大切なもの5
朝1番に教室に駆け込んで、ミルムがやってくるのを待った。
「み、ミルム…!」
「ど、どうしたのエミリア…」
ようやくやってきたミルムに縋り付き、教室の入口辺りを警戒する。
もしかしたらノアが連れ戻しに来るかもしれないから。
昨日の夜は来なかったけど、登校した今は分からない。
めちゃくちゃびびってる。
「ちょっと、昼、話聞いて…」
「え?わ、分かったわ…」
「…え、監禁?」
「そう!内側から鍵掛けられて!どうしよう、今更だけど怖くなってきた!」
人があまり来ない庭園のテーブルを挟んで、ミルムに昨日のことを話した。そして食べかけのパンを持ちながら、両手で自分の体を抱きしめる。
いや大丈夫、大丈夫なはずだ。
私にはノアのくれた魔道具もあるし、大丈夫!
「どうやって抜け出してきたのよ」
「ピッキングで。1年生の時にクラスメイトに教わったんだよね」
なんでそんなもの覚えてるの、とミルムは恐ろしいものを見るような目で私を見たが、あの時は逃げるための技術を色んな人に教わってたから、と言うと納得してくれた。
いやいや、ピッキングのことはいいんだよ。
「今日も私ノアの部屋を訪ねなきゃいけないんだけど、どうしよう?生きて帰れるかな…」
「殺されはしないわよ。……多分」
「多分て、ミルム…」
そこは断言して、お願い。
「私にも昔のノアゼット様の思考は分からないわよ」
そうだよね、分からないよねぇ。
うーん、どうしよう、と頭を捻っていると、ミルムが何かに気付いて手を上げる。
そしてそれに気付いたロットが私たちと同じテーブルに着いた。
「なんかやつれてんなぁ」
「昨日監禁されて逃げ出して来たらしいわ」
「え、監禁?!しかも逃げ出して!?……あーお前、死んだな」
ロットが残念そうな顔で私を見た。
勝手に殺さないで!私はまだ生きたい!!
ロットをつい睨むと、ロットはケラケラ笑った。
完全に他人事だ。
くそ、私は恩人のはずなのにっ!!
「あ、そーいやお前宛に手紙来てたんだ」
「ロットに私宛の手紙が?」
ロットが懐から私に手紙を差し出した。
私はそれを受け取って裏を見る。
「グレン様?」
「そう。エミリア宛の手紙は全部ノアゼット様のところに届くから、内容が見られるからって俺のところに届けたらしい。俺は中見てないからな」
いや手紙開いてないから、見てないのは分かるよ。
そう思いつつ手紙を開く。
初めて見たグレン様の字は、少し大ぶりだけど読みやすい字だった。丁寧さはちゃんとあって、ノアの字が丁寧で静かな字なら、グレンは丁寧で騒がしめの字って感じだ。
ただその内容に、私は開いた口が塞がらない。
「え、何。まずいことでも書いてあったか?」
私の顔を見て、顔をひきつらせたロット達。
私はそっとミルムに手紙を渡すと、ミルムは手紙を読み、ロットもそれを覗き込んだ。
「なになに。……言うの忘れてたことがあって、ノアゼットは多分エミリアちゃんにまた恋するとは言ったけど、もしそうなったら危ないかも。前言ったことあったと思うけど、ノアゼットは最初エミリアちゃんへの恋心が自覚できなくて、嫉妬のあまりエミリアちゃんを閉じ込めようとしてたから、気をつけて……って、え!!」
「遅いですグレン様!!!」
私は思わず叫んでしまった。
遅い!言うのが遅い!!
そして私も思い出すのが遅い!!!
「言ってた、確かにノアと婚約したばかりの時、グレン様言ってた。閉じ込めようとしてたから俺が止めたんだって」
項垂れながらミルムたちにそう告げる。
心底感謝した、確かにあの時は。
でもこの状況でそんなの、思いだすわけない!!
「え、じゃあ何。今ノアゼット様は、エミリアに恋して暴走してるってこと?」
「前回それを止めたグレン様がいないから、その気持ちがなんなのか分からずエミリアを監禁したのね……」
ロットとミルムが納得したように頷いてる。その顔は少し呆れたように引きつっている。
私だって!まさか!本当に閉じ込めようとするとは!!
それがしかも恋したからだなんて!
