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私は逃げたい  作者: 兎のうさぎ
本編
12/110

この世界から逃げたい

 

 ご飯も食べ終わって、食後の紅茶で一息つく。それも、ノアの膝の上で。


 あのお仕置からノアはこれを気に入ってしまって、食後の紅茶はいつもこれになってしまった。

 最初は拒否してたけど、結局されてしまうのでもう諦めた。


 諦めも肝心だ。


「そういえばあまり躓いたことはないと言ったけど、最近大きく躓いてるんだよね」

「えぇ、ノアが?なにに?」


 今までなんでも出来たノアに、出来ないことが?

 でも最近?そんな素振り無かったけど…。


 考える私を、ノアは後ろからぎゅっと抱きしめる。


「エミリアの落とし方がわからなくて」

「あー…」


 私でしたかー…。


「グレンがね、女性の扱いが上手だから色々聞いたんだけど、あんまり上手くいかなくて。僕の顔は悪くないと思うし、地位も性格も悪くないと思うんだけど…」

「…うん」

「何が足りないのかな。ねぇ、エミリアはどう思う?何したら落ちてくれると思う?」


 え?私に聞くの?

 私の落とし方を私に聞くの?


「あー、私にも分からないなぁ…」

「自分のことなのに?」


 ごほん、そうですよねー。

 これは、私のタイプとかいえばいいの?


「ノアは、かっこいいと思うよ。優しい顔してて髪もサラサラだし、背も高くて筋肉もついてるし。それに性格も、追い詰められた時は怖かったけど、いつも優しいし私のことよく考えてくれるし、大事に扱ってくれてるなって思う」


 未だにノアがどうして私を好きになったのかは分からないけど。

 それでも婚約者になってからのノアは、とても丁寧だ。距離を詰めすぎないよう気をつけてくれるし、私の気持ちも待ってくれる。たまに強引になる所は、まぁ目を瞑ろう。嫌なわけじゃないし。


「私は地位とか権力とかあんまり興味はないけど、それでもノアが頑張ってて手に入れた権力のおかげで、私を誘拐した人を特定することが出来たし、そいつらから私を守ってもくれる。そこも感謝してる」


