表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
私は逃げたい  作者: 兎のうさぎ
番外編
102/110

失くしたもの4 sideノアゼット

 

 早速次の日、エミリアのことを調べだした。

 部屋にあった報告書を片っ端から読んで、興味なかった料理の本なども読んで、彼女がどんなものが好きでどういう人物なのか調べた。


 そこから読み取れたのはあまりなく、彼女の生活は至って普通だった。交友関係も普通で、少し人気があるくらい。



 現在から過去に遡って読んでいくと、公爵令嬢の名前もあり、そしてその後の報告書から、公爵令嬢が彼女に何かをして学園からいなくなったことが分かる。


 公爵令嬢が出てきた時は報告書の量も多かったので、余程要注意人物だったらしい。



 それより遡ると、留学で来た隣国の王子たちのことも書かれている。どうやら隣国の第3王子が留学に来て、僕と彼女を国に引き入れようとしたみたいだ。


 ただ途中から、第3王子がやたら彼女に絡んでるように見える報告書は、一体なんなんだろうか。


 それよりも前はただのストーカーのような報告ばかりで、彼女が誰と話しをしたとか、どんな話をしたとか、そういうのばかり。


 結婚したのは夏だったらしいが、その付近の報告書はここにはなかった。4年生になって数ヶ月分までしかなく、そこからの足取りは掴めない。




 そこでその日の授業が終わったら、彼女を迎えに行ってみることにした。

 授業が終わったくらいのタイミングで彼女の教室に行くと、僕に気付いた平民達が僕に話しかけてきた。


「あっ、ノアゼット様!エミリアさんなら学園長室に行きましたよ!」


 あまりに気安く話しかけられて驚いた。

 なんとか笑顔を繕って礼を言い、学園長室に向かう。


 平民が僕を恐れずに声をかけてきたのにも驚いたし、僕が平民の教室に行っても驚く人はいなかった。そしてさっきの彼の言葉。



 もしかして僕は毎回彼女を迎えに来てたんだろうか。

 だから皆慣れてるし、彼女の居場所をすぐに教えてくれたのか?


 なるほど、グレンが学園ではエミリアを愛するふりが出来ないと言うわけだ。

 そもそも環境が僕の記憶と違う。これは戸惑う。



 学園長室に向かって歩いていると、曲がり角の向こうからエミリアの声がした。


「ごめんね、付き合わせちゃって」

「気にすんなって。俺とエミリアの仲だろ」


 エミリアと、男の声。


 曲がり角から体を出すと、エミリアと男もこちらを向いて歩いていたようで、突然現れた僕に驚いている。


「ノア?!」

「ノアゼット様!」


 男は僕にキラキラした目を向けている。そして見覚えもある。確か男爵子息だったはずだ。

 彼がなぜ、エミリアと一緒に歩いていたのか。しかも仲が良さそうに。


 何故かそれに腹が立った。


「エミリア、何してるの」

「へ?え?」

「君僕の妻でしょ。自覚あるの?」


 神の愛し子という狙われやすい立場なのに、何故男と二人で歩いているのか。しかもこんなひとけのないところを。


 僕は彼女の隣にいる男にも鋭い目を向けた。


「エミリアは僕の妻だから、手出さないでくれる?」

「えっ」


 男がぽかん、と口を開けている。それすらイラついて睨むと、彼はぶるりと身体を震わせた。

 言ってることはおかしくないはずだ。


「あー…ロット、事情はミルムに聞いて」

「お、おう…」


 この期に及んでまだ彼女はその男と話すのか。

 僕は彼女の手を無理矢理とって、歩き出した。


 彼女は振り払いはしなかったものの、やや後ろを向いてあの男に向かって謝罪の言葉を口にしていた。




 そのまま彼女を生徒のこない研究棟まで連れて行って、空き部屋に入る。


「え、ここどこですか?」

「研究室。誰も来ないところだよ」

「え」


 僕の言葉に彼女が少し身体を震わせて強ばらせた。


 さっきの男にはリラックスした様子を見せてたくせに、僕とは夫婦なのに警戒するの?


