失くしたもの5 sideノアゼット
内側にかけていた鍵は、どうやらピッキングされて外されていたようだった。
そんな技術をもっていたことに驚いた。普通の平民はそんなこと覚えないし、覚えようともしない。
僕がお風呂に入ってるタイミングで出れるのだから、相当練習してるに違いない。
きっと彼女はもう女子寮に戻っただろう。女子寮には結界があって、許可なしには入れないから、今日はもう彼女を連れ戻すことは出来ない。
まぁ焦らなくても、明日も彼女は僕の部屋に来る。その時にまた閉じ込めればいい。
新しい鍵を用意しておかないと。
次の日、彼女が自分から来るのを待つのでも良かったが、昨日逃げられたからなのか早く彼女を閉じ込めたくなって、授業が終わった時間に迎えに行った。
僕が教室に迎えに来たことに彼女は驚いていて、少し顔も引き攣ってる。
笑顔を作って彼女の手を引き、僕は少し強引に教室から連れ出した。
僕の部屋に直行し、彼女をいつものソファに座らせる。
そしてまた鍵をかけに行った。
今回は魔法の鍵。僕が作ったものだから、僕より魔力の低い彼女に壊すことは出来ないはずだ。
うん。これなら逃げられない。
「なんで逃げたの?」
リビングに戻り、彼女の前に座って彼女を見ると、彼女はバツが悪そうな顔をして答える。
「その…授業に出たかったので…」
「君に何かあったら僕が困るんだって言ったよね?夫に迷惑かけるの?」
危機感が足りないんだって何度も言ってるのに。
君に何かあったら迷惑を被るのは僕なんだよ。
頼むから、大人しくしててくれ。
「今日は逃げないでよ。逃げられないとは思うけど。手荒なことはしたくないから、大人しくしてて」
「……ハイ」
彼女は渋々頷いていた。
本当に、彼女を傷つけたいわけじゃない。その体にも心にも。
ただ心配なだけ。彼女には何故か人が寄ってくるから、彼女の笑顔に引き寄せられた人達がいつ彼女を奪おうとするかが心配なだけだ。
怖がらせたい訳でもない。ただそう、じっとしてて欲しいだけ。
「の、ノアゼット様?」
彼女が恐る恐る僕に話しかけてくる。
「なに」
「その……今私に抱いてる感情とかって、どんなものですか?」
エミリアに抱いてる感情?
そんなものを聞いてどうするというのだろう。
「見てるといらいらする」
「すいませんでした」
「大人しくしてればそうは感じないから」
素直にいえば彼女はすぐに謝ってきた。謝るくらいなら逃げなければいいのに。
大人しく僕の部屋にいてくれる分にはイライラしない。最初の方に感じた嫌悪感も不思議と無い。
ただ彼女がここから出ていく方が、精神に悪い。
だから僕の妻だと言うなら、僕のことを考えてくれるんなら、ここで大人しくしてて欲しい。
そう思ったのに、その日も風呂から出ると、彼女はいなかった。
そしてメモ書きがまた残っている。
『やっぱり帰ります。ごめんなさい!』
「……へぇ」
どうあってもここには居られないと言うの?僕から逃げるの?
