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私は逃げたい  作者: 兎のうさぎ
本編
16/110

この世界から逃げたい5

 

「休憩しようか」


 2時間ほど街を回って、私はノアに連れられてカフェのようなところに入る。

 やたら上品なカフェに入って案内されたのは2階の個室だった。広い部屋に丸いテーブルと椅子が二脚。窓からはベランダの花々がよく見える。


 ノアに椅子をひいてもらって座り、メニューを見る。


「な、なんか高そう…」

「貴族がよく使うところだけど、そうでも無いよ?」


 そういうのは高いって言うんですよ。

 ノアは感覚がバグってるんだ。庶民の私には手に負えないよ。


「庶民のカフェの方がいいかなとも思ったんだけど、エミリアは人目が気になるようだったから」


 にこっと笑ったノアはどうやら私が周りの目線にびびってたのを気付いていたようです。

 とんでもない観察眼だな。


「あ、エミリアの好きなアップルパイがあるよ。食べる?」

「え、あ、うん」


 アップルパイ…ノアの前で好きって言ったことあったっけな?と思いつつ頷く。アップルパイが好きなのは事実だし。

 ノアは紅茶と私のアップルパイを頼んでくれた。


 やがて運ばれた紅茶を飲む。暖かくていい香りのする紅茶だ。未だに紅茶の種類とか味とかよく分からないけど、美味しいものは美味しい。

 自分でいれる紅茶は渋いけど、ノアがいれる紅茶とノアのお家ででる紅茶は美味しい。


 ここの紅茶も美味しかった。


「長期休暇が終わったら、学園の近くの街にも出ようか」

「えっ…大丈夫なの?」

「なんの問題もないよ。」


 そう言って紅茶をのむノアの仕草は何度見ても優雅だ。絵になる。


「この時期はこの街に劇団が居ないから、今日は見せてあげられないんだけど、学園近くの街ならいると思うから、休暇が終わったら行こう」


 私がこの前やりたいって言ったことだ。早速叶えてくれようとしてくれるノアに、私は胸が少しきゅっ、となる。


「ありがとう…」

「僕がエミリアと出掛けたいだけだよ。お礼を言うのはこっちの方」


 私の負担にならないような言葉もかけてくれて、申し訳なくなる。

 でもこうして頼ることが、ノアは嬉しいんだと自分を奮い立たせた。


 色々してもらってばかりだけど、ずっと申し訳ない気持ちを抱えてるのは、やってくれたノアにも失礼だ。してくれるっていうんだから、全力で楽しむしかない。


「あっちの街はここほど大きくはないけど、自然が沢山で楽しいよ。」

「そうなんだ」

「うん。花畑なんかもあるからピクニックもできるし、透き通る湖もある。街を一望できる丘もあるし…全部行こうね」


 ノアはデートスポットみたいなところを次々に挙げていく。

 つまり学園にいるカップルは、そういうところで愛を育むんだね。


「ちゃんとドルトイが離れてる時を狙うから、安心してね」

「うん。…ありがとう」


 私の平穏はノアの手に握られている。彼のおかげで私は安心して過ごせてる。


 ここまでしてもらっておいて、まだ逃げようとするのは愚策じゃないかな。なんて自分に聞いてみる。

 もうここは、ノアとの結婚に向けて覚悟を決めるべきなんじゃないかとも思う。


 ノアの婚約者になって、彼に助けられる度に思うこの気持ちは、でもやっぱり…って言う臆病な私に負ける。


 どうしてもこの秘密がバレた時のことが脳裏をよぎって、踏み出せないままだ。



「エミリア」

「ん?」


 運ばれてきたアップルパイを口に運ぶ。サクッとしたパイ生地からバターの味がしっかりして、中のアップルフィリングからシナモンの香りが鼻を抜ける。

 そんな私を、ノアは見つめる。


「結婚したら、覚悟しててね」

「?…う、うん」

「それまでは、何も気にしないで」


 ……あぁ、今考えてたこともバレてたんだな。

 ノアの気持ちに応えられない罪悪感がある事を、ノアは気付いたんだ。


「言っておくけど、僕は君を離さないからね」


 じっ、と私の目を見つめる。

 その目には確かな決意が宿っている。


「君の秘密がなんであれ、僕は君を離さない。逃がすつもりは無い。エミリアは僕と結婚することがもう決まってるんだよ。」

「えっ………ハイ。」

「うん、分かってるならいいんだ」


 ノアはふっ、と目元を和らげた。

 待って、さっきまでの決意に漲る目は、なんの決意!?逃がさないよって決意なの?それいる?


