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私は逃げたい  作者: 兎のうさぎ
番外編
103/110

大切なもの4

 

 ノアの様子がおかしい。


 最初にそう思ったのは、私が放課後ローリアさんの所に行った時。

 記憶のないノアとの生活について、報告がてら会いに行った時のこと。


 ミルムが予定があったので、たまたまその場に居合わせたロットが学園長室までお供してくれることになった。

 その帰り道、ノアと鉢合わせた。



 ノアが部屋から出ていたことにも驚いたし、ばったり鉢合わせたのにも驚いた。

 ノアもローリアさんに用があったんだろうか?


 そう思っていたら、ノアが冷たい表情になる。


「エミリア、何してるの」

「へ?え?」

「君僕の妻でしょ。自覚あるの?」


 冷たい表情、冷たい声でノアが私に言う。

 言ってる事の意味が理解できなくて、いや意味は分かるけど、なんでそんなことを言うのかが分からず、何も言えずに立ち尽くす。


 するとノアは私からロットに鋭い視線を向けた。


「エミリアは僕の妻だから、手出さないでくれる?」

「えっ」


 そこで察した。

 そうか、今のノアはロットのことをあまり知らないから、警戒しているのか。


 そしてノアの記憶喪失を知らないロットは、なんでノアに急に冷たい視線を向けられているか理解出来ず、私と同じように何も言えずに立ち尽くしていた。


 …ごめん、ロット。


「あー…ロット、事情はミルムに聞いて」

「お、おう…」


 今は多分話す時間はなさそう。ミルムに聞いてといえば、ミルムから説明してくれるだろう。


 ノアが苛立った様子で私の手を無理矢理引いたので、私はそれを振り払うことはせずにやや後ろを向いた。


「ごめんね!またあした!」


 ロットに軽く手を振ってそう言った。




 ノアに連れられて知らない廊下を通り、ひとけのない空き部屋に入らされた。


「え、ここどこですか?」

「研究室。誰も来ないところだよ」

「え」


 誰も来ない…ところ?

 一体なんの目的があって?


 少し警戒する。今のノアは私の特殊な力については知らないはずだけど、何されるか分からない。


 暴力は出来ないはずだけど、3年前のノアがどういう行動をとるのかは私には分からない。


「こんな所に…なんの用でしょうか……」

「なにかするつもりは無いよ。人が来ない方がいいと思って来ただけ」

「あぁ、なるほど…」


 思い切って聞くと、なんてことない返事が返ってきた。

 あ、なんだ。話したいだけか、とほっとする。


 ほっとした私を見て、ノアが苛立ってる顔を向ける。


「さっきのは何?神の愛し子の君は狙われやすいって自覚ある?」


 あぁ…ノアの苛立ちの原因は、やっぱりそれだよね…。

 今のノアにとっては、信用ならない人だもんね…。


「ええっと…彼は、信頼のおける友人と言いますか…」

「君にそこの判断が出来るの?君は僕の妻なんでしょ?万が一があったら困るんだよ」


 ですよねぇぇ。

 ううん、そこの配慮は足らなかった。そこまで考えていなかった。

 私にとって信用できる人が、今のノアにとって信用できるとは限らないもんね。


「うん…そうですね、確かに配慮が足りませんでした。ごめんなさい」

「……分かってくれたならいいけど」


 素直に謝ると、ノアも苛立ちを抑えて少しバツの悪そうな顔をした。

 少しは悪いと思ってるみたいだ。


「悪いけど、君の信用出来る人物を僕が同じように信用出来るかと言うと、それは別だ。僕の信用出来ない人にはあまり心を許して欲しくない」

「はい、そうします……」


 ミルムもユフィーリアも、女だからって信用できるとはならないんだろうな、ノアは。

 だからもしノアの記憶が戻らなければ、そこの信頼もこれから積んでいかなくては。


 うーん、なかなか大変そうだ。

 でもその日はそれでノアの矛は収まった。



 だけどその日の夕方、ノアの部屋に行った時にも何故かノアは眉を顰めていた。

 今度は私をここまで送ってくれてる男の人が気になるらしい。

 一体なに?どういうこと?