君は妻だから、なるべく優しくしようと思っていた。だけどここまでこけにされたら僕も黙っていられない。
傷つけるつもりは無い。傷はつけたくない。
でも、傷がつかない範囲で彼女を捕まえる。
怖がらせたくもなかったが、そうは言ってられない。
脅してでもなんでも、彼女をここに閉じ込めなければ。
とりあえず次の鍵だ。
彼女は何故か僕の魔法を破った。
僕より魔力の低い彼女がどうやったのかは分からないが、とりあえずこれは使えない。
それなら魔法を封じてしまおう。魔法を封じた上で魔法の鍵を掛けてしまえば、ピッキングでも開けられない。
いや、それだけだと足りないかもしれない。
彼女は何故か僕の思いもよらない方法で逃げ出す。
念には念をいれておいたほうがいいかもしれない。
僕は次の日、買い物に出かけることにした。
買い物から帰り、彼女の教室に彼女を迎えに行く。
昨日と同じように引きつった顔の彼女が、逃げたそうにしていたのを引っ張った。
意外にもこの段階で彼女が逃げようとすることは無い。いつもしっかり僕の部屋までついてきてくれる。
だと言うのに、なぜ部屋からは逃げ出すのか。
彼女を部屋に連れ込み、昨日と同じ鍵をつけた。
そしてソファに座った彼女の前に跪く。
「手出して」
「?はい」
素直に差し出すんだね。
君を閉じ込めようとしてる男に対してそれは、やっぱり危機感が足りない。
疑うことなく差し出されたその手首に、リストバンドを付ける。そしてその上から、細めのロープを彼女の手首に、巻き付けた。
「えっ?」
彼女から声が漏れた。何をしてるんだと思ってるんだろう。
僕は彼女の手首に、ロープをしっかり括りつけ、そしてそのロープの先を自分の手首に巻き付けた。
流石に片手でロープを外すことは出来ないだろうし、その先が僕の手首なら、そこを解くことも無理だ。
驚いたように自分の手首と僕の手首を行ったり来たり見てる彼女に近付き、仕上げの首輪をつけた。
「えっと…これは…」
「魔法封じの首輪だよ」
「あ………そうですか……」
驚いてる様子はない。これを使ってくると予想していたんだろうか。
予想していたのにどうしてつけさせるんだ。そこは逃げないの?
分からない。彼女が分からない。
僕から逃げる癖に、こうして僕からの拘束を受け入れてくれる。
僕の拘束なんて意味が無いと言われているようで腹が立つ。
「リストバンドがあるから痛くないとは思うけど、痛かったら言って。やり方変えるから」
「ハイ、どうも……」
昨日と同じように頷く彼女。きっと今日も逃げようとするんだろう。
これだけ厳重にしたら、どうやって逃げる?どう逃げようとする?
今日は風呂の時間は短めにした方がいいかもしれない。
とりあえず彼女を縛り付けることは出来たので、改めて彼女に向き直る。
仁王立ちして彼女を見下ろした。
「逃げないでって言ったよね?僕を怒らせたいの?」
僕が怒ってるのが伝わってるらしく、彼女は気まずそうな顔をしている。
怒らせるのを分かっててするのも余計に腹が立つ。
「怒らせたい訳じゃないんですけど、私もここに閉じ込められる訳にはいかなくてですね…」
「なんで?夫婦なんだから、部屋に閉じこもっててもおかしくないでしょ?」
「授業は……」
「学園に通う意味も分からない」
僕にも君にも、必要ないはずだ。
「それでもごめんなさい。ちゃんと卒業したいんです」
卒業というものがそんなに重要だとは思えないが、彼女はどうやらそこに重きを置いているらしい。
どうしても卒業したそうな顔をしているから、僕もそれを見ると少し気持ちが揺らぐ。
「……それまでここにいるなら卒業式は出てもいいよ」
譲歩したつもりだった。卒業式は出ていいと。
でも彼女は首を降って声をあげた。
「嫌です!私は閉じ込められるのは嫌いなんです!」
負けない、と力強い目をして僕を見る彼女に、なぜだか心が湧き立つ。
閉じ込められるの、嫌いなんだ。
でも閉じ込めたらこうして彼女は僕の目を見て、その目に僕だけを映してくれている。
他の人が入る隙がないことに、何故か喜びを覚えた。
「閉じ込められるの嫌いなんだ、へぇ。でも僕は好きみたい。君を僕の部屋に閉じ込めてると落ち着くし、なんだか満たされる気がする」
「へぁっ!?」
「でも安心して。閉じ込めても痛いこととかしないし、暇なら何か付き合うし、僕と一緒なら多少の外出も許すよ」
気づいた。僕は閉じ込めるのは好きみたいだ。
彼女が僕以外を見ることは無いし、誰にも取られないと思うと安心する。
でも彼女は閉じ込められたくはないみたいだから、外出も許可しよう。勿論僕も一緒にだけど。
ここまで譲歩したんだから、もう逃げないでくれるよね?