 ノアだったからすぐに犯人が分かった。そして私を守ってくれている。権力の凄さは分からないけど、私にはとても助かるものだと今は思える。


 それでも。


「…それでも、私の秘密があるかぎり、私は誰にも恋したくない」

「…出来ない、ではなく?」


 私はふふ、と笑う。


「こればっかりは、私の意思ではどうにも出来ないよ。いつ誰に恋するかは私にも分からない。」


 抱きしめる腕の力が少し強まった。


「でも今は秘密がバレないように、誰にも心を許さないで壁を作ってる状態だから、とりあえずは安心じゃない?」

「…でも、エミリアの心が欲しいよ」


 昼間の偉い人みたいなノアはどこへ行ったのやら、今は甘える子供みたいに私に抱きついている。その声も少し拗ねてるような声だ。


 こんなノアを知るのは私だけなんだと思うとちょっと優越感。


「もし私に秘密がなければ、私はノアに恋してたと思うよ。素敵だもん、ノア」

「…本当?」

「うん。だから、結婚して秘密を明かしたら、その時はノアに恋するかもね」


 腕の力がもっと強まった。なぜ。


 結婚はまだ本気にはしてないけど、そうなっても仕方ないかくらいには思ってる。


「…そっか。うん、それならいっか。」

「うんうん」

「でも、壁があっても恋することもあるよね?やっぱり僕はもっと頑張るよ」


 ほっぺにキスをされた。

 うーん。それでも諦めないノアは凄いな。



 でも、壁を作っても恋してしまったら、それこそ私はどうしようか。

 その時こそ、逃げるしかないのかな。

 だって好きな人に利用されるのは…すごく辛い。


 だから出来れば、好きになりたくないな。





「今日は終わる頃に迎えに来てくれるって」

「あらそう。残念」


 放課後の勉強会が今日も始まる。

 ノアはあれから度々勉強会に参加してくれて、私達に色々教えてくれる。それでもやはり忙しいみたいで、終わる頃に迎えに来てくれるのが多い。


「ロットと最近どうなの?冬休みは一緒に過ごすの?」

「仲は順調よ。冬休みはロットの家に行って教育をうけるわ」


 数学の問題集を解きながら、そんな話をする。

 そっか。ミルムは平民だから、男爵夫人になる為に頑張ってるんだ。


「そっか…ミルム、頑張ってね。」

「もちろん。男爵夫妻も良い人だから、余計頑張らなくちゃと思うわ」


 ミルムは婚約してからもう何度も男爵家に行っていて、夫妻とも大分仲良しのようだ。将来が安心だ。


 いくら男爵とはいえ貴族。平民が貴族になるのは中々大変だ。立ち振る舞いもそうだし、勉強もそうだ。覚えることもやることも沢山ある。

 それをミルムは、好きな人と結婚するために頑張ってる。


 …偉いなぁ。


「エミリアも今年は侯爵家に招待されるんじゃない?」

「へ?」

「あなたも私と同じ立場よ。分かってるの?」


 じと、と怪しげにこちらを見るミルム。

 わ、忘れてました…。

 そんな心の声が聞こえたのか、ミルムは小さくため息をはく。


「あなたねぇ。私よりあなたの方が大変よ?次期宰相の妻だし、あのライオニア家よ?大変なんてものじゃないわ」

「え……」


 ちょっと冷や汗が出てきた。

 そうだ。ミルムがノアの実家はすごいって言ってた。そしてノアも凄いと。その妻になる勉強はそりゃ普通の貴族夫人より大変だろう。


 ええ?私の秘密を守るためにここまでしないといけない?

 今ならまだ逃げられる?


「まぁ、エミリアなら大丈夫でしょ」

「何を根拠に……」

「あなた賢いもの。所作も貴族とは違うけど、平民とも違う綺麗さがあるわ」


 ミルムがペンを止めずに口に出した言葉を、私はペンを止めて受け止めた。

 ミルム、そんなこと思ってたの?


「それに、エミリアが嫌といえばノアゼット様がどうにかしてくれるわ」

「さすがにそれは…」

「それが原因であなたが逃げるならノアゼット様にとって些細なことよ」


 ミルムまでそんなこと言って…!

 ずーんと分かりやすく落ち込む素振りをすると、ミルムは手を止めた。


「ねぇエミリア。私あなたとノアゼット様のことは応援してるわ」

「…うん」

「でもね、本当に本当に嫌なら、私は逃げるの協力するわよ」

「えっ?」


 顔をあげれば、真面目な顔で私を見るミルム。その目は本気だった。


「当たり前でしょ。私の大事な親友よ。本気で嫌なら逃がすわよ」


 当たり前のように言うけど…それってかなり大変なことでは?

 そう思った私にミルムはふん、と鼻を鳴らす。


「私があなたを逃がしたら、私は多分ロットと結婚は出来ないわね。もしかしたら私の家にも被害が行くかも」

「…それなのに逃がしてくれるの?」

「当然よ。自分の破滅が怖くて友人を捨てるなんて、そんなこと出来ないわ」


 破滅覚悟で助けようとしてくれるの?


「だから、本当に嫌なら私に言いなさい。助けてあげるから」

「み、ミルム〜!」

「ちょっと、くっつかないで!」


 感極まって私はミルムに抱きついた。

 こんなにいい友人をもてて、私はなんて幸せなんだろう!


「私ミルムと結婚しようかな…」

「はぁ?それはお断りよ」

「ひどい!」


 そして2人で目を合わせて、ふふ、と笑った。


「とはいえ私も破滅は怖いから、出来れば仲良くしててよね」

「えっ」

「少しくらい嫌なところ見つけても目を瞑りなさい。それを上書きするくらいあの人はいい男なんだから。」

「えぇ〜」





「エミリアは冬休みなにする予定なの?」

「特にないかな…長期休みはいつも寮に篭ってる」


 帰り道ノアと話しながら帰る。話題は冬休み。

 私は外に出て誘拐犯に見つかることを怯えてきたから、長期休みでもずっと寮に篭もってた。長期休みでも図書館は空いてるし、食堂も残ってる人数分作ってくれる。

 学園長はなるべく長期休みも学園にいてくれて、休みのうちは学園長とお茶したりもしてた。


 今回はどうなるだろう…と思っていると、ノアはそっと私の顔を覗いてくる。


「良かったら、僕の家に来ない?」

「ノアの家…」

「そう。エミリアこの学園来てから外でてないでしょ?いい気分転換にもなると思うよ。」


 なんでそれを知ってるんだ。

 ストーカーなの?ねぇ?