「グレンの腹心といえど、安心するのは良くない。…うん、僕が寮まで送り迎えするか」


 少し嫌そうな顔で彼が言うから、私はまたしても、えっ、しか言えなかった。

 一人でなにを自問自答しているんだ。


「仮病がバレるんじゃ…」

「授業を休むほかの言い訳も考えてあるから、問題ないよ」


 さらりとそんなことを言ってのける。


 あー…うん、それならいい…のかなぁ…?


 拒否する理由もないし、彼がいいと言うならいいんだろう。

 私はとりあえず頷いておいて、その日はちゃんと彼が平民用の女子寮の入口まで送ってくれた。



 さらに次の日の放課後、ミルムが先生に用があったため、少しの時間教室で待っていた。今日は一緒に帰ってくれるとミルムが言っていたから、同じく教室にいたクラスメイトと話していた。


 放課後にこうやってクラスメイトと話すの、久しぶりだなぁ。

 ノアと婚約してからは、すぐにノアが迎えに来てくれてたからなぁ。


 そんなことを考えていたからなのか、教室にノアが来た。


「エミリア、帰るよ」


 えっ。

 なんで迎えに?


 内心驚きと戸惑いでいっぱいだったものの、それを取り繕って笑顔でノアに駆け寄った。

 クラスメイトも快く送り出してくれて、ミルムに先に帰ったと伝言も頼んでおいた。




 私の手を引いて、帰り道を歩き出すノア。ノアにとっての普通の歩幅は私にとっては大きく、やや小走りでついて行く。


「あの、もう少し、ゆっくり…」

「…わかった」


 私の言葉をちゃんと聞いてくれて、少しゆっくりめに歩き出した。

 良かった、これくらいなら私も歩いて隣に並ぶことができる。その手は繋いではないし、手首を掴まれてるだけだけど。


「君は危機感が薄いと思う」

「は、はい?」

「平民だからと舐めてると、簡単に誘拐されるからね」


 ……何の話?


 どうやら彼は、私がさっき教室でみんなと話していたから不安になったらしかった。

 あのメンバーに、私を攫ったり襲ったりしようとする人がいるかもしれないと。


「もっと危機感持って」

「……はい」




「……ってことがあったんだけど」

「えぇ、それって嫉妬じゃないの?」


 ノアに部屋まで送ってもらい、ミルムに迎えに来てもらって一緒に花の街に繰り出した。今日もロットに着いてきてもらって、彼はミルムの隣で私の話を一緒に聞いている。


「いやそういう風には見えないよ。本当に苛立ってる感じ」

「すげぇ怖かったぜ、ノアゼット様」


 ロットにはあれの次の日ちゃんと謝りに行った。ミルムから事情を聞いたらしく、頑張れよ、と激励の言葉を貰った。


「私にも普通に睨んでくるからね。あれは嫉妬じゃないよ。私に何かあった時、迷惑を被るのが嫌なんじゃないかな」

「それだけでそこまでする?」

「だってどう見ても私、好かれてないよ」


 多分同じ空間にいることは慣れてくれた。だけど恋愛の類の感情は見られない。

 同じ部屋で過ごしてる時は比較的穏やかな顔してるし、私たち二人の時間ものんびり過ぎてるけど、最近の他人が関わった時は別だ。


 あれは恋愛の嫉妬じゃない。

 それなら私にまであんなに冷たい目を向けて睨んでくる必要は無いはずだ。


「エミリアがそう言うなら、そうなのかもしれないけど…」

「そうそう。じゃなきゃおかしいって」


 そう言いながら花屋に着いたので、私は今日買う花を選んだ。


 今日も1輪。ノアにプレゼントする。




 ノアに花を1輪プレゼントすると、ノアは少し気まずそうな顔でお礼を言ってくれた。

 窓際だけどちゃんと飾ってくれてる。それを見ると、少しだけノアに近付けたような気持ちになる。


 少しずつだけど、ノアの心に私の存在は大きくなってるだろうか。


 そう思っていたら。



「ねぇ、君は授業受けたい?」

「え?…はい…」


 本を読んでいると、ノアに急に聞かれたのでとりあえず頷く。

 授業は受けたい。受けたいから受けてるんだけど。


「今からずっとこの部屋に居てって頼んだら、頷いてくれる?」

「えっ……」


 なん、なんて?ずっとこの部屋にいて?

