061 美しく苦い青春の一ページになってやったりはしない
解放区をおさめる聖犬使にて王立学園の校長であるクロ・アシオトネはゲッカー公爵家におもむいた。
いや、正確にいえば、【英雄黒犬】【優しさ皇帝】【知恵の塊】と呼ばれるターボという聖なる犬に従って、クロ・アシオトネはゲッカー公爵の公館におもむいた。
聖犬光臨。
ゲッカー公爵家は大騒ぎになった。
立派なお犬さまの崇拝と歓迎はこの世界のすべての者にとっての義務である。
閑話休題。
お犬さまの自由な御心にくらべれば世俗的で取るに足らないことだが、ヒーナック・ゲッカーが解放区でディアナ・ツースリーの奪還に成功したという小事件が問題になっていた。
王立学校側もどう動けばいいのか決めるべく、ヒーナックに事情聴取をする。
解放区の事件についての情報は色々と領主のクロの耳に入ってはくる。
情報の多角的確認。
ヒーナックの話も聞くことにする。
どうして、ディアナが解放区から【無事】に戻ってくることができたのか?
解放区でディアナが拉致られた後、逃げ延びたヨーキャン・ライトは河原で明るく【陽の踊り】を踊った。
勢いづけのために赤い衣装を人数分そろえたという。
イヤななことはみんな忘れよう。
世の中はいいことかり。
だって私たちは特別だから。
絶対・最強・チート。
わたしたちは勝ち組の星にうまれた。
明るい明るい未来は明るい。
窮地から逃げた後になって河原で踊り狂って叫んでいたそうな。
「くだんねえ」
悪いひととはだいたい友達とかヨーキャンは言う。
誰がそんなヤツの友達になるのか知らず。
ディアナが無傷で王立学園に帰ってくることができたのも、ヨーキャンら河原での陽気なダンスも一役かっている。
安っぽいと言われる連中にかこまれて幸せ気取り。
コッケイすぎて萎え判定。
大切な扱ったままの方が高くヨソに売れるのではないか、とディアナをさらったものたちは判断した。
別に彼女の威光が彼らに感銘を与えたわけではない。
ヨーキャンらの河原におけるダンスが知らず知らずのうちにを功を奏した。
そんな折に、レイが解放区で行方不明になったルーを探していて、その護衛にヒーナックがついていた。
同じ王立学園の生徒ということから生まれた人違いで、みんなから、ディアナは奇跡的に元気に帰還することができた。
幸運。
少なくとも、ディアナ・ツースリーにとって幸運であろう。
そして、ヨーキャン・ライトにとっては不運であろう。
ディアナ・ツースリーは悲劇のヒロインにならず、陰湿な復讐鬼として王立学園に堂々と無事に戻ってきた。
忘れようにも素直に忘れられてやるつもりは毛頭もない。
ヨーキャンにとって美しく苦い青春の一ページになってやったりはしない。
もとのゲームと違って行方不明にならず無傷のままで戻ってきたというのであれば静かにおとなしくしていればいいものを、ヨーキャンの貴族としての人生をメチャクチャにするべく、ディァナは騒ぎを学校全体に広げようと策動する。
王立学園を舞台にしたライト侯爵家とツースリー家の対立。
それは王立学園の校長であるクロ・アシオトネからすれば、「よそでやれ、よそで」と喚きたくなるような迷惑な話だった。
聖なる犬のターボの黒い毛皮をなぜることで、犬の優しさに触れることで、精神の安定をクロは保つのであった。
* *
沈勇というものであろう。
ヒーナック・ゲッカーは、いくら水を向けても、自分の武勇伝らしきことを一切に語らなかった。
「ボクは、相手の人たちとただ話し合いとわかりあいをしただけですよ」
クロ・アシオトネはすでに別の情報源から話は聞いている。
ヒーナック・ゲッカーはヨーキャンを圧倒した相手をものともせず鮮やかに軽く一蹴したらしい。
もちろん、そういう話をヒーナックがすれば、上級生であるヨーキャンらの顔を潰すことになってしまう。
━━ライト侯爵家とツースリー家の対立に自分は巻き込まれたくない。
そういう計算。
天使のように無邪気で愛らしい容姿をしていて、その外観を裏切るように計算高い。
かわいい顔して策士。
考えてみれば、火中の栗を拾う義理はヒーナックにはない。
ゲッカー公爵家は厄介を嫌う。
『我が魂は、安寧と静謐を望む』
イヤな家訓である。
何があっても余計な恨みを他人から買わないように、ヒーナックは心がけているようだった。
「ディアナ侯爵令嬢は王立学園の生徒としてヨーキャン・ライト侯爵息に意趣返しをしたいようだ」
クロ・アシオトネの言葉にヒーナックは軽く肩をすくめた。
「ボクには。ちょっと、わかりません」
「あなたの行動があってディアナ・ツースリー侯爵令嬢は無事に戻ってきました」
「ディアナ・ツースリー侯爵令嬢ははとても運にめぐまれておられます。ボクが余計なことを何もしなくても無事に学園に戻ってこられたと思います」