「思うわけない…そんなの、気付くわけない…」
「……ノアゼット様は割と初めから重めだったのね…」
重い。はじめから重すぎる…。
なんで?中間は無かった?0か100なのおかしくない?
恋してくれたのは嬉しいけど、グレン様が帰ってこないと、彼を止められる人がいない。
私が何を言っても無駄だろう。彼にとって納得出来る答えを用意できるのは、止めたことのあるグレン様だけだ。
このままでは、グレン様が帰ってくるまで追いかけっこになってしまう。
「早く帰ってきて、グレン様…!」
「エミリア、帰ろう」
「う、うん…」
逃げる方法も見つからないまま、授業が全て終わり、終わると同時にノアが教室を訪ねてきた。
ニコリと笑顔を貼り付けているが、笑ってるように見えない笑顔が怖い。
「エミリア、頑張って」
「み、ミルム…!」
小声でミルムに応援され、私はノアの元へ寄っていく。
近付いた私の手を、ノアがしっかり掴んだ。ちょっとやそっとじゃ離せないくらいに強く。
「帰ろうか」
「……ハイ」
「なんで逃げたの?」
そのままノアの部屋にドナドナされて、昨日と同じように内側から鍵をかけられた。
そしてソファで向かい合って座り、彼から無表情の鋭い目を向けられる。
「その…授業に出たかったので…」
「君に何かあったら僕が困るんだって言ったよね?夫に迷惑かけるの?」
ぎろ、と睨みつけられる。
待って!?グレン様、本当にこれ恋ですか!?
めちゃくちゃ睨まれてますけど、ここに好意あります!?
前にグレン様が止めた時もこんなんでしたか!?
聞きたいのに、彼はいない。
悔しい…!!
「今日は逃げないでよ。逃げられないとは思うけど。手荒なことはしたくないから、大人しくしてて」
「……ハイ」
目を逸らしながらも頷くと、ノアはとりあえず納得してくれて、目の前で本を読み始めた。
手荒なこととか言ったけど、本当に私に恋してるのこれ!?
これがどうなったらあんな優しいノアになるの!?
確かに婚約する前は凄い追いかけてきたし、最後は容赦なかった。脅しもしてきたし、しっかり追い詰められた。
でも私を傷つけるようなことはしなかったし、しようともしなかった。
大丈夫?これ本当に恋?
違ったら困るよ?私に恨みを抱いての監禁だったら、この先どうなるのか不安でいっぱいだけど!?
「の、ノアゼット様?」
「なに」
「その……今私に抱いてる感情とかって、どんなものですか?」
聞いてみよう。もしかしたらそばにいて欲しいとか、笑顔が見たいとか言ってくれるかもしれない。
少しでも前向きな言葉が出てくれば、私も少しは安心する。
ノアの言葉を待つと、ノアは少し悩んで無表情のまま答えた。
「見てるといらいらする」
「すいませんでした」
「大人しくしてればそうは感じないから」
やっぱりダメっぽいです!違う方向だと思います!!
このまま監禁されるのは良くないと思います!!
というわけで、本日もノアがお風呂に入ってる間に抜け出した。
あぁ、明日が怖い。
「……ミルム」
「……大変そうね。昨日は無事だった?」
「…なんとか?」
朝、ミルムに会うと、ミルムは私を気の毒そうな目で見てきた。
そして2人で端の席に座り、小声で会話をする。
「昨日は、あのまま部屋に連れてかれて、内鍵かけられた。しかも魔法でかかってる鍵」
「うわぁ、よくそんなの用意できるわね…」
魔法でかかるタイプの鍵は、ピッキング出来ない。魔法には魔法で対抗するしかないのだ。
「でもそんなのどうやって解除したのよ」
「お昼に話すけど、ちょっと私の魔力は、見えてるものよりも大きいの。だからそれで無理矢理」
「なるほどね。後で詳しく」
「もちろん」
私の魔力は目に見えてるものより大きい。圧縮されているから。
それを今のノアは知らないから、ノアより少ない魔力の私が、ノアの魔法を解けるわけが無いと思ったんだろう。
ノアと魔力の量を確かめてみたことがある。
ノアが私を抱いてから約12時間後に確かめた時は、私の見えてる大きさと同じくらいの量だった。
そしてそこからさらに12時間後に確かめると、倍の量になっていた。
この実験は、ノアがどれだけ私を抱くのを我慢できるかにかかっていて、結局試せたのは3日。
1日で私の見える量の倍あった魔力は、2日目にはその倍、3日目には一日目の3倍…と、増える量は日付とともに比例して伸びて行った。
でもノアが初めて私を抱いた時、ノアに渡った魔力は、私の見えてる魔力の約10倍だった。
ずっと溜め込んでいてそれだから、恐らくそれが限界だろう。
そして私は、まる2日あれば確実にノアの魔力を超えられる。
ノアの魔法でかかった鍵も、それのお陰で壊せた。
でもきっと次は、見えてる魔力よりも多いと気付いたノアは、魔法を封じてくるだろう。
そうしたらどうするか…。
魔法封じについては、隣国の王子様と誘拐されてから、ノアと対策を練った。
それをここでやってみるべきか。
いやとりあえず、彼の出方を見るしかない。
「エミリア」
そして今日も今日とて、彼が迎えに来た。
その笑顔は昨日より凄みが増していて、私も思わず顔が引つる。
うぅ…怒ってる…。
とんでもなく怒ってる…!
