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私は逃げたい  作者: 兎のうさぎ
番外編
106/110

大切なもの6

 

「ミルム!!」

「なに!!」


 帰ってすぐに自分の部屋…ではなく、ミルムの部屋に直撃した。

 ミルムも何かを察してすぐに入れてくれたし、暖かい紅茶もいれてくれた。


 いやぁ、落ち着く、うん…じゃなくて!


「ミルム、やばい。これはやばい」

「…見る限りやばそうなのが伝わってくるわ…」


 ミルムは私の手首と首輪を交互に見て、表情が強ばった。


「とりあえずそれ外すわ。手出して」

「お願いします……」

「首輪は……明日朝一で学園長のところに行きましょう」

「はい……」




「魔法の鍵に魔法封じ、さらにロープでお互いの手首を拘束。……急に凄くなったわね。それから抜け出せたあなたもあなただけど…」

「私も頑張って覚えた知識に活躍の場が出来て驚いてる…」


 しかもノアを相手に…。

 この知識の活躍の場なんて、一生来なくて良かったのに…。


 魔法封じの首輪は、外し方や対処の仕方をノアと相談したことがあるが、時間が無くてそれは出来なかった。


 だから靴に仕込んでたナイフで、なるべくロープが長くなるように切って、窓の手すりにしっかり結んだ。そしてそれを伝って窓から降りて逃げ出したのだ。



「ミルム、あれは本当に恋なの?恋してる?あれをどう止めたらあんな甘々になるわけ?」

「分からないわ…。グレン様が凄いのだとしか…」


 2人で唸る。


 グレン様はあれをどう制御したんだ…。

 今、心の底から尊敬している、グレン様を。




 次の日の朝、早速ミルムと一緒に学園長室に向かった。

 ローリアさんは朝早く来た私たちに驚いたけど、私の首に着いた首輪を見て眉をしかめた。


「…事情を聞く前にそれ、外した方がいいかしら」

「お願いします……」



 首輪を外してもらって、ローリアさんに今までの事を話す。隣にミルムにいてもらって、色々と補足してもらった。


 グレン様からの手紙のことも話し、あれは恋かもしれないということも含めて話した。


 それを聞いたローリアさんは顔を引きつらせて、一言。


「……重いわね」


 ですよねぇ!!

 重すぎて歪んでますよね!!

 これが俗に言うヤンデレなの…!?


「でもあなたを人質に取られるとまずいから、どうにか逃げてちょうだい。今日はノアゼット卿の部屋には行かなくてもいいわ」

「そうします…」

「それに、多分今日中にクレッツィオが帰ってくるらしいから、それまで持ちこたえて」


 えっ。グレン様帰ってくるの、今日?


 どうやらローリアさんの元にはそういう報告が行ってるみたいで、グレン様は今日には学園に着くと連絡があったそうなのだ。


 それを聞いて私とミルムは胸を撫で下ろす。


「良かった…。グレン様が来たら安心かな…」

「それまでにエミリアが捕まらなければの話だけど…」


 ミルムにそう言われてギクリとする。

 何時にグレン様が帰るか分からない以上、どれだけ逃げてればいいのか分からない。


 きつい戦いになりそうだ…。


「アグリーも気をつけて。エミリアに魔法が効かない以上、ノアゼット卿はエミリアの周りを人質にとってエミリアをおびき出す可能性があるわ」


 ローリアさんに名前を出されてミルムはハッとした。

 そうだ、私に対して拘束する魔法は弾かれてしまうし、捕まえようと手を伸ばしてきても攻撃に見なされるかもしれない。


 どういう基準で私に結界が張られるのかは分からないけど、どこまで通じるか分からない以上、誰かを使って私を捕まえようとしてもおかしくない。


「ミルム…気をつけてね」

「エミリア…私のことは捨ててちょうだい…」

「そ、それは無理だよ…!」


 ミルムのことを捨てることは出来ない!

