056 みんなが自由に好きなことをしていればうまくいくと思う
カタチを守ることは悪いことばかりではない。
いつも揺れてしまう人々の心に安らぎをもたらす。
理由はどうあれ、どんなに少なくとも、カタチを守るとは心が落ち着く。
そして、カタチを守ることが、焚書坑儒といったデータ破棄につながる面があるにしても、過去のデータの保存につながる面もある。
何でもそうだ。
状況によって良い麺が出ることもあるし悪い麺が出ることもある。
そして、状況を考えること自体も時間と手間が必要になる。
絶対の正解ではない。
すべては運である。
ヨーキャンはライト侯爵の跡取りとしてうまれた。
もともとのゲームの世界では攻略対象になるキャラであり、陽気な遊びのイケメン。
━━悪い人とはだいたい友達。
とか、ほざく種類の陽の者。
ヨーキャンのお友達は、危ないときに前に出るかどうかはいざ知らず。
これまでのヨーキャンの人生はついていた。
しかし、ディアナ・ツースリー侯爵令嬢を連れて解放区に出向いた件は様相が異なったる。
ディアナが拉致られた件は、通常ならば【鉄は男を研磨する、ばっくれ上等】ということで、話をもみ消すことができたはずだった
なのに、その日はゲッカー公爵家の跡取りであるヒーナックの介入があって、ディアナは無事に戻ってきたのである。
ヨーキャンからすれば、頭の痛いことになった。
「何を考えてるんだ、ヒーナックのヤツ? まるで狙ってたみたいじゃないか?」
* *
別にヒーナック・ゲッカーは何かを狙っていたわけではない。
すべては偶然だ。
行方不明の友人のルーのことを探しに解放区にやってきたというレイのことをヒーナックは見かねて護衛にまわっただけである。
ディアナのことを助ける結果になるとは計算外。
下手をすれぱ、ライト侯爵家とツースリー侯爵家の間に巻き込まれかねない。
ヒーナックからすれば、それは余計なトラブルである。
はたから見て、ヨーキャンとディアナの衝突はいずれが勝つのか、わからない。
どちらにも弱みがある。
解放区で逃げたヨーキャンはもちろんのこと、王立学園で許可のない立ち入りが禁止されている解放区に足を踏み入れたディァナも、決して褒められたものではない。
うかつに一方に味方をして泥をかぷるのは利口者のすることがではない。
ヒーナックは密かに前世の記憶を持ちこしたまま転生している。
見た目ほど無邪気な子どもではない。
大勢がはっきりするまでは【ボクは子どもだから難しいことは何もわからないヤ】でやりすごす安全運転の方針。
何せ、今のヒーナックは周囲よりも年下の美麗な外見のマスコット的存在。
それぐらいの計算はヒーナックにもできた。
「無事これ名馬と言いますし( ^ω^)・・・ 選択肢は【見】です」
面倒なことには、できるだけかかわりたくないものである。
* *
解放区から王立学園に無傷で戻ってきたディアナ・ツースリー侯爵令嬢は、対決というか、復讐というか、自分を置き去りにして逃げたヨーキャンたちをの貴族としての人生を強制終了してやろうという気持ちを固めていた。
一歩間違えば、異界の好事家に彼女は売り飛ばされていただろう。
怨み骨髄なり。
ディアナの復讐は始まった。
無断で解放区に出向いたことを学校側に謝罪を求めなが、自分を置いて逃げたヨーキャンらの処罰を求めたのである。
解放区に一緒に出向いた女生徒のパンナ・ネオカ―子爵令嬢を放課後に、ツースリー侯爵家の公館に呼び出した。
ディアナが解放区から奇跡のように無事に舞い戻ってきた。
家同士の力関係があり、ディアナとパンナは昔からのトモダチである。
解放区では、パンナも逃げたという負い目がある。
何せ、冷静に考えて、ヨーキャン側につくのは分が悪い。
真実はディアナの側にあるし、本来に部外者だったヒーナックやレイがかかわっているので、口止め工作は難しい。
それに、ヨーキャンにとって予想外の展開だったらしく、本来にもっとも注意すべきパンナへ口止めが遅れた。
何と言っても、ディアナ無事帰還という新たな異常事態。
一番に【裏切りの大空】を決める確率の高いパンナに何の手を打たないというのはおかしい。
ズレている。
スタートダッシュが遅い。
自分の幸運を信じすぎている。
これまで、それで何とかなる恵まれた生き方をしていたのであろうが、今回ばかりは彼に対して激しい逆風が吹いている。
「何でしょうか? ディアナさま」
呼び出されたパンナは困惑の表情を見せる。
彼女は何も知らないのはおかしいのだ。
ディアナは言う。
「私は解放区から、無事に戻ってくることができました」
パンナはあたりさわりのないことを言う。
「おめでとうございます。私もディアナさまのことを心配していました」
軽くディアナは会釈する。
「どうも、ありがとう」
パンナは安心する。
「解放区で、ディアナさまのことを忘れて逃げてしまって、すみませんでした」
「そう素直に謝ったくれるなら許してあげる」
「はい」
「許せないのは、ヨーキャン・ライト。みんなで解放区に行こうって最初に言い出したのは、あいつよ」
パンナは、言葉につまる。
「でも、相手が強かったから」
ディァナは言う。
「王立学園にとって恥よ。あたしはゲッカー公爵家のヒーナックくんに助けてもらったけれども、あたしが後で聞いた話によると、ヒーナックくんは一瞬で相手を倒したそうよ」
少しパンナは信じられなかった。
「そんなムチャな」
捕まっている時にあたしは聞いた話だとね、とディァナは語る。
「レイ・ハツネテイクが解放区にルー・ザ・ナド―を探しにでかけたところをヒーナックさまが見つけて護衛を買って出た。そこで、レイが襲われそうになって、彼が前に出た」
「ほええ」
「風向きが変わり少しヤバくなれば昨日までのことも知らない顔って言うで。
けど、ヒーナック・ゲッカーは違ったっていうことでしょ?
一人で危険な解放区を歩くことに彼は学校側から許可されている。
ヨーキャン・ライトは、解放区にあたしたちを誘った責任があるし、その責任をとるべきだと思うわ」
遠慮がちにパンナは意見する。
「ですが、そんなことをしたら、ツースリー家とライト家の関係が悪くなります」
ディアナは冷ややかに言い放った。
「何言っているの? 先に喧嘩を売ってきたのは向こうでしょ? 解放区が楽しい場所と誘っておいて、あたしを置いて逃げたことは許せない」
パンナは、しどろもどろになる。
「ツースリー家とライト家の仲がこじれたら王立学園は大変な騒ぎになりますよ?」
自信たっぷりにディァナは言い放つ。
「知らないわよ。私は私が一番に大切。それを否定することは【多様性の時代】に反する」
この世界にも奇妙な思想が異界から流入していた。
みんなが自由に好きなことをしていれば何もかもうまくいくという楽天的な量的功利主義である。