「こんな所に…なんの用でしょうか……」


 少し警戒してる彼女に、僕は言う。


「なにかするつもりは無いよ。人が来ない方がいいと思って来ただけ」

「あぁ、なるほど…」


 彼女は肩を落として体の力を抜く。

 何かしようにも、僕は結界に阻まれて何も出来ないというのに。何を怖がっているんだか。


「さっきのは何?神の愛し子の君は狙われやすいって自覚ある?」


 僕が彼女を睨みながら言うと、彼女は少し気まずそうな顔をした。


「ええっと…彼は、信頼のおける友人と言いますか…」

「君にそこの判断が出来るの?君は僕の妻なんでしょ?万が一があったら困るんだよ」


 ばつが悪そうな顔をした彼女にさらに言葉を重ねると、彼女は次第に申し訳なさそうな顔になる。


「うん…そうですね、確かに配慮が足りませんでした。ごめんなさい」

「……分かってくれたならいいけど」


 彼女の顔を見て、少し言いすぎただろうかとほんのり罪悪感を感じた。

 いやでも、大事な事だ。彼女に何かあったらこっちにも被害が出るのだ。


「悪いけど、君の信用出来る人物を僕が同じように信用出来るかと言うと、それは別だ。僕の信用出来ない人にはあまり心を許して欲しくない」

「はい、そうします……」


 彼女は素直に頷いて、困ったような笑顔を浮べる。


 きっとさっきの彼は、3年後の僕は信用していたんだろう。素直な彼女を見てると、彼女が僕の言うことを無視するようには見えないから。


 とはいえ今の僕にはさっきの彼は信用出来ない。会ったばかりというのもあるし、やたら仲良さそうだったのも気になる。



 なんでこんなにもイラついた気持ちになるのか分からない。

 3年後の僕は、これの正体も知ってるのだろうか。




 あの男爵子息にイラついてから、何かと彼女の周りにイラつくことが増えた。


 僕の部屋に来るのに案内してくれるグレンの腹心にも、謎の苛立ちを覚えた。

 彼女が彼といる時にだけ彼に苛立ちを感じるから、多分彼女と一緒にいるのが腹の立つ原因なんだと思い至る。


 そして解決策として、僕が彼女を送り迎えすることにした。

 彼女は「仮病がバレる…」と呟いていたけど、授業を休む理由なんて仮病以外にもある。問題ない。


 結局5時の鐘が鳴ったら彼女を平民用の女子寮の入口まで迎えに行き、帰りもそこまで送ることにした。



 これで一旦は心が落ち着いたが、今度は別の問題が出てきた。

 彼女の様子を見に行こうと、授業終わりの彼女を迎えに行ったところ、教室で彼女が楽しそうに話していた。

 男女混じって数人で。



 ……彼女は本当に、僕の妻という自覚があるのか?

 なんでそんなにも、他の男と楽しそうに話すの?

 その男が君を狙ってる可能性だって充分にあるんだよ。



 あぁ、いらいらする。

 なんでこんなに彼女の周りに腹が立つんだろう。彼女が人気らしいことは報告書から分かってはいたが、いざ目にするとかなり気に食わない。

 何より人を惹きつける彼女自身にすら苛立ちを覚える。


 僕の妻のくせに、人を惹き付けるなんて。

 周りも周りだ。誰もが僕の妻だと分かってるくせに、どうしてそんなに彼女に話しかけるのか。


 それだけ神の祝福が魅力的か?いや、それだけのようには見えないが…。




 今日も彼女が部屋に来て、本を読んでいる。

 昨日と同じように、花を1輪、僕にくれた。

 僕が教室に彼女を迎えに行って寮に送ったあと、友人に迎えに来てもらってるらしい。


 僕に贈るためだけに毎日街に出かけている。それ自体は別に構わないのに、街で彼女が他の人に囲まれていないかが不安になる。


 学園でさえあんなに人に囲まれるんだから、街に出たらもっと寄ってくるんじゃないか。

 街で狙われたら、彼女と彼女の友人では太刀打ち出来ないんじゃないか。



 やっぱり彼女は危機感が薄い気がする。

 神の愛し子であると言うのに、そんな軽率な行動が取れることに腹が立つ。


 しかも僕の妻なんでしょ?誰かに襲われたらどうするつもり?

 いくら魔道具があるからって、絶対安心とは限らないでしょ。

 あれは敵意を持っての攻撃を防ぐものだ。そこに敵意がなく、攻撃という目的じゃなかったら多分反応しない。


 もし彼女が人質でも取られようものなら、友人思いの彼女は魔道具を外すだろう。


 そんなこと、あってはならない。

 僕の妻なんだから。




 目の前で本を読んでる僕の妻を見る。

 こうして目の前でじっとしてる分には、なんの苛立ちも感じない。

 どうやら僕は、彼女が誰かと接していると腹が立つようだ。特に男。


 きっと彼女が奪われることを懸念してだろう。

 彼女は神の愛し子で、狙われやすいから。

 そしてそんな彼女を奪われたとなっては、ライオニアとしても良くないし、国から彼女を任されてる身としても、そこは守らなくてはいけない。


 だからいらいらするんだろう。

 そうに違いない。



 でも彼女が僕の部屋に居るときは、心が落ち着いている。

 彼女は誰にも奪われないし、僕の視界に収まっていて安心する。


 …それなら、彼女をこのまま部屋に閉じ込めてしまえばいいのでは?