 ずっとって……いつまで?


「それは、いつまでですか?明日の朝まで?」

「いや、ずっと」

「………」


 何を言ってるんだろう。

 でも彼の顔は最近では見慣れた無表情で、冗談や嘘のようにも見えない。


「その、それは……どういった理由で?」


 だからとりあえず理由を聞いてみることにした。

 なにか理由があっての事だと思ったから。


「理由?イライラするからかな。君がフラフラしてるからこっちも心配になって落ち着かないんだよ」


 いらいらする?私がフラフラしてる?

 ノアは一体どういう意味でそれを言ってるの?


「えっと……フラフラはしてないんですけど…」

「してるよ。教室でも街でも、どこから君を狙う人が来るかわからないのに危機感が足りなさすぎる。だから、この部屋にいて」


 教室でも街でも。

 どうやら私が色んな人と関わっているのが、心配らしい。

 でも授業には出たいし、街にも行きたいし…。



 そう思っていたら、ノアは立ち上がってリビングから出ていく。

 そして少しして戻ってくる。


 ……なんか嫌な予感がする。


「……今、何を」

「鍵をかけてきた。内側からも開かないようにね」

「え」


 鍵を、かけてきた?内側からも?

 何を平然と言ってるんだ、この人は?


「夕飯は2人分運んで貰おう。洋服も君の置いてあるやつがあるからそれでいいね。寝る時はベッドを使って。僕はソファで寝るよ」


 すらすらとこの先の予定を告げるノアに、ツッコミが追いつかない。

 そういう問題じゃない。夕飯とか洋服とか寝場所とか、そんなものの心配はしていない。


「えっと……了承してないんですけど…」

「君の了承が必要?君に何かあって困るのは僕なんだよ?」


 私の意思は聞く気はないようだ。




 私の何がそんなに彼をいらつかせてしまったのか。彼が私や他の人を信じきれないからなのか、私が他人と関わるのを嫌がってしまった。

 だからこうして、彼の部屋に監禁されてしまった。


 彼の心を落ち着かせるために、ここにいた方がいいんだろうか。少なくともあと数日でグレン様は帰るはず。

 ならそれまでここで過ごす?



 ……え、嫌だけど?

 ノアの心の平穏のためとはいっても、この部屋に監禁は嫌だよ?


 それにノアの記憶が戻らないなら、グレン様が帰ってきてもこの状況が良くなるようには見えない。


 ならば尚更、抵抗した方がいいだろう。

 私の意思を示すためにも。


 だいたい何、私の気持ちは無視なわけ?未来のノアは私の気持ちを優先してくれてたけど、3年前のノアはそんなに傍若無人なの?

 いくら私がノアの妻だからって、私に何かあったらノアが困るからって、私の気持ちを無視するのは許せないよ!


 夫婦って、そういうものじゃないから!

 少なくとも私は、亭主関白とか嫌だから!



 私達は離婚は出来ないし、私はするつもりもない。

 ノアの記憶が戻らなくても仲良くやっていきたい。


 だから、ここで私が許したら、この先ずっと許さなくちゃいけなくなる気がする。

 私は言うこと聞くだけの人形ではないんだと、ちゃんと教えないと!



 ということで、ノアがお風呂に入ってる間に、玄関の内側にかかってる鍵を壊した。

 前にクラスメイトに教わったピッキング技術が役に立った。


 あれだけ頑張って覚えた、捕まった時に逃げ出すための知恵が、まさかノア相手に役に立つなんて…。


 苦笑いしながらも私はノアの部屋から飛び出して、一人で自分の寮まで駆け抜けた。



 逃げてから分かった。

 明日が怖い。


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