クラスメイトはノアの様子が違うことには気付いたけど、私の様子も見て、どうやら私がノアを怒らせたらしいと思ってくれて、そこに疑問は抱いていなかった。
いや、今は疑問を抱いて欲しい…!止めて!ノアを止めて!
「帰るよ」
あぁぁぁ……。
昨日のように部屋に連れ込まれ、内鍵をかけられる。
戻ってきたノアは何かを持って私の前に跪いた。
「手、出して」
「?はい」
手を出せと言われて素直に片手を差し出す。
なんの警戒もしていなかった私の片手に、ノアはリストバンドを嵌めた。
リストバンド?なんで?
と思ったら、そのリストバンドの上からロープを巻き付けられる。
「えっ」
ノアは手馴れた様子で私の手首にロープを括りつけ、そして自分の手首と繋いだ。
そしてそれが終わると、私の首に見たことある首輪をつけた。
「えっと…これは…」
「魔法封じの首輪だよ」
「あ………そうですか……」
やっぱり魔法封じですか…。想像はしてたけど。
でもこれって、一般人は持てないものだったような…。
「リストバンドがあるから痛くないとは思うけど、痛かったら言って。やり方変えるから」
「ハイ、どうも……」
ご丁寧に説明まで…。
確かに痛くない。痛くないけど取ることは出来なさそう。片手の手首に付けられると、それを取るためにはもう片方の手しか使えない。
これは切るしか無いかなぁ…。
「なんで逃げたの?僕を怒らせたいの?」
昨日よりも苛立った様子で眉を顰めてるノアに、仁王立ちで見下ろされている。
辛うじてソファに座らせてくれるけど、次は床かもしれない。
「怒らせたい訳じゃないんですけど、私もここに閉じ込められる訳にはいかなくてですね…」
「なんで?夫婦なんだから、部屋に閉じこもっててもおかしくないでしょ?」
「授業は……」
「学園に通う意味も分からない」
うぐ。そうですよね。ノアはとっくに学園の勉強終わってるし…。
そう、通う必要ないのだ。私の将来も決まってるし。
「それでもごめんなさい。ちゃんと卒業したいんです」
「……それまでここにいるなら卒業式は出てもいいよ」
なん、ですと?それまでここにいるって?
無理、無理無理!
「嫌です!私は閉じ込められるのは嫌いなんです!」
思い切って声を上げた。
だって、卒業式までこの部屋で監禁なんてたまったもんじゃない!
絶対いや!断固拒否!
どんだけ睨まれても攻撃されても拒否!!
仕返しとばかりにノアを睨むと、ノアは何故か……笑った。
自然に出たような笑みだった。
でも、妖しい笑みでもあった。
「閉じ込められるの嫌いなんだ、へぇ。でも僕は好きみたい。君を僕の部屋に閉じ込めてると落ち着くし、なんだか満たされる気がする」
「へぁっ!?」
「でも安心して。閉じ込めても痛いこととかしないし、暇なら何か付き合うし、僕と一緒なら多少の外出も許すよ」
ね、とニコリと笑う彼に、私は冷汗をかいた。
ノアの記憶が無くなってから初めて聞いた、安心してって言葉だけど、こんなに安心できないものだとは…。
閉じ込めるの好きって何。満たされるって何!
たまにの外出許されても、私はなにも落ち着けないって!
ノアのやたらいい笑顔が、脳裏に焼き付いた。




