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047 その人は自在に涙を流す特技を持っている



 解放区をレイと歩くヒーナックは、将来にゲッカー公爵家の跡取りになる身分である。

 王立学園の最終学年にはそれ用のコースを選ぶ立場。 

 ヒーナックは、将来に人の上に立つ身分として、カタチを守って周囲を安心させることの大切さをレイに説いた。

 そういう彼自身が解放区で音楽をやる型破りではあるものの、王立学校ではマジメな優等生で通している。

 公爵家の跡取りという肩書もあるのだろう。

 花も欺く無邪気な美貌もあるだろう。

 ヒーナックは周囲への【気配り】が巧妙だった。

 控え目に振る舞いながら人気の出そうなポジションにいつのまにかついている。

 そういう作業が抜群に上手だった。

 たかだか男爵令嬢であるレイ・ハツネテイクが、行方不明の友人ルー・ザ・ナド―を探すと言う名目があるにせよ、解放区でヒーナック・ゲッカーとデートまがいに一緒に歩いたという話になれば、騒ぎになるだろう。

 

 ┅┅あいつ、吹きあがっている。


 といった悪いウワサがレイに立つようなことがあっても誰も驚かない。

 田舎育ちのレイは、学園の中では、侯爵家、伯爵家・子爵家・男爵家・騎士爵家のいずれであろうとヒエらラルキーをあまり気にしない(だからこそ爵位のない家柄のルーの友人になったのだ)。

 しかし、ヒーナックに護衛されるというカタチが【校内で知られたら怖いことになる】ということぼんやりとわかった。

 レイはヒーナックにその理屈を説明した。


 ヒーナックは笑う。


「つまり、ボクのような者があなたの護衛にまわると、王立学園であなたの評判が落ちると?」


 レイは言った。


「あまりにも身分違いです」


 だったら、とヒーナック気言った。


「解放区に行くときには、護衛の非一人ぐらい用意しなさいマしょうよ」

「それは━━」


 自慢にはならないが、レイのはツネテイク男爵家はそこまで裕福 ではない。

 ヒーナックは歌うように言葉を続けた。


「あなたのよう王立学園の女生徒がこんな場所を一人しているところを見落として、あなたが何か事件や事故にまきこまれるようなことがあれば、ボクの貌が立ちません」


 正面切って反論しづらい理屈である。

 レイは溜め息をついた。


「ですが、ルー・ザ・ナド―はあたしの友人ですから」


 さらりとヒーナックは言い返す。


「王立学園ではボクも彼女の学友の一人ですヨ?」

「それは」

「ルーさんのことを探すというのは、ボクにまかせてもらえないでしょうか?」

「でも」


 レイは、咄嗟に言い返す言葉を見つけられない。

 言葉選びもタイミングの取り方もヒーナックはうまい。

 いや、ずるい。

 こういうやりとりに慣れた感じだとレイは思う。


「あたし、ルーのことが心配で・・・」


 わかります、とヒーナックはうなずく。


「ボクも心配してます。レイさんのお気持ちはよくわかります。

 ですが、ボクの方が解放区に慣れています。

 やるだけのことはやりますヨ。

 ここは一つ、ルーさんのことを探すのはボクにお任せしてもらえないでしょぅか? レイさんまで変なことに巻き込まれるようなことがあったらボクも悲しい」


 真面目な顔でヒーナック公子が涙を流している〔彼が自在に涙を流す特技を持っていることをレイが知ることになるのは後のことである〕。

 思わずレイは引き込まれそうになる。


(自分が一人で解放区を歩き回ってルーを探すというのは無謀すぎた?)


 そんなことををレイは思ってしまう。


「でも、こういう時に何もしなければ、あたしが彼女の友達だって言ってきたすことが全てうそになってしまいます。そうなったらあたしは自分でも自分のいうことがしンじ信じにれなくなってしまう」


 嘘になりませんよ。とヒーナックは笑った。


「あなたが動こうとしたからボクが解放区でルーさんを探して動く。それで、十分じゃないでしょうか?」

「え?」

「誰もあなたを嗤う者はいませんよ、王立学園で」

「それは・・・」


 レイは何もしなくてもいいから代わりに、ヒーナックが動くと言う。

 危険な誘惑だった。

 もしも断れば、ハツネテイク男爵家の者がゲッカー公爵家の者の貌を潰したしということになる。

 校内の貴族主義のヒエラルキーからすれば袋叩きであろう。

 かといって、彼の誘いに乗ってしまえば、レイは友人のルーのために何も動けないことになってしまう。

 ヒーナックはレイの迷いを見通しているようだ。


「レイさん、ボクのことなら、ご心配なく。

 ボクは、王立学校の許可を受けて解放区を歩きなれていますから、慣れています。

 見た目は頼りないですが、頼もしい護衛もついていますし、こう見えてもボクだって男の子で、やる時にはやりますