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私は逃げたい  作者: 兎のうさぎ
本編
13/110

この世界から逃げたい2

 

 ノアのお屋敷には、学園の始まる2日前まで…つまり、約1ヶ月お邪魔になる。私はこのお屋敷の中で過ごすけど、ノアは仕事があるみたいで、私と過ごせる日は3分の1くらいしかないそう。

 まぁそんな四六時中1ヶ月いられても困るしね。


 そんなわけで私は毎日、外や屋敷の散歩に行ったり、新しい本を読んだり、使用人の人達とおしゃべりしたりして過ごしていた。

 思ったよりも屋敷の中は自由にさせて貰えて、とはいえ常に侍女が1人着いてくるんだけど、それも息苦しくはなくて、とても快適に過ごしてる。



「エミリア様、本日はなにをいたしましょうか」

「うーん…」


 使用人に敬語は不要だと執事のロインさんに言われ、私は遠慮なくタメ口で喋らせてもらうことになった。

 ちなみに私にいつも着いてる侍女さんは、レイナさんとミュールさんの2人で交代でいてくれる。

 今日はレイナさんだ。


「今日はノアは?」

「ノアゼット様は本日は執務室にてお仕事です」

「そっか」


 ノアはこの屋敷の執務室ってところで仕事をしたり、王宮に出向いたりしている。長期休みも仕事に追われてて大丈夫なのだろうか。


 …あ。


「あの、無理なら本当にいいんだけど」

「はい。なんでしょう?」

「その…キッチンって借りられないかな」


 レイナさんは、きょとんとしたあと、すぐに顔を元に戻して笑顔を浮べる。


「お使いいただけますよ。なにをお作りなさいますか?材料を用意させますが」

「あ、じゃあクッキーにしようかな。久々だし」

「かしこまりました。少々お待ちください。」


 レイナさんが準備をしに部屋から出ていった。

 ダメもとで聞いてみたけど、いけそうかな?でも2年ぶりだからなぁ。うまく作れるといいなぁ。


 日本にいた頃は、よくお菓子作りをしてた。趣味の範囲だけど、なかなか上手くできていたと思う。


 寮のキッチンは狭すぎてて出来ないから…やりたいな…。



 少ししてレイナさんは厨房まで案内してくれた。

 厨房では1人のコックさんがついてくれて、レイナさんは厨房の入口で待っててくれる。


 コックさんに用意してもらった材料で、コックさん監修の元、クッキーを作った。さすがにね、人様のキッチンで好きに材料使って凝ったものとかは迷惑だからね。シンプルでやりやすいクッキーにしました。



「手際が良いですね。よく作られるんですか?」

「前はよく作りました。学園に入ってからは作れなくて…」


 寮のキッチン狭いですからね…とコックさん。

 分かってくれて嬉しい。そうなんです狭いんです。

 しかも電子レンジなんてものはこの世に存在しないし、オーブンは一部屋に1つついてるわけが無いし。寮のキッチンにはコンロひとつとシンクのみ。

 お菓子作りなんて、出来てホットケーキだ。


 だからといって材料も道具も外に買いに行けない私にできることは無い。ローリアさんに頼めば買ってきてくれるだろうけど、そこまで迷惑はかけられない。

 ただの趣味なのだから。




「では出来上がりましたら、お届けいたします」

「わぁ、ありがとうございます」


 クッキーをオーブンに入れて、ここからはコックさんにバトンタッチ。庭園でお茶して待っててくださいと言われた。


「あの、お菓子作りさせてくれてありがとうございました。いいストレス発散になりました」

「それでしたら良かったです。またいつでも仰ってください。」


 コックさんにお礼を言って、私は庭園に向かった。



「楽しんでる?」


 庭園のガゼボで休んでいると、ノアが現れて私の目の前に座った。

 今日はノアは仕事があったはず。休憩時間かな?