 ミルムは諦めたような顔で、首を振る。


「大丈夫、グレン様が来るまで私は生き延びれば良いだけだから。私という人質は結構使えると思うから、そう簡単になにかされたりはしないわ」

「み、ミルム…!」


 ミルムを人質になんてしたくない。

 だからグレン様、なるべく早く帰ってきて!!




 ビクビクしながら今日の授業を受ける。流石に授業中に来ることはなさそうだ。

 来るのは昨日と同じ、放課後だろうか。それなら授業が終わるちょっと前に具合が悪いとか言って逃げ出すのが得策か?


 そんなことを考えていたら、お昼。

 教室にノアが顔を出した。


「エミリア、一緒にお昼食べよう」


 にこりと笑顔で私に言った。

 でもその顔は全然笑ってなくて、静かな怒りが見える。


 私は固まったままゆっくりミルムと目を見合わせると、ミルムが頷く。


 ごめんミルム、逃げます!



 私はノアに背中を向けて、開いてる教室の窓から飛び出した。




 教室は1階だったから、窓から飛び降りてもすぐに地面だ。そしてそれはノアも同じこと。

 私が逃げやすいのと同じように、ノアも追いかけやすいはずだ。


 普通に追いかけっこをしてもすぐ捕まるだろう。捕まえられるかは別として、追いつかれるのはすぐだ。

 体力には自信があるけど、スピードには自信が無いから。



 だからノアから逃げるためには、彼の目を欺かなければいけない。

 きっとすぐに追ってくるだろうから、隠れるなりなんなりして、彼が通るのをやり過ごさなければいけない。


 幸いなことに、私の位置がわかるという魔道具の性能は、ノアにはバレていないらしい。

 ノアがとても強く認識を阻害するやり方で魔道具を作ってくれて、直接魔道具を見て観察しないと、どういう魔法がかかってるかは分からないそうだ。


 だから私の位置がわかることをノアは知らないはずだし、それなら逃げられる、はず。


 はず、しか言えない。確実じゃないのが辛い…!




 とりあえず生垣の裏に隠れて、じっと身を潜める。

 少しすると歩く足音が聞こえて、息を殺してそれが通り過ぎるのを待った。


 足音は私の隠れてる前を通り、そしてそのまま通り過ぎていく。



 足音が無くなって少しして、私はそっと立ち上がった。

 流石にもう遠くに行ったかな、と思ったのだ。


 立ち上がって見回すと、足音が消えた方向にノアが立っていて、こっちを見ていた。


 にこりと、口角を上げただけの目の笑ってない顔をされて、背筋が凍る。


 私はダッシュで背中を向けて走り出した。



 バレてる。バレてた!あれ、私が隠れてるの知ってた!

 知ってて足音消して、出てくるの待ってた!!

 何それ、私で遊んでるの!?


 手のひらの上で転がされてるような気持ちになって、冷や汗が出る。

 なんでバレていたのかは分からない。でも、何だか逃げ場がないような気がしてしまって非常に良くない。




 その後も、ノアは何故か私で遊ぶように追いかけてきた。

 本気で捕まえようとしてきてはいない。だけどだからって油断したらあっという間に捕まえられる気がする。


 じわじわ近付いてくるノアに焦りながらも私は必死に逃げていた。


 人の波に隠れて行方をくらませようとしても、行く人が私の行った方向をノアに告げてるのが聞こえて、意味が無いと悟る。


 そうだった…学園のみんな、ノアの味方なんだった…!


 すれ違う知り合いには、早めに謝れよーとか笑いながら言われるし、多分みんな痴話喧嘩だと思っているんだろう。

 ノアの記憶がない事がバレてないのは幸いだけど、全然嬉しくない!




