卒業式
「卒業生代表、グレン・クレッツィオさん」
「はい」
舞台下で待っていたグレン様が、返事をして舞台に上がっていく。
彼が卒業生代表の挨拶とか想像出来ないが、本人は緊張してるようには見えないし、しっかり制服を着て壇上に上がると真面目な人に見える。
「卒業生代表、グレン・クレッツィオだ。まずは皆、卒業おめでとう。と言っても、ここからが本当の始まりだ。この学園で学んだ知識や技術、広げた人脈を使い、この先の人生で色々なことを成していくだろう」
壇上でみんなに向けてスピーチをしているグレン様は、いつもと違ってとても貴族らしい。いい意味で。いやいつもも貴族だけど。
なんだか存在感が凄いし、人の上に立つ人なんだと感じる。
凄いなぁ…と思いながらグレン様のスピーチを聞いていると、肩に腕を巻かれてそのまま引き寄せられる。
「グレンのこと見すぎ」
ノアが少し不貞腐れた顔で私のことを見た。友人のグレン様に嫉妬するノアはあまり見ないけど、見すぎるとするらしい。
ふふ、と笑ってノアの肩に頭を預けると、ノアは優しく頭を撫でてくれた。
というか、本当ならノアが卒業生代表の挨拶だった。次期宰相で成績トップ、侯爵家の跡取りで、ノアに卒業生代表の挨拶の話が来ていた。
グレン様はノアより格上の公爵家だが、そういうのは向かないそうで、入学式の挨拶もノアがやったらしい。だから卒業式も、ということだったんだが。
それなのに、私のそばを離れるのが心配だと言ってその話を蹴ったから、グレン様に回ってきたのだ。
すごく嫌がっていたから申し訳なく思ってちゃんと聞いていたんだけど…。まったく。
まぁ日本と違って格式ばったものじゃないし、席も自由、割と何してても自由な卒業式だ。誰かがが話してる時は私語は慎んでいるけど。
卒業生でも泣く人はいないし、悲しむ人もいない。友人は大体同じ地位の人達だし、それならいつでも会える。
むしろグレン様の言う通りこれからが大変なわけで、悲しんでいる暇などないそうだ。
そういうもんか…。私は少し泣きそうだけどな…。
でも私にとっても、これからがスタートなんだよね。
この学園でこの世界のことを予習しただけ。だいぶこの時点でハンデを貰ったけど、ここからが大事なんだ。
私を狙おうとする人も、殺そうとする人もまだいる。ノアの愛人になろうとする人もいるはず。
しかも今度の相手は学園内のように若くはないだろう。熟練の人達だ。
負けたら終わりだ。人生が。
絶対に負けられない。勝ち続けなくちゃいけないんだ。
ぐっ、と拳を握りしめると、腕を回されている肩がぽんぽん、と優しく叩かれる。ハッとしてノアを見上げると、優しい顔でこちらを見ていた。
「大丈夫」
ノアは小声でそう言うと、再び頭を撫でてくれる。
何も言ってないのに…。
でもおかげで体の力が抜けた。
そうだ、ひとりじゃない。
ノアと2人で立ち向かうんだ。
うん、大丈夫。私とノアなら大丈夫。
ありがとう、と小声で言うと、にこりと微笑まれた。
式が終わり、休憩時間を挟んだあとは卒業パーティだ。制服のまま行われる。
制服だから踊ったりはしないが、パーティホールで食べたり飲んだり、音楽や踊りを見て楽しんだりするのだ。
「グレン、挨拶良かったよ」
「嘘つけ。お前エミリアちゃんのことばかり見てただろ。俺のスピーチちゃんと聞いてたか?」
「半分くらいは聞いてたよ」
グレン様はノアにやっぱりな、と呆れた目を向けた。
ノア…ちゃんと聞いてあげようよ。ノアの代わりにやってくれたのに…。
「グレン様のスピーチ、とても素晴らしかったです。胸に響きました」
「ありがとう、エミリアちゃん。ノアゼットも奥さんを見習え」
「エミリアに褒められるなら僕がやれば良かったかな…。いやでもエミリアのそばを離れる訳には…。エミリアと一緒に壇上に立てばよかったのか?」
ぼそっと呟いたノアの考えを聞いて、グレン様がスピーチしてくれて良かったと心底安堵した。
スピーチ同伴ってどうなのよ?聞いたことないよ!
