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私は逃げたい  作者: 兎のうさぎ
本編
11/110

逃げられない気がする2

 

「あ、今日は放課後迎えに来てくれなくて大丈夫だよ」

「ん?どうして?」


 朝一緒に行くことにも慣れてしまった今日この頃。そういえばと思い出して私はノアに言う。


「テスト2週間前でしょ?ミルムと勉強するの」

「そっか。どこで?」

「教室で。」


 この学園のテストは、3回だけだ。春と夏と秋。それも、筆記と実技がある。

 筆記は言わずもがなペーパーテストで、実技は魔法のテストだ。とはいえ魔法は個人差があるので、落第点があるとかじゃなく、そのテストの成績から就職先を決めるようなもの。


 ちなみに間近に迫ってるのは秋のテストだ。今学年最後のテスト。


「分かった。頑張ってね」

「うん、ありがと」




「さー、何からやる?」

「苦手なのを早く頭に入れたいわ。歴史やりましょ」

「了解」


 放課後、2人で飲み物と少し摘むお菓子を買って、教室に戻る。放課後の教室は基本無人だ。自習なら寮の部屋か資料の多い自習室でみんなやる。


 だから誰もいなくなる教室は穴場で、私達はいつもこうして人目を忍んでテスト勉強をしてる。



 2人で歴史の教科書とノートを睨めっこして、分からないところを聞き合う。


「この暴動はなんで起きたんだっけ」

「それは領主の増税だね。4度目の増税で耐えきれなかった国民の怒りだね」


 ミルムは歴史は苦手だ。かと言って私も得意ではないけど、授業で教わった内容なら頭に入れられる。

 その他の科目も、授業で教わったことだけなら、私は覚えられる。それなのに何故ミルムと一緒に勉強をするかというと…。


「ミルム、この報酬として与えられたラグレットの実って何?」

「それは当時のトゥルーレ王国の聖女が作ったとされる万能薬ね。製法も材料も何も分かってない幻の薬だと言われてるわ。今はおとぎ話のようになってるわね」


 そう、この世界の人なら必ず知る常識とか物の名前とかが、私にはなんの事だか分からない。そういうものっていう認識でもいいけど、しっかり覚えたいからこうしてミルムに教わってる。


 最初はミルムも、なんでそんな当たり前のことを聞くの?って顔をしたけど、私が訳ありだと察してくれて、それからはこうして何でも教えてくれる。

 こういうこともあって、私達は人のいない所で勉強をしてる。


 寮の部屋は壁に着いた1人分の机と椅子と座るだけのソファしかないから、2人で寮の部屋で勉強は出来ないのだ。


「へぇ〜薬なのに実なんだ」

「そこは定かじゃないわ。聖女が育てた木の実っていう説もあるわね。」


 ミルムはおとぎ話の中の話と捉えてるけど、私からしたらこの世界そのものがおとぎ話の話なので、素直に信じてしまいたくなる。


 そうしてペンをノートに走らせていると、教室のドアがノックされる。


「はーい?」

「こんにちは」


 入ってきたのはノアだった。

 爽やかな笑顔で教科書とノートとお菓子を持って立っていた。


 ノアの姿を見たミルムはカッ、と目を開いて慌てて立ち上がる。


「ノ、ノアゼット様!」

「あぁ、頭下げないで。楽にして」


 すぐに頭を下げたミルムは、その言葉に素直に顔を上げる。ノアは頷いて、座ったままの私には目を向けた。


「勉強会してるんだよね?僕も混ざっていい?」

「えぇー…」

「よ、喜んで!」


 嫌そうな私と裏腹に、ミルムはすぐさま空いてる机と椅子を私たちの机にくっつける。

 ありがとうと言ったノアはそこに座り、差し入れだよ、とお菓子をくれた。


「邪魔してごめんね」

「分かってるならさっさと帰ー…」

「邪魔だなんてとんでもないです!エミリアも会えて嬉しいって思ってます。ね?!」


 ミルム。言わせようとしないで。

 以前ノアのことを憧れだと言ってキラキラしてた目で見てたから、一緒に勉強できるのが嬉しいんだろう。


「…あー、うん、ウレシイナー」

「ふふ、良かった」


 ノアはにこにこしながら私たちと同じ教科書を広げる。

 同じくノートを広げながらノアは言う。


「1度ミルム嬢に挨拶しておきたくてね」

「私ですか?」


 自分の名前が挙げられびっくりした顔のミルム。私の方を見てくるけど、私にも分からん、と首を振っておいた。


「ミルム嬢はエミリアの1番の友達だよね?僕はエミリアと結婚するから、きっと長い付き合いになるだろう。宜しくしてくれると嬉しいな」

「こ、こちらこそ!よろしくお願いします!」


 結婚が決まってる!私に逃げる余地は?