 どれだけ逃げようとも彼との距離は縮まるばかりで、とうとう学園の庭園の隅に追いやられてしまった。


 逃げ場のない角に追い詰められ、私を見て笑ってるノアが立ち塞がっている。


「もう追いかけっこは終わり?諦めて捕まってくれる気になった?」

「い、嫌だ…!」

「ここからどうやって逃げるのかな?」


 にこにこ笑ってるノアは、何故か楽しそう。私を追いかけるのがそんなに楽しいのか。

 私は全く楽しくないけど!


「追いかけっこをするのはいいけど、お昼もまだでしょ?お昼食べてからにしよう?」

「ど、何処で食べるつもりですか…」

「僕の部屋だよ?」


 当たり前でしょ、と言われる。

 それもう逃げられなくなるやつじゃ!?

 というか何、お昼食べてからにしよって。遊びじゃないんだが!



 私は走ったりして息が上がってるのにノアは平然としていて、それがムカつく。

 私を追い詰めることなんて、彼には余裕の事だった。


 そういえば婚約を迫られた時も、そう長くは逃げられなかったな…。

 でもあの時は、放課後にしか来なかったし、私を監禁しようとはしてなかったからなぁ…



「まだ諦めないの?君じゃ僕から逃げるのは無理だよ」

「無理でも、でも…!」

「素直に従っておいた方がいいと思うけど。これ以上僕に反抗したって、君の待遇が悪くなるだけだよ」


 それを聞いたら尚更素直に従うわけなくない!?


 じり、じり、と1歩ずつ近付いてくるノアに、私は絶対に歩み寄らない。

 どうにか隙を見て逃げ出さなければ。

 今日1日逃げ切れば、何とかなるんだ!



 その時、少し離れたところからミルムの声がした。


「こっち、こっちです!早く!!」

「わかったわかった。…お?」


 ミルムが走りながら私たちの所にきて、その後ろからはグレン様も走って来てくれた。


 ぐ、グレン様…!待ってました…!

 そしてミルム、案内ありがとう…!!さすが友よ…!



 グレン様は、壁に追い詰められた私と、それを追い立てるノアを見て首を傾げた。


「え、どういう状況?」




 グレン様が何とかノアを鎮めてくれて、グレン様の報告を先にすることになった。

 ノアの部屋で行うことになったけど、グレン様がいるからそんなに心配はしていない。彼が帰ってきたら勝ちも同然だと思ってる。


 午後の授業はミルムに伝言を頼み、休むことにした。このまま授業を受けるなんて言ったら、ノアに縛られてでも連れていかれそうだったから。

 ミルムはしきりに頑張って!と私を応援してくれた。うん、頑張る…。



 ノアの部屋に着き、私はこの間のようにグレン様の隣に座れば、ノアの顔が歪んだ。


「なんでそっちに座るの?君は僕の妻でしょ、分かってる?」


 どうやらノアの警戒はグレン様にまで及んでいるようで、いくらグレン様でも安心できないみたいだ。


 そんなノアを見て、グレン様は苦笑いをして移動してくれた。

 グレン様がノアの隣に座ることで、事なきを得たのだ。

 ノアはちょっと不服そうだったけど、納得はしてくれた。


「じゃあ報告するぞ。結果から言うと、ノアゼットに禁術を掛けたやつはすぐ見つかったし、話も聞くことが出来た。それで記憶を移した媒体のことも聞いた」

「ほ、本当ですか!」


 よ、良かった、媒体が何かがこれで判明する!

 それを壊しても戻らない可能性もあるけど、とりあえず1歩進める!


「その媒体なんだが、ノアゼットの1番大切なもの、らしい」

「…大切なもの?」


 ノアの大切なもの。それを壊さないと、ノアの記憶が戻らない?

 でも壊しても、戻る保証は無いのに…?