「うん、おかげさまで。とっても楽しんでるよ」

「そっか。それは良かった」


 ノアは自分の前に置かれた紅茶に手をつける。

 背景と紅茶を飲んでる姿がとても合ってて、そういう絵のようだ。


「ノアは休憩?」

「そう。今日の茶菓子は特別美味しいからエミリアとお茶しろって」

「あー…」


 今日作ったクッキーのことだ。あとでノアに差し入れしようと思っていたけど、まさか一緒に食べることになるとは。


 その時丁度よく、焼きたてのクッキーが運ばれた。


「ノアゼット様。こちらエミリア様がお作りになられました」

「エミリアが?」


 レイナさんに言われ、ノアは驚いた顔を私に向けた。

 私は少し気恥ずかしくなりながら頷く。


「じゃあ味わって食べないとね。」


 にこにこ笑顔のノアがクッキーを1枚口に入れる。


「うん、美味しい。」

「…ん、美味しいね」


 私も1枚食べた。うん、美味しい。普通に美味しい。


「お菓子作りは楽しかった?」

「うん、とっても!ずっとやりたかったの!ありがとうね」


 今はとてもスッキリしてる。溜まってたストレスがクッキーと一緒に焼けたようだった。


 喜ぶ私よりも嬉しそうな笑顔をノアは浮かべてた。


「良かった。やりたかったらいつでも言ってね。結婚したら君の家にもなるんだから」

「あ、ハイ…」


 結婚したら、ね。したらの話ね!

 まぁ、とりあえず今のところは甘えさせて貰おう。ただでさえストレス溜まる生活なんだ。ちょこっとくらい甘えよう。


「他にはない?やりたいこと。」

「やりたいこと…」


 それなら。


 街に出たい。

 出てみたい。

 この世界の街を探索してみたい。



「他にはないかな。ありがとうね、ノア」


 守ってもらってる立場でそんなこと言えるわけもない。ノアに笑顔を向けるけど、ノアは少し納得いかない顔をしていた。


「……それならいいけど」


 今回の長期休みは学園から出ることが出来てとても充実してるのだ。これ以上の迷惑はかけられない。

 それにきっと数年経てば外に出れるようにもなるだろう。今がその時じゃないだけだ。


「…そういえば、3日後に僕の両親が来るんだけど、会ってもらってもいいかな?」

「えっ、もちろん!挨拶させて!」


 一応婚約者だからね。なんて言われるかちょっと怖いけど。祝福してくれてるよってノアは言ってくれたけど、いざ会ったらこの子は相応しくないなって思われるかもしれない。


 まぁそうなったらそうなったで、その時考えよう。うん。ノアが私を逃がしてくれるとは思えないし。






「エミリアさんだね。ノアゼットの父、ロワールだ。ぜひお義父様と呼んでくれ」

「私はティタニアよ。お義母様と呼んでちょうだい」


 数日後、顔を合わせたのはダンディなおじさまと、若々しくて綺麗な女の人。どちらもとても綺麗な顔立ちをしていて、ノアの顔が素晴らしいのも頷ける。


「初めまして、エミリア・ライドと申します。よろしくお願いします」


 作法とかは分からないので、とりあえず頭を下げる。


「話は聞いてるわ。ささ、座って座って!」


 お義母さまが跳ねるような声で言う。その言葉に素直に従って、お義父様とお義母様の正面のソファに座った。ノアは私の隣にすわった。


「ノアゼットが結婚したい相手がいるなんて聞いて、どんな子かとワクワクしていたの。こんなに可愛らしい子だったなんて!」


 うきうきという言葉がとても良く似合う。可愛らしいと言われたけど、お義母様の方が可愛らしいです!


「タニア、落ち着いて。エミリアさんが驚いてるよ。ごめんねエミリアさん。」

「いえ。お義母様のおかげで緊張が解れました。ありがとうございます」

「まぁ…!」


 口元に両手を当てて感激したと言わんばかりのお義母様。その隣でそんなお義母様を見て、お義父様はやれやれとため息をついた。


「エミリアさんの優しさに感謝しよう。…遅くなったけど、エミリアさん。私達はあなたを歓迎するよ。ようこそライオニア家へ」


 お義父様はにっこり笑ってそう言ってくれる。嘘とかそういうのは感じられなかった。それに続いてお義母様も、私も歓迎するわ、と言ってくれた。


「ノアゼットから聞いてるとは思うけど、私達は君の身分は気にしていない。だからどうか、ノアゼットをよろしく頼むよ」


 私の心はノアと結婚するって決めたわけじゃないのに、お義父様にそう言われると内心焦ってしまう。どっちつかずな態度なのに、ノアのことをよろしく頼むと言われると、申し訳なくなる。


