066 他人の犠牲ですむというのならば軽いものだ
サクネル・カン・ペキーナ。
ペキーナ伯爵の跡取り。
サクネルは自らを【完策】を自称する
━━知略の時代がやってきた。
もちろん根拠はない。
ただ繰り返して言っていれば信じる者が増えるかもしれない。
どんな試合の一軍なのか知らないが、王立学園ではイケテル一軍の一人とか言われていた。
もともとの【夢幻郷と君の微笑み】というゲームでもヒロインにとって攻略対象にあたる。
それぐらいの知的な美形ではあった
サクネルはヨーキャンに引っ張られて解放区に行った。
しかし、河原でアカい服を着て【陽の者のダンス】を踊ることは拒否した。
後から、すぐディアナが王立学園に復帰したことを思えば、結果的にナイスプレーであった。
別にディアナが好きだったというわけではない(後から考えれば、ディアナはおそろしい女だった)。
野生の勘というか何か悪い予感がしたのである。
ヨーキャンに偉そうな顔で場を仕切られるのがイヤだったこともある。
しかし、「踊りたくない」という者もいたので、自分も「ダンスは苦手」とそれに便乗したのだ。
ディアナが解放区から【無傷】で帰還してきた今となっては、あの時に【陽の者のダンス】を踊らなくて正解である。
もしも過去に戻れるのなら、あのときの自分に「よーし、よくやった、グッジョプ」と言ってやりたい。
解放区で、ディアナがさらわれたとき、
━━クライ。
━━どんな時でも明るく楽しくやろうぜ
━━みんなにあわせるコミュ強が勝ち。
とか、色々と非難された。
しかし、ディアナが王立学園に戻ってくることが決まった時点で、状況は一変した。
あのときに【陽の者のダンス】を踊らなかった者はディアナに敵対の意思がなかったと主張しやすい。
みっともなく非武装無抵抗で無防備都市宣言を決めながら逃げたというヨーキャンは、わかりやすく悪のイメージを背負わされやすいポジションについてしまった。
負ける奴は悪。
もちろん、そうとは限らない。
漢の劉邦は項羽に七十一回も戦争に負け続けたが最後の一回に勝って天下をとれば全てチャラになった。。
目の潰されたものという字を当てる【民】の評価は簡単に引っくり返る。
最後に勝てばいいという言い方も確かにある。
そういう権威主義の文化であれば、一度負けると復讐の機会は簡単に与えられない。
政権交代が民主主義の理想と叫ぶ半島国では、大統領が交代するたびに前大統領の自殺・逮捕・暗殺が慣例になっている。ク
敵勢力に復活の機会を与えないためである。
政権交代できる勢力均衡が陰湿な復讐を防ぐとケルゼンは説いたが、半島国家で実験してみたところむしろ逆だった。
なお、「対立する政党はいらない、対話する政党が必要」とケルゼンの論敵であるヘラーは説いた。
知性偏重の近代主義がジャコニズムの悲劇をうみだす危険があるにしても(精神障碍者の基準のIQをどこまであげるかというのは国家的な問題である)、対話の段階を飛ばして対立すれば、問答無用の鏖につながりかねない。
ユーキャンとディアナのいずれが正しいかどうか不明。
ただ、敗北した側は悲惨なことになるとだけ予想できるというシチュエーション。
「ヨーキャンがひとりぼっちになったらかわいそうだよ・・・」
とサクネルは一瞬だけ友人として思った。
一瞬だけ
数千年後に自分が生きていれば、ちょっと思い出すだけで十分すぎる。
おつりが出る。。
もしも、ヨーキャンがサクネルの立場ならば、得意の【陽の者ぽじしゅょんって、れーてんご秒で都合の悪いことはみんな明るく忘れただろう。
それこそ陽の者の考え方。
しかし、自分が忘れたら相手も忘れてくれるというのは疑問。
ヨディアナが復讐する決意を固めている。
どうやらヨーキャンは負けそうだ。
形勢不利。
先んずれば人を制す。
幸い、あの時の自分は何か悪い予感がして【陽の者の踊り】に参加しなかった。
そう言う話を手土産にして、ディアナの側につくべきだろう。
他人のことを心配している余裕はない。
サクネル自身も下手すれば自分の家から勘当されかねない。
策を練らなければ・・・
ディアナの親友を自称するパンナは、【陽の者の踊り】に参加したが、もともとディアナの友人のポジションである。
しかも、【かよわい女】のカタチを使える。
まわりの男子生徒がこわくて話を合わせただけとか言っておけば、ディアナの下にいるかぎり、彼女の地位は安泰だろう。
正義は勝つと言うが勝ったものが正義か?
パンナは学校側に自分が解放区に行ったことを告白して停学処分をもらい、
女子寮内で同じく退学処分のレイ・ハツネテイクに急接近。
レイの証言をコントロールできれば、ディアナの立場はただでさえ有利なのにさらに有利になる。
パンナが自分のサイドとディアナも納得するだろう。
同じ理由で他の女生徒も【自分も犠牲者】ポジションを狙う可能性が高い。
ひとり動けばあとはドミノ倒しになる。
「うまく立ち回ることが大切。武力は不要と言わないが、ここは知略が大切」
サクネルは結論づけた。
ディアナみたいなタイプは敵と味方をハッキリ分ける。
サクネルもディアナが拉致られたあとに、ヨーキャンらが赤い服を着て【陽の者の踊り】を楽しく踊ったということは高らかに自分が告発せねばなるまい。
何たってサクネル自身は踊っていないのだ(重要)。
自分は短期間の停学の処罰ぐらい覚悟してもいい。
繰り返すがサクネルては【陽の者の踊り】を踊っていない。
首謀者のヨーキャンがどうなるのか知らない。
ひどいことになるだろうと予想。
そのうちわかる。
他人の犠牲ですむというのならば軽いものだ。
いくらヨーキャンが痛い目にあわされても自分は笑顔で耐えてみせる。
「これは戦争だ」
サクネルはポーズつきで呟いた。。