 壊しにくいものを指定したのはわざとだろう。


「それが嘘の可能性は?」

「ない、とは言いきれないが、ないだろう。奴に話を聞いた時、なんか妙だった。聞いてないことまでベラベラ喋るし、自分が話してることに驚いてる様子でもあった。……多分あれは神によるものだろうな」


 ノアの質問に、グレン様がそう答えた。

 まさかここで神様が手助けしてくれるとは。


 ノアは少し怪訝な顔で隣のグレン様を見ている。


「神はそこまでやるの?」

「エミリアちゃんのことならやるさ。前もそうだったからな」


 ドルトイの事だろう。彼は私の出自を話せないと言っていたから。今度はそれの反対で、なんでも話すように仕向けてくれたんだろう。


 全てが終わったら、神様にお礼にいかないとだな。


「で、ノアゼット。心当たりあるか?」

「大切なもの?………心当たりはないね」

「エミリアちゃんは?」


 ノアの大切なもの…。

 ノアは私があげたものは大切にしてくれるから、自惚れじゃなければ私のあげたものじゃないかな。


 3年前のノアが心当たりないって言うんだし、私に関わることなのは間違いなさそうだけど…。


「誕生日にあげたマフラーとか、ですかね?あとはお揃いの結婚指輪?あとあげたものは…手紙とか?」

「まぁ確実にエミリアちゃん関連だろうな」


 グレン様もうんうん、と頷いている。


 私があげたものを壊すのは、私は構わないけど、記憶の戻ったノアは凄く悲しみそうだ。

 まぁその怒りは禁術をかけた人に向けてもらうとしよう。


「じゃあそれで、ひとつずつ壊してみるけど、異論はないか?」

「はい」

「エミリア」


 グレン様の言葉に私は頷いたが、ノアは私の名前を呼んだ。

 何かと思って彼の目を見ると、彼はまっすぐ私を見つめている。


「エミリアはやっぱり、僕の記憶が戻って欲しい?」

「え?……はい」


 ノアに聞かれて、申し訳なさそうに頷く。

 今のノアを否定するような言葉に聞こえてしまってるだろうか。そんなことはないんだけど。


「…そう。僕は別にこのままでも構わないんだけど、エミリアは3年前の僕じゃ夫婦にはなれない?」

「え?」


 ノアの言ってることがすんなり頭に入ってこなくて、思考が止まる。


「僕は君に恋してるとは言えないけど、君と過ごすのは悪くないと思ってる。外に出ると心配だから閉じ込めたくはなるけど、君を傷つけるつもりはないんだよ」

「それは……分かってます」


 私を傷つけようとしないのは、3年前のノアも同じだった。

 目覚めたばかりの時こそ私を攻撃してきたが、私を監禁しようとする割には私の怪我に注意を払ってくれていた。


 手首につけるロープだって、わざわざリストバンドを挟んでくれたし、私の魔道具を取り上げるようなこともしなかったし、乱暴なことをしようとはしてこなかった。


 ノアが私に怪我させないようにしてくれたからだ。



「僕が君を愛せるかは分からないけど、多分愛せるような気がする。君には嫌悪感を抱かないし、抱くことも出来る。そう思えるのは君だけだから、きっと愛せると思う」


 ノアが告げる言葉に驚きを隠せない。

 あんなに私に嫌悪感を露わにしていたのに、私を抱けるって!?いつの間にそんなに!?


 驚く私を置いて、ノアの隣でグレン様が苦笑した。


「ノアゼット、それが恋だ」

「……これが?…この気持ちが?」

「そうだ。それでエミリアちゃんが外に行ってイライラするのは、嫉妬だ」

「嫉妬……」


 グレン様の言葉を反復するようにノアは呟く。初めてその言葉を知ったかのようにしっかり噛み締めていた。


「そう……。僕はエミリアに恋してたんだね。納得した。それなら愛するのもすぐだね。それでどう?エミリアは3年前の僕じゃ愛せない?」


 スッキリした顔で私を見るノアの目は、少し柔らかい目になっていた。

 久しぶりに見た、私のことを好きだと言ってる目だ。


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