとか言ってるこの人!

 ぶる、と身を震わせた私を、ノアは何を勘違いしたのか背中を摩ってくれた。


 いや、あなたの発言に震えたんです!


「お前…本当に骨抜きになってんだな…。信じられねぇ」

「そういうのいいから、要件を早く」

「へいへい。……ノアゼット、闘技大会に一緒に出てくれ!」


 大きな声とともに大きく頭を下げた男の人。…アルベルトって呼ばれてたな。アルベルト様。ノアのことを呼び捨てにしてたくらいだから、これまた位の高い貴族なんだろう。


 なるほど、闘技大会のお誘いだったんだ。


 闘技大会は1年に1回の学園のイベントで、剣の部と魔法の部と、混合の部があって、それぞれの戦い方で優勝を目指すトーナメント制の大会だ。

 個人戦と団体戦があり、アルベルト様が一緒に、って誘ってるから、団体戦へのお誘いかな。


 去年の闘技大会は見に行ってないし、そのあとクラスで誰が良かったとかの話はしてたけど、参加者も多くて何も覚えてない。ノアは強いと聞くけど、去年は出たんだろうか?


 頭に疑問をうかべた私を置いて、ノアは彼に答える。


「僕は出ないって言ったよね。闘技大会に出たところでなんのメリットもない。注目されて迷惑だ。去年に引き続き今年も出ない」


 あ、去年出てないんだ。

 それどころか注目されて迷惑…。確かに、ただでさえ人気のノアが闘技大会に出て優勝でもしようものなら、もっと人気が出て大変なことになるのは目に見える。


 それがノアは嫌なんだな。


「でも今年はデメリットもないだろ?ノアゼットがエミリアちゃんに熱中なのはもう全校生徒が知ってる事だ。お前が勝っても煩わしい事はないだろ」


 アルベルト様の言葉に私はげっ、となった。

 全校生徒が知ってる…って、なにそれ?精々同学年位じゃ…と思ったけど、そういえば私が閉じ込められて窓から落ちた事件の時、ミルムがなんか言ってたな…。

 校内放送でノアがなんか言ってたとか…なんとか…。


「だからってメリットもない。それに闘技大会の日はエミリアと一緒にいる予定だよ。それが無くなるんだからデメリットだろ」


 アルベルト様に対するノアの言葉は、少し冷ためだ。嫌いなようには見えないけど…。余程闘技大会に出たくないんだろうか。


 なにも返せることがなくなって不貞腐れたような顔になったアルベルトは、不意に私を見て、いいこと考えた、というふうににや、と笑う。


「エミリアちゃん、ノアゼットのかっこいいところ、見たくない?」

「おい、アルベルト!」

「ノアゼットの戦ってるところ、見たことないだろ?凄い強いんだぜ。見たいよな?」


 え、えぇ〜飛び火したぁ。

 確かにノアの戦ってるところは見たことないけど…。


「…エミリア、僕の戦ってるところ見たい?」


 ノアがそうっと柔らかい声で私に聞く。


「ちょっと見てみたくはあるけど…」

「出る」

「よっしゃ!」


 えぇ!?そんな簡単に出場決めるの!?


 アルベルト様は喜んで、じゃあお前の名前書いとくな!と言いながらどこかに行ってしまった。


「の、ノア…いいの?出るの嫌なんでしょ?」

「エミリアが見たいなら、全然。むしろ見てほしい」

「えぇ……」


 どういうことなの…。



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