「こちらこそ、平民の私を受け入れて下さってありがとうございます。今は何の役にもたちませんが、精一杯務めてまいりたいと思います」


 申し訳ない気持ちを外に出さないように、しっかり答えた。

 今はこれしか、言えることは無い。


「本当はエミリアさんのご両親にも挨拶に行くべきだと思うんだけどね…」

「お気持ちだけいただきます」

「その方が良さそうだね」


 すんなり頷いてくれたお義父様。

 お義父様とお義母様は、ノアから私のことをどう聞いているのだろう。秘密があること、出自が明らかでないことなど言ってるのだろうか。


「ノアゼット、エミリアさんを泣かせるようなことはするんじゃないよ」

「勿論です。誰にも泣かさせないし、傷つけさせません」


 お義父様の言葉にまっすぐな声で、ノアは言う。決意を固めるように、宣誓するように。

 でもその表情はとても柔らかかった。


「エミリアを泣かせたら私も許さないわ。…ねぇエミリア、この屋敷のお庭はもう見たかしら?」

「はい。ノアゼット様に案内していただきました。とても素敵なお庭でした」

「でしょう?私も大好きなの!お気に入りの場所を紹介するわ、来て!」


 興奮気味なお義母様は立ち上がって目で行こうと促してくる。私はノアをちらりと見ると、頷かれたので、素直にお義母様について行くことにした。



 お義母様が案内してくれたのは、同じ庭の中でもノアとよく行くところとは別の場所。少し奥の端っこに、テーブルと椅子が置いてあった。


 そこに座れば、目線をずらさなくても庭園のほとんどが見れた。しかも狙ってか分からないが、手前に色とりどり花々、奥に行くにつれて低木が大きくなっていき、まるでひとつの画面に収まっておるようだ。


「これは…壮観な風景ですね」

「でしょう?ここから全てが見えるの。ノアゼットが幼い頃はよく、ここからあの子の遊んでいるさまを見ていたわ」


 懐かしむようにお義母様は呟いた。

 小さい頃のノアが、ここで遊んでいたのか…。想像するとなんだか可愛い。

 だって今でさえあんな綺麗で美しい人なんだ。子供の頃はとっても可愛かったに違いない。


 侍女さんに出された紅茶を1口飲みながら、可愛い幼いノアを想像した。


「でもその期間はとても短くて。普通ならもっと長く遊ぶところを、あの子は勉強と鍛錬に時間をあててしまって。とても寂しかったわ」

「幼少期から、頑張るお方なのですね」

「そうなの。鍛錬の休憩中にも本を読んでいたりして、あの子と遊んであげた記憶がまるで無いのよ」


 勉強と鍛錬にストイックだったんだなぁ。それが今のノアを形作ってるんだ。

 お義母様は納得がいかないと、眉を顰めていた。


「大きくなっても変わらずで、どんどん政治にも手を出すでしょう?だからか、女性に興味を湧いてくれなかったのよ。沢山の女性が好意を示してくれてるのに、あの子ったら鬱陶しいって言ったのよ?」


 わぁお、辛辣ぅ。

 私に甘々なノアしか見てないから、彼が他の女性にどう接しているのか全く知らなかった。

 お義母様の話が正しいなら、なかなかクールな男だったようだ。


 そんなノアを思い出して困ったようにお義母様はため息をつく。


「結婚もね、家の利益になる人とします、ってそればっかりで。でも我が家は恋愛結婚を推奨しているし、私達も恋愛結婚で幸せだから、それをノアゼットにも感じて欲しかったのだけど、あの子は興味無さそうにしていたのよ。」


 うーん、それがどうして、家の利益にならなそうな私を選んだかなぁ…。どこで見つかったんだろう、私は…。


「だからせめて学園には行きなさいと言ったの。学園は同年代の子達だし、出会いに溢れてるでしょう?だから、学園に出て、卒業までにいい子がいなかったら、好きにしなさいと言ったのよ」


 まさかの出会い目的で学園生活ですか。お義母様、学園は合コンじゃありません!


「学園に通ってからも、なんの報告もなかったから心配していたのだけど…。ある日突然、ロワールにノアゼットから手紙が届いたの。中には婚約届けと、サインお願いしますの一言の手紙だけあって。とっても驚いたのよ?」


 ノア…せめてもう少し事情を説明してあげたら…?

 お義母様は段々声が大きくなってきたので、どうやら興奮しているようだ。


「なんの音沙汰も無かったのに、いきなり婚約届けよ?しかも届けにはノアゼットの名前しかないの。相手も分からず、親のサインだけ書けというの!」

「それは…。相手のことを疑わなかったのですか?」

「あれだけ誰にも興味無かったノアゼットが選ぶ人だから、疑いも心配もしていなかったわ。気にはなったけれど。…なのに中々婚約証明書は届かないし、どうしたのかと思ってたのよ」


 あー…それは、あれですね。私が逃げてたからですね…。


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