 思いついた内容に、僕はとてもいい案だと思った。



 どうせグレンはまだ3日は戻らないだろう。その間ずっといらいらする日々を送るのは僕も嫌だ。心が落ち着かないし、彼女にだって当たってしまいそうになる。


 それに僕が彼女をこの部屋に閉じ込めたとしても、僕達は夫婦。おかしくは見えない。

 彼女に授業を受けさせるかは迷うが、その間ですら彼女が気になって心が落ち着かないのだから、1日閉じ込めた方がいいだろう。



 そうと決まれば行動だ。

 彼女に提案したら頷いてくれるだろうか。

 それとも逃げるだろうか。


 どちらにせよ、逃がす訳にはいかない。僕の心の平穏のためにも。



「ねぇ、君は授業受けたい?」

「え?…はい…」


 本を読んでる彼女に聞くと、彼女は僕の質問の意図が分からないようだったが頷いた。


「今からずっとこの部屋に居てって頼んだら、頷いてくれる?」

「えっ……」


 彼女は不思議そうな顔をした。


「それは、いつまでですか?明日の朝まで?」

「いや、ずっと」

「………」


 不思議そうな顔から、眉を寄せた。

 どうやら不本意のようだ。


「その、それは……どういった理由で?」

「理由?イライラするからかな。君がフラフラしてるからこっちも心配になって落ち着かないんだよ」


 そう言うと、彼女は目を細めてこちらの真意を疑うような顔をした。

 そんなに見つめられても、僕は正直に話してるよ。何も隠してなどいない。


「えっと……フラフラはしてないんですけど…」

「してるよ。教室でも街でも、どこから君を狙う人が来るかわからないのに危機感が足りなさすぎる。だから、この部屋にいて」


 僕はそう言ってリビングから廊下に出て、寮の部屋の玄関の扉の鍵を閉めた。内側からも開かないように、2重にかけた。


 そしてリビングに再び戻ると、彼女は眉をぴくぴくさせてこちらを見ていた。


「……今、何を」

「鍵をかけてきた。内側からも開かないようにね」

「え」


 状況が飲み込めていないらしい。そんな顔をしている。

 でも夫婦なら、部屋に二人で篭っていてもおかしくないでしょ?そもそも結婚したのになんでまだ学園に通ってるんだって思うし。


「夕飯は2人分運んで貰おう。洋服も君の置いてあるやつがあるからそれでいいね。寝る時はベッドを使って。僕はソファで寝るよ」


 夫婦だけど、まだ君を好きではない僕は一緒に寝ることは出来ない。そういう行為も出来ないし、同じベッドに入ることも無理そうだ。


 幸いここのソファは広いし柔らかい。僕1人なら充分寝れる。


「えっと……了承してないんですけど…」

「君の了承が必要?君に何かあって困るのは僕なんだよ?」


 むしろこれで許してることに感謝して欲しいね。手足を繋いでいないんだから。


 僕の告げた言葉に、彼女は遠い目をしながら、分かりましたと言ってくれた。納得してくれたようで良かった。


 これからはもう、心を落ち着けられるな。




 だが夕飯を二人で食べて、風呂から出た時。

 彼女は部屋にいなくて、テーブルにメモ用紙が1枚。


『ごめんなさい、帰ります。不安にさせないようにするので、自由にさせてください』


 ……逃げたのか。


 窓は開いてないし、部屋に荒れた形跡もない。

 リビングから廊下に出て玄関に行くと、壊れた内側の鍵があった。


「……へぇ、僕から逃げるんだ」


 逃げられたことが無性に悔しくなって、僕は手のひらを強く握りしめる。


 君の夫から、君は逃げるんだ。

 あんなに危険なのに、まだその危険な場所に行こうとするんだ。

 君が危険なところに向かう度、僕の心がざわつくというのに。



 逃げられるなら、より強固な檻に閉じ込めるまで。


「……逃がさない」



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