逃げられるようにも見えないけど。
そして風呂から出た。
ロープで繋がってる僕らは、彼女が移動すれば僕にも振動が伝わる。
さっきは何やら動いてる様子だったけど、いまは大人しくしているようだ。
やっと捕まえることが出来たかな。
そう思ってリビングに行くと、ロープの先に彼女は居なくて、窓が開いていた。
ロープの先は切られた跡がある。刃物なんて置いてなかったはずなのに。
そして玄関の鍵もついている。なら、窓から逃げ出したんだろうか。
でもここは3階だよ?女性に飛び降りれる高さではないと思うけど…。
そう思って窓の方に近づくと、窓の手すりにロープが結び付けられていた。彼女を縛っていたロープがそこに結び付けられていて、窓の外に垂れ下がっている。
どうやら彼女と僕を繋いでいたロープの長さを利用して、窓から降りるためのものに変えたらしい。
「……はは、本当に、君は僕を怒らせるのが得意なんだね」
部屋の中では自由にさせようと思って居たからこそのロープの長さだった。それを逆手に取られた。まさかそれを伝ってこの高さから降りるなんて。
そもそもどうやってロープを切ったんだ。綺麗に切れてる跡があるから、刃物で切ったんだろう。
でもこの部屋に刃物は置いていない。僕の剣だって僕が風呂に入る時は脱衣所に置いてあるし、脱衣所まで彼女は来てない。
彼女が刃物を持っていたんだろうか。
そうは見えなかったけど、隠し持っていた可能性も充分ある。
だって僕に閉じ込められると分かって来ているんだから。対策をしていてもおかしくない。
本当、そこまでするなら捕まりに来なければいいのに。
彼女が僕の手を振り払わないから。僕がここに連れてきても嫌な素振りを見せないから。
だから僕だってやっと掴まってくれる気になったのか、と期待してしまうし、そして逃げられて余計怒りが募るんだ。
それなら初めから逃げてよ。その方が僕も、諦めがつくと思う。
彼女を閉じ込めておくことは出来ない、という諦めではなく、彼女を閉じ込めるためには手段を選んではいられない、という諦めを。
彼女が逃げないから、僕は常識の範囲内で収めている。
でも彼女が僕自身から逃げてくれれば、もう枷は外す。
悪いとは思ってるよ。でも君が悪いんだよ。
あっちこっちふらふらして人の目を集めるから。だから僕は安心できないんだよ。
大人しくしててくれれば外出だって許すと言ってるのに、何が不満なんだ。
友人との会話だって、ここに呼べばいい。僕がちゃんと調べた上で、女性なら許す。男はいらないよね?だって僕という夫がいるのに、他の男と話す必要ないよね?
欲しいものだってどれだけでも買い与えられる。僕の財力は知ってるはずだ。
それにここが狭くて嫌だと言うのなら、屋敷に戻ったっていい。彼女の部屋もあるんだし、そこでもいい。
とりあえず僕の目に付くところで、その目に僕だけを映してくれればそれでいい。
「さぁ、どうするかな」
窓のロープを魔法で燃やし、窓を閉めた。自分の腕のロープも燃やし、玄関の鍵も外しに行った。
彼女が部屋に居ない今、それらは全て無駄なものだ。
こうなっては、僕が風呂に入ってる間は睡眠薬でも飲んでもらうしかないか。
流石に一緒に風呂は嫌だろう。僕は彼女の夫と同じ形だけど、中身は少し違うわけだし。
不思議と彼女と風呂に入るという発想に、僕自身は嫌だとは感じていなかった。寧ろずっと見張ることが出来るし、いい案だとも思った。
なるほど、女性と触れ合ったり体を重ねるなんて到底無理だと思っていたが、彼女なら確かに大丈夫そうだ。
彼女を抱くことを考えても、嫌悪感は湧かない。
3年後の僕の話を聞いた時、そんな馬鹿なとは思ったがこれなら納得だ。
今の僕なら、彼女を抱ける。触れても嫌じゃないし、抵抗もない。
むしろ抱き潰して体力を無くせば、逃げられない?裸に剥いて服を全て燃やしてしまえば、外に出たくても出られないのでは?
風呂だって一緒に入って一緒に洗えば、四六時中一緒にいられる。
同じベッドで寝れば、彼女が逃げ出そうとしてもすぐ分かる。
うん、いい案かもしれない。
僕が彼女を抱けると思うこの心は、3年後の僕のように恋心では無いんだろう。
3年後の僕は彼女を傷つけまいと周りから守りながらも、彼女を自由にしていたから。きっとそれが本当の愛だ。
僕のこれは多分違う。どう違うかは知らないが、きっと違う。
ただ心配なだけ。そうに違いない。
とりあえず明日はお昼の時間にでも彼女を攫いに行こうかと思う。