同じことをグレン様も思ったのか、私が心の中でツッコミ入れていたところを代わりにしてくれた。
グレン様に言われても何食わぬ顔で、もし次似たようなことがあったらの構想を練っているノア。
そんな彼の隣で周りに目をやると、ちょうど見える位置にミルムとロットを見かけた。
「ミルム!」
軽く手を挙げて名前を呼ぶと、ミルムもこちらに気付いてロットと共に来てくれた。
ミルムとロットは、ノアとグレン様に挨拶をしてから私に向き直る。
「今日で卒業ね、エミリア」
「うん。無事にこの日を迎えられたよ」
「私もよ」
ふふ、と2人で笑い合う。
ミルムの隣にいるロットは、出会った時に比べて背も高くなり、立ち振る舞いも丁寧になって頼もしくなった。
「エミリア、ノアゼット様のことあまり困らせんなよ」
「ロットも。ミルム泣かせたら許さないからね」
嬉し涙だけは許してやろう。
……まぁ私もミルムをたくさん泣かせてきたから、人のこと言えないんだけどね。
「あ、学園長だ」
少し彼らと話をしているとパーティの音楽が止まり、ホールの奥にあるステージにローリアさんが立った。
学園長の証であるローブを着て、凛として舞台にたち、ホール内の全員の視線を集めている。
たくさんの視線を浴びたローリアさんは、ホール内を見渡してからゆっくり口を開いた。
「今日この日、あなた達は学園から卒業しました。昨日まで共に学んだ仲間たちは、明日からは別々の道を歩んでいきます。ですが、この学園で広げた交友関係、学んだ知識や技術は何一つ無駄にはならず、あなた達の糧となるでしょう。私はこれからもこの学園で、あなた達のこれから進む道が明るく照らされているようにと祈っています」
ローリアさんの優しい笑顔に、私はこの4年間のことを思い返した。
色んなことがあった。
入学当初は何もわからなかった。本当に、何も。
魔法も魔道具も、お金の価値も食べ物も、暦も常識も。
何もわからなかった。知らなかった。
でも毎日学園長室に通って、ローリアさんからこの世界のことを学んでいた。
そうして急いで詰め込んだ知識は、もちろんボロも出た。
でも仲良くなったばかりのミルムは、深く聞いてこなかった。訳ありだと察して教えてくれるようになった。私もミルムの前では、素直でいられた。
だからロットがミルムの事が好きでも、ミルムがロットを好きじゃないなら応援できなかった。
ミルムもロットに気があったから応援しただけで、ミルムがロットを嫌がっていたならあんなふうにロットにアドバイスしたりはしなかった。
結果2人は両思いとなり、もうすぐ結婚だ。嬉しいものだ。
1年目はこの世界に馴染むのに必死で、2年目は少し余裕が出来たから余計にドルトイを警戒していた。
そして3年目、ノアに出会った。
ひとけのないところで友達になって欲しいと言われ、何かの罰ゲームかと思った。なんでこんなすごい人が、平民の私に、と。
自分の秘密のこともあり、高位貴族には近付きたくなかった。…のに、捕まった。
でもノアは…嫌がることはしてこなかったし、聞かないで欲しいところは聞かないでくれた。何からも守ってくれて、私を安心させてくれた。
私にたくさんの愛情をくれて、私にとって1番大切な人になった。
ノアと出会えた、3年目だった。
4年目は私の毒の事件や、ドルトイの件、私の秘密など、色んな事件が起きた。その全てからノアが守ってくれた。
元の世界には帰れないことが判明したが、ようやくそこで諦めがついた。区切りをつけられたのだ。
ノアのことを好きだと気付けて、大好きなノアと結婚出来て、本当に色々ありすぎた4年目だった。
愛する人と大事な友人に出会えたこの学園。
ここに通わせてくれたのが、ローリアさん。
何も知らない私に色々教えてくれて、後ろで支えてくれた人。
感謝してもしきれない。ローリアさんのおかげで今がある。
「…エミリア、学園長のところ行く?」
「…うん」
話が終わってローリアさんが捌けると、私の顔を覗き込んだノアがそう聞いてきたので頷いた。
ノアがグレン様やミルムたちに離れることを告げてから、私の背中に手を添えて歩き出す。
パーティホールから出て、ホールから音楽が漏れてる廊下を進み、控え室のひとつをノックした。
「エミリア・ライオニアです」
「どうぞ」
ローリアさんの声がして、私はドアを開ける。
ちらりとノアを見ると、彼は小さく手を振っていた。
行ってこい、ということなのだろう。
多分泣きそうなのもバレてると思う。
それでも、私を泣き止ませようとかはしたりせず、優しく見送ってくれた。
だめだ、今涙腺ゆるゆるだから、ノアの優しさにも涙出そう。
ぐっと堪えてノアに手を振ってから、1人でローリアさんの控え室に入った。
控え室にはローリアさんが一人でいて、私を見て暖かい笑みを浮かべる。
「こっちにいらっしゃい、エミリア」
「……はい」