 というか、やばい、本当に逃げられない気がしてきた。ノアが私を利用してもしなくても、逃げられない気がする。逃げてもすぐ見つかる気がする。



 ちら、とノアを覗き見ると、ノアはしっかりこっちを見ていて、怪しい光を目に宿らせて微笑んだ。


 ひぃ!やっぱり早まった!!




 カフェを出たあとは、再び街を歩いた。そして私が入りたいと思った店を片っ端から行くことになった。

 行くところが迷って決められないなら、オススメの店を案内するけどどうする?と聞かれて、私は自分の直感で進みたいと我儘を言った。


 私の我儘に、ノアは嬉しそうに頷いてくれた。


 まず通りかかった、美味しそうな匂いのするお店。甘い焼き菓子の匂いがするから、きっとお菓子屋さんだろう。


 ノアにドアを開けてもらって中に入ると、ふわっと香るクッキーの香り。

 店内は沢山の焼き菓子が並べられていた。


「わぁぁっ!おいしそう…!」


 フィナンシェやマドレーヌ、クッキーやスコーンまで。色んな種類の焼き菓子が並べられていた。

 そのどれもが美味しそうで、さっきアップルパイを食べたばかりなのに、お腹が鳴ってしまいそう。


「いくつか買って、少し帰りの馬車で食べようか」

「ほんと?じゃあどれにしようかな〜」


 ナイスアイデアだ!帰りに絶対小腹すくもんね!

 帰りの馬車用と、明日のおやつ用を選んでとノアに言われて、私はお菓子を吟味する。


 クッキーとスコーンは数種類ずつ置かれていて、どれも美味しそうだ。柔らかいフィナンシェとマドレーヌも捨て難い。


 むむむ…。


「あ、ノアはどれが好き?」


 そういえばノアの好きな物はあまり聞いたことがなかったな、と思って、ノアの方を見ると、バッチリ目が合う。

 ノアは私を見てたのだろうか。


 目が合ったノアは、優しい笑顔のまま答えてくれた。


「僕が一番好きなのは、エミリアが作ってくれたクッキーかな」

「わ、ありがとう。…じゃなくて。なんのお菓子が好きか聞いてるの」


 そういう甘いのは今はいいです。


 ノアはいつも私の好きなものばかり優先して、自分のことは後回しにするから、気付けなかった。

 ノアの好きなもの。私も一応婚約者なんだから、知っておくべきだろう。


 だけどノアは少し困ったような顔をした。


「うーん、これといって好きな種類のお菓子は無いんだよね、本当に。エミリアが作ってくれたクッキーは間違いなく好きなんだけど」

「えー…」


 困った顔をしてるから、本当に無いんだろうな。

 その時出てきたものを食べるって感じだったのかな。食べれればいい、みたいな。

 それもそれで、勿体ないような。


 私はお菓子を眺めて、唸りながら決めた。


「じゃあ帰りの馬車では、マドレーヌとこのクッキーにしよう。明日のおやつはスコーン2種類にしよう。その中だけでも、ノアの好きなもの見つけよう?」


 今比べられるのはそれしかないけど、その中から1番好きなものを選んで、他のものと比べていけば、自分が何が好きかわかるはずだ。

 ノアに提案すると、ノアはくしゃっ、とした顔で笑う。


「ありがとう、エミリア。一緒に見つけてくれる?」

「もちろん!」


 そうして選んだお菓子をノアに買ってもらって、お店を出た。



 お店を出て、ノアは隠れてた護衛の人にそのお菓子を渡した。そして私達は一緒にまた歩き出す。


「ノアは街にはよく来るの?」

「あまり行かないかな。特に用もないし」


 それもそうか。お屋敷にいればなんでも事足りるもんね。

 それにノアが1人で歩いたら凄そう。逆ナンの嵐になりそう。


「でも詳しいよね?」

「エミリアに案内するために勉強したからね」


 えっ。だから詳しいの?

 ぎょっとした顔でノアを見上げると、ノアはいつもの笑顔を浮かべているだけ。


 わざわざ私のために街を勉強しただなんて…。凄いというかなんというか…。


「…ありがとう…」

「気にしないで。僕がかっこよくエスコートしたかっただけだよ」


 自分が好きでやったんだと言うノアは、私の罪悪感を軽くしようとしてくれてるみたいだ。

 その気持ちが嬉しいし、せっかくそこまで言ってくれてるのだから、今回は甘えよう。


「うん。頼りにしてる」


 そう言って繋いだ手を少し強めに握ると、ノアも握り返してくれた。




 4時くらいまで街歩きを楽しんだ。


 洋服屋にも行って、ノアにこれでもかってくらい試着させられ、そのほとんどを買われてしまった。ノアいわく、似合うから、らしい。

 貴族はほとんどがオーダーメイドらしく、私が次に屋敷に行く時までには揃えておくと言われて金持ちの凄さに少し引いたのは内緒だ。



 街のシンボルの噴水近くのベンチで休憩して、魔道具屋っていう所にも寄った。


 色んな効果が着いたアクセサリーや、雑貨まで売っていて、一つ一つ説明を見て魔道具に夢中になってしまった。

 だけどノアは呆れたり私を止めたりはせず、一緒に同じ魔道具を見てくれて、店員でもないのに説明までしてくれた。


 ノアはどうやら魔道具に詳しいらしい。そういえば婚約したばかりの時にくれたこのネックレスも、魔道具って言ってたな。


 お店に並べられてる魔道具の効果は詳しく書いてあったから、このネックレスの効果も詳しく聞いたら、ノアは「エミリアの身を守るよ」と有無を言わせない笑顔を向けてきたので、きっとそれ以上聞いたらダメなんだと思う。

 聞くのは諦めた。


 にしても、魔道具って結構高い。私にくれたネックレスのように、身を守る系統の魔道具も、1番安いもので10万円くらいする。


 だけどまさかノアがそんな1番安いくらいの効果をつけるとは思えないし、買わないで作るくらいなんだからそれなりの効果がついてるんだろう。


 それをノアは作ったって言ってたんだから、ノアの才能は計り知れないし、このネックレスの価値が恐ろしい。常に身につけてるけど、盗まれないように気をつけないと。



 魔道具屋を出たら、また街を歩いて次に目に付いたところはなんと薬屋だった。

 中に入ると色んな葉っぱや花などが売っていて、とても薬屋には見えない。


 その疑問もノアが解決してくれて、どうやら店頭に並んでいるのは薬の材料なんだそう。私が入ったところは薬屋と材料屋が兼任している所だったみたいだ。


 ここより小さな薬屋が、ここから材料を卸して薬を作って売っているんだって。


 でもここにも薬は売ってるはずなのに、見当たらない。

 それを聞くと、薬はカウンターで受け取るらしい。容器を持ってればその容器に入れてくれるし、無ければ容器代もかかるんだと。


 薬は液体らしいし、まぁファンタジーの世界のようにガラスが安く手に入る訳でもないから、そういうものか、と思った。

 錠剤なんか以ての外だよね。



 そんなこんなで楽しい街歩きを終えて、帰りの馬車ではノアと焼き菓子を食べた。

 マドレーヌとクッキーだったら、クッキーの方が好きみたいだ。

 食べ応えがある方が好きっぽい。


 本人もどっちが好きかはよく分からなそうにしてたから、多分どちらかと言うとこっちの方が好き、ってくらいだけど。


 何はともあれ、ノアの少し好きなものを見つけられたのである。




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