「行き帰りは僕も一緒だし、ずっと馬車の中だから安心して。ここには無い本とかもあるし、僕の家の庭もとても綺麗なんだ。気に入ってくれると思うよ」


 うぐ…正直言うと学園にいるのは飽きた。ノアの家っていうのも気になる。

 だけど…だけど…!


「…その、ご両親は」

「両親はね、普段は領地に帰ってていないよ。冬休みに顔出しに来るとは思うけど、数日だからそんな身構えなくて大丈夫だよ」

「…勉強したりしないといけない?」

「うん?勉強したいの?」


 私の質問の意図が分かってないようだ。


「えっと…貴族夫人になるための勉強とか…」


 それならまだ行きたくないかな…。結婚するって決めてないし…。

 そう思ったのが顔に出てたのか、ノアはふふ、と笑った。


「したいなら手配するけど、エミリアはまだしたくないんだよね?」

「まだ…うん、まだね」

「ならしなくていいし、僕としては君を落とすことが最優先だから。僕の家でゆっくりして心地良さを感じて貰えたらいいなって思ってる」


 くっ…イケメンはこれだから…!


「それに、結婚してもやりたくないならやらなくていいんだよ」

「それは…良くないんじゃ…」

「僕は君がいてくれればいいんだ。他の誰がなんと言おうと、言わせておけばいい。君が粗相をして僕の立場がなくなるほど僕の足場は脆弱じゃないから、安心して」


 …凄い口説き文句だ…。


 でもミルムの言う通り、しなくてもいいんだ。いやそりゃ本当に結婚したなら、私は頑張るけども。

 でも、しなくてもいいって言ってくれるだけで、緊張が少し解れた。


 気付かないうちに、握ってたノアの手に力を込めてたのか、緊張が解れると同時に緩んだ手を、ノアがぎゅっと握り返してくる。


「そんなこと考えてくれるってことは、少しは僕との未来を考えてくれたのかな?」


 …そんな嬉しそうに笑わないで!なんかいたたまれないから!


「それで、どうかな?僕の家に来るのは。」

「……じゃあ…お邪魔しようかな…」


 すごく嬉しそうなノアを尻目に、私は少し早まったかな、と思った。

 ともあれ、今年の冬休みは学校から出ることが決まった。






 テストも終わり、ミルムたちにさよならをして、私とノアは迎えに来た馬車に乗って侯爵家へ向かった。

 ノアの家に行くことをローリアさんに言ったら、楽しんでらっしゃいとだけ言われた。危険はないってことだろう。


 初めて見る貴族のお屋敷は、それそれは大きかった。横に長いマンションなんじゃないかってくらい。馬車で門をくぐってから窓のカーテンを開けてくれたけど、すごい広くて緑のたくさんある庭園で、低木で綺麗に形取られてる。


 というか門くぐったのに入口まで遠いな。

 このとんでもない広さの庭…庭なのか?玄関口と言っていいのか分からない入口の部分は、軽く見積っても田舎の小学校の校庭くらいはある。



 やがて馬車が大きなお屋敷に近付き止まると、外から扉が開かれて、ノアがひらりと出ていく。そして私に手を差し伸べてくれて、高さのある馬車からゆっくり地面に降り立つことが出来た。


「お帰りなさいませ、ノアゼット様。ようこそいらっしゃいました、エミリア様」


 使用人と見られる数名の人と、執事さんぽい人が揃って頭を下げた。

 うっわぁ。…凄い、おぼっちゃま感がすごい…!