 そう思った私にノアは逃がさないよって目で訴えてきた。

 くっ…やばい、本当に逃げられないかも。


「それと…エミリアはこの前もそうだけど、ちょっと自信過剰な所があってね。危ないことにすぐ首を突っ込むんだ。だからミルム嬢も、エミリアに少しでも異変があったらすぐ伝えて欲しい」

「はい!それは私も思ってたので、必ず伝えます!」


 あーー買収されたぁぁ。



 そしてテスト勉強を再開させる。

 変わったのは、私もミルムも、ノアに聞くようになった事だ。


 テスト勉強といいながらノアは教科書を開いているだけで、ペンを走らせたりはしていない。ただ私達の勉強を眺めてた。

 そして私たちが互いに質問を飛ばしてると、ノアが口を挟んできて教えてくれるのだ。


 それがとても分かりやすかった。


 ノアは本当に物知りで、どんなこともすらすら出てくる。教科書に書かれてない裏のことまで教えてくれて、歴史の出来事がどんどん紐着いて分かりやすくなる。


「ノアゼット様、これは…」

「これは3番目の王子が…」


 ほんとなんでも知ってるな。その脳みそ本当に同じ?


「…あっ、これ何?後に聖典の1ページとなる…聖典って?」


 私の呟いた質問に、ノアは少し固まって、代わりにミルムが答えてくれた。


「教会で使われてる分厚い本ね。神からのお言葉とか、指針みたいなのが書かれてて、お祈りに行くとどこか1ページ読んでくれるわ」

「へぇ〜」

「たとえばこの学園の教訓、知識は偉大な力である、も聖典の中の一節よ」

「そうなんだ。聖典かぁ」


 この世界は神はひとつしか居ないから、神の名前とかは無いし、宗教における派閥もない。神は神だ。


「ミルムもお祈り行ったことあるの?」

「あるわ。むしろ無い方が驚きよ。誰しも100回は行ってるわ」

「そんなに行くんだ…」


 無い方が驚きと言いつつ、ミルムはそれ以上は聞いてこない。とても有難い友達だ。

 この世界神がひとつしかないからあんまり分からなかったけど、結構信仰深いんだな…。


「なるほど。だから2人は人がいないところで勉強をしてるんだね」


 言葉を挟んでこなかったノアが1人、そう言った。

 きっと私の秘密に通じる何かだと察したんだろう。


 ノアは黙った私には何も言わず、ミルムに微笑みを向ける。


「ミルム嬢、ありがとう。エミリアのこと深く聞かないでくれて。だからきっとエミリアはミルム嬢の前で自然体で居られるんだね」

「と、友達なので当然です!」


 少し赤くなったミルム。照れてるのかな。

 そう言われると、そうだ。ミルムが深く聞かないから、私も遠慮なくいけるんだ。それに改めて気付かされて、とても嬉しくなった。


「私も。ありがとうミルム。ミルムのお陰で今の私があるよ」

「エミリアまでなんなの!当たり前でしょ?誰だって言いたくないことの一つや二つあるわ!」


 照れてそっぽを向いたミルム。

 本当に良い友達を持ったな。もし秘密がバレても、ミルムとは仲良くいたいな。



「そろそろ切り上げよっか」

「そうね。もうこんな時間」


 時計を見ればもう18時。もう2時間も勉強していたという事だ。

 いやぁ、今日はとても捗った。主にノアのおかげだ。歩く辞典って呼ぼうかな。


「そろそろロットが迎えに来るんじゃない?」

「私もそう思うわ。」


 ロットはいつもミルムと一緒に寮に帰っている。今日は私達が勉強をするから、それが終わるまで鍛錬をしている。

 ロット含む3人で勉強することもあるけど、その時は私は教えるに徹している。とはいえロットは勉強はあまり好きではなく、試験も実技に重きを置いている。


 だからロットは迎えに来ることが多いのだ。


 噂をすれば、教室のドアがノックされる。


「ミルムー迎えに来た…の、ノアゼット様!」


 ガラッ、と躊躇いなくドアを開けたロットは、そこにいるはずの無いノアを見て明らかに狼狽える。

 そして大きく頭を下げる。


「申し訳ありません!ノアゼット様がいらっしゃるとは思わず!」

「頭を上げて。ロット・バーナードだね」

「覚えていただき光栄です!」


 素直に頭をあげるロット。

 すごい、あんないつも口悪いロットも、敬語使えるんだ…。なんか貴族みたい、貴族だけど。


「君がミルム嬢と結婚するなら、僕とも長い付き合いになるだろう。よろしく頼むよ」

「はっ!私共こそ、よろしくお願い致します」


 体をぴしっとさせて下位とはいえ貴族に相応しい姿勢と言葉遣いに、感心してしまう。

 だけどそれより気になることがひとつ。


「ノアって…めちゃくちゃ偉い人っぽいね…」

「ぽいじゃなくてそうなのよ」

「へぇ…」


 この学園内でしか貴族は見てないから、いまいち上位貴族がどれだけ凄いのか偉いのか理解できてなかった。上位貴族には関わらないままきたし、初めて関わったノアはあんなだし、よく分かってなかった。