手招きされ、ローリアさんの向かい合わせのソファに座った。
あまりまともに顔を見れない。感極まって泣きそうだ。
そんな私に気付いてか知らずか分からないが、ローリアさんはいつもの柔らかい声で私に言う。
「ふふ、あなたが来てもう4年も経つのね、早いわ。4年前は、あなたが卒業したらどうしようかと思っていたけれど…。幸せそうで良かったわ」
「…っローリアさん…」
「なぁに?」
奥歯を噛み締めて、ローリアさんを見る。
出会った時から変わらない、穏やかな笑顔。暖かくてほっとする、安心感のある表情。
「ありがとう、ございます。ローリアさんのおかげでここまで来れました。素敵な友人と愛する人に出会えて、私の問題も解決出来ました。本当に、ありがとうございます…!」
「あら、大袈裟よ」
口を開くと涙が溢れそうになるのを必死に堪えて、ローリアさんへ感謝を述べる。
「いえ、ローリアさんが学園で私を守ってくれていたから、私はずっと安全だったんです。ノアと婚約した時も、ローリアさんがいたからどうにかなるって思えました」
「でも私は守っていただけで、敵を討とうとはしていなかったわ。逃がしてあげることしか、私には…」
「そんな事ないです!」
ローリアさんの言葉を遮って声を上げる。
「ローリアさんがいつでも逃がしてくれるって思ったから、私は挑戦し続けられたんです!ノアとの婚約も、ノアを信じることも、もしダメでもローリアさんが逃がしてくれると思ったから出来たんです!」
「エミリア…」
逃げ道があった。もしダメでも、ローリアさんが逃がしてくれるという逃げ道が。
だからこそ、1歩踏み出せた。やってみようと思えた。
ローリアさんがいてくれたから。
影で私を守ってくれていたから。
「身も心もずっと守られていました。ずっと、救われてました。本当に本当に、ありがとうございます」
「ふふ、そう言って貰えると嬉しいわね」
少し恥ずかしそうに笑うローリアさん。
私はぐっ、と拳を握りしめてローリアさんの目をしっかり見た。
「ローリアさん」
「なにかしら」
「私、この世界に来られて良かったと思ってます!」
ずっと帰りたかった。あの世界が恋しかった。
諦めたけど、諦めざるをえなかったから諦めた。
でも今は。
この世界に来れて良かったと思っている。
私の言葉にローリアさんは目を丸くして、そしてとても嬉しそうに微笑んだ。
「私も、来てくれてよかったと思ってるわ」
「おかえり、エミリア」
「待たせてごめんね、ノア」
「待つのは苦じゃないよ。大丈夫」
ローリアさんの控え室から出てすぐの所にいたノアは、変わらず優しい笑みを浮かべている。
私の隣に来ると、そっと優しく抱きしめてくれた。
「挨拶できた?」
「うん。今までの感謝をめいいっぱい伝えてきた」
「良かった」
別に二度と会えなくなる訳じゃない。頻度が減るだけで、私が会いたいと思えば直ぐに会わせてくれるだろう。
それでもやっぱり、同じエリア内に住んでいたのだから、そこからいなくなれば寂しくもなる。
もうローリアさんの保護下からも卒業だ。もう十分大人だけど、巣立つ時なのだ。
これからローリアさんにたくさん恩を返せるように。心配させないように頑張るんだ。
抱きしめてくれるノアを、私は強めに抱きしめ返す。
「ノア、今まで本当にありがとう。ノアに出会えなければ、こんな晴れやかな気持ちで卒業出来なかった。本当に、ありがとう」
「こちらこそ、エミリアに出会えなければ僕の人生はずっとつまらないものだったよ。僕の人生に色をつけてくれてありがとう」
お返しとばかりに抱きしめる腕を強められる。
気持ちの強さがその腕に籠っていて、少し痛いくらい。
それに気付いたノアが直ぐに緩めてくれたけど、痛いくらいの抱擁も私は嬉しいのだ。
「これからも色々と迷惑かけたり、助けてもらうことは多いと思うけど、どうかよろしくお願いします」
「エミリアの事で迷惑なことなんてないんだけどな」
はは、と笑ったノアは本気でそう思っていそうだ。
迷惑だと感じない懐の広さに、脱帽だ。敵わないな、本当。
きっとこれからも適わない。
でも、それでいい。
だって私はもう逃げないし捕まったし、これからもずっと捕まっている。
むしろこっちからもノアを捕まえてやろうってくらい。嬉々として捕まりに来そうだけど。
学園生活は終わったけど、私の人生はまだまだ続く。
これからもきっと色んなことが起こるだろう。予想もできないような事だろう。
でも大丈夫。私にはもう逃げ道はないけど、全部迎え撃ってやる。
異世界で出会った大好きな旦那さんと一緒に。
番外編もこれにて終わりです!
最後まで読んでくれてありがとうございました!
今のところ予定は無いですが、この先の話を思いついたら投稿しようと思います。
とりあえずは終わりということで、ありがとうございました!!