「うん。変わりはないね?」

「ございません。」

「そう。先触れは出したけど、こちらはエミリア。僕の大切な人だから、僕以上に大事に扱うように」

「エミリア・ライドです。本日からお世話になります」


 紹介されたのでぺこりと頭を下げる。ノアに手を握られたままだからなんか締まらないけど。



 ノアに手を引かれ、屋敷内に入るとこれまた広いエントランス。どこ見ても綺麗だし豪華で少し腰が引けてしまう。

 そんな私などお構い無しに、ノアはぐんぐん屋敷の中を進んでいく。


 ピカピカ光る階段を登って、自分が映りそうなくらい磨かれた廊下を歩き、やがてたどり着いた部屋のドアをノアは躊躇いなく開ける。



 中はスイートルームのような広くて綺麗な部屋で、大きくてフワフワそうなソファと大理石みたいなテーブルと、オシャレな戸棚やそれに合わせたランプがあった。


 ノアはそのソファに深く腰かけて、私をそのノアの膝の上に乗せた。


「ふぅー…」

「ちょ、ノア?ここではやめよう?」

「なんで?誰も気にしないよ」


 私が気にする!!

 とはいえ腰に巻き付けられた腕が緩むことはなくて、やめるつもりはなさそうだ。


「ここは僕の部屋だよ、エミリア」

「ノアの部屋?」


 こんなすごい部屋がノアの部屋なんだ…。なんだか改めて、ノアって良い身分の人なんだと思った。


 感心してると、トントンとドアのノック音が聞こえた。


「ロインです。お茶をお持ち致しました」

「入って」


 ガチャ、とドアが空いて入ってきたのは、さっき入口にいた執事さんぽい人。

 彼は膝にのせられてる私の事など気にせず、テーブルに紅茶とお菓子を並べた。

 ごゆっくり、と声をかけてまた出ていく。


 なんか誤解されてる気がしないでもないけど、お茶に罪は無いのでいただいた。


「ん〜おいしい…」


 体がほわっと暖かくなる。

 後ろにいるノアも、片手を私の腰に回しながら器用に紅茶を飲んでる。


「あとで屋敷内を案内するね」

「ありがとう。楽しみ」


 こんな広いお屋敷、1日かかっても探索しきれない!行っちゃいけないところの方が遥かに多いと思うけど、行けるとこだけ探索してもきっと楽しい。

 それに入口の低木がたくさんある所も歩いてみたい。


 わくわくしてる私のことをノアが後ろから抱きしめる。


「エミリアが家にいるの、なんか信じられないな」

「誘ってきたの自分でしょ」

「そうなんだけど…。あーー閉じ込めたい」


 うぇっ。今とんでもない言葉出てこなかった?

 え?私の気の所為?


 ノアは私の首筋にぐりぐりとおでこを擦り付けて、そのまま首筋にキスをする。


「今ここにエミリアを閉じ込めれば…誰の目にも触れず、僕だけのものに…」

「の、ノア?思考が怖いよ?」

「え?あぁ、ごめんね。つい本心が」


 いや、本心なの?えぇ、私いつか閉じ込められちゃうの?


 そう思って身構えた私を見てノアは腕の力を弛めて笑った。


「ごめんごめん。本心だけど、やらないよ。せっかくエミリアが少しずつ歩み寄ってきてくれてるからね」


 そ、それならいっか、と思ってテーブルにあるマカロンを1つ手に取った。口に入れるとパキッ、と割れて中のクリームがじわ、と出てくる。


 おいしい…。


「まぁ、エミリアが逃げるなら考えるけどね」

「!?」


 うっかり噛みかけのマカロンを飲んでしまった。慌てて紅茶で流し込む。そんな私の背中を、大丈夫?と言いながらさすってくれた。


 いやあなたのせい!!


「出来れば…閉じ込めないでくれると…」

「うん。エミリアが逃げないならね」


 振り向けばなんてことないにこにこ笑顔がそこにあった。

 くっ。これならまだドルトイの方が逃げやすかったのでは?


「エミリア。逃がさないからね」

「ひぇっ」


 やっぱり婚約…早まったのでは?

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