 でもこれを見る限り、貴族とはいえ男爵と侯爵はめちゃくちゃ差がありそう。


「その中でもノアゼット様の発言力は別よ。私たちと同じ歳なのにもう国政に口を出せるほどなの。剣も魔法も一流で、おうちの力も凄いのに本人もとても凄いから、王族でさえノアゼット様を操れないわ」


 少し小さな声でミルムが説明してくれた。

 どうやら侯爵家も凄いけど、ノア自身がとても凄いらしい。

 すごいって言われても…よく分かんないけど…。まぁ王族も操れない程すごいってことは超凄いってことだろう。うん、語彙力ないな。


「じゃあエミリア。僕らも帰ろうか」

「うん」


 私の持ってきた教科書やらをノアがかわりに持ってくれて、私はミルム達にさよならをした。






「ノアってなんか…凄いんだね」

「凄い?」

「うん。侯爵とかってあまりよく分からないけど、その中でもノアは凄いってミルムが言ってた」


 ノアの部屋で、貴族用のご飯を一緒に食べてる。婚約してから夕飯も一緒で、普通寮付属の食堂に行く日もあれば、貴族寮で出されるご飯の日もある。ちなみに貴族寮は食堂はなく、部屋に運んでもらうか、人と食べる時はそれ用の部屋が数個あるのでそこを使うらしい。


 そして私は、ノアが私の分を頼んでくれて、ノアの部屋で一緒に食べている。


 うん、美味しい。


「うーん、そうだね…権力はある方だと思うよ。家の力もあるけどね」

「でもノア自身の力も凄いんでしょ?政治に口出せるって言ってた。その歳でそれは相当凄いことじゃない?」


 こちらの貴族も、20歳で学園を卒業して、5~10年の下積みがやはりあるらしい。それは政治もそうだし領地経営もそう。

 それなのに、まだ学生の身分でもう仕事が1人前に出来る。これは相当凄いんじゃないか。


 でも当のノアはあっけらかんとしていた。


「エミリアに凄いって言われるの、なんかいいね。嬉しい」


 だぁー、ピンクモードだ。

 どうして?この会話からどうしてそうなった?


 目の前のご飯を綺麗に食べるノアはとても気品に溢れてる。


「僕はね、特別頑張った訳では無いんだ。昔から何をやるにも出来る子でね。あんまり躓いた事がなくて。つまらないから片っ端から本を読んで、父の仕事に着いて行ったりしてたんだよ」


 ノアの教えてくれる昔の話を、頭の中で想像する。

 うん、小さいノアも天才そうだ。


「政治の話や領地の問題が、答えがないから僕には面白くて。ない答えを導きだすために勉強して、ってやってたらここまで来てしまったんだ」


 なんてことないように言うけど、それには凄い努力をしたんだろうな。大人と渡り合える知識を得るのは並大抵の努力じゃないだろう。

 それをひけらかしたりしない辺り、ノアは凄いなぁ。


「学園も、特に学ぶことは無かったし行かなくても良かったんだけど、いい思い出になるからって行かされたんだよね」

「学ぶことがない…」

「だけど来てよかったよ。エミリアに会えたからね」


 そ、それは良かったですね。


 てか、4年間の教育を全て終えてるって凄くない?え?ほんとに18歳?

 でもだからあんなにノアは物知りだったんだなぁ。


「僕の持つ権力も、気付いたらここまで来てただけで、特に使い道は無かったんだけど、エミリアを捕まえる力にはなったから頑張っててよかったよ」


 頑張って得た権力の使い道、私?!

 やめて!そんな私に使わないでいいんだよ!!


「だから、エミリアの持つ秘密が、この権力で守りきれないなら、僕はもっと上を目指すけど…どうする?」


 えっ。

 えっ?


「私、あんまり爵位の違いとか分からなくて…」

「うん、そうだよね。まぁそれは結婚してから考えよっか」


 本当に、ノアは私を守ってくれる気だ。私のために、何でもしてくれる気だ。

 そんなに私の事好きなの?そうまでするほど?


 でも、この秘密が国のためになると知ったら?

 やっぱりノアは、私を売るんだろうか。


 少し考え込んでしまった私に、ノアは優しく言った。


「エミリア。僕はエミリアの事を利用しないよ。それがたとえどんな秘密でも。」

「………」

「今はわからなくてもいい。でも僕は断言できるよ。」


 どんな秘密かも分からないのに、どうしてそこまで言えるのだろう…。

 なんでそんなに、自信満々なんだろう。


 ノアは食べてる途中なのに立ち上がり、そっと私の前に跪いて私の顔を下から見る。


「だから、あんまり不安がらないで。僕が全てから守るから。少しずつでいいから、僕を信じて?」


 優しい笑みを浮かべながらノアは私の頬に手を添えてくれた。

 相当不安そうな顔をしてたんだろうか。


 私はそっと頷いて、少し笑った。

 ノアも満足したようで自分の席に戻って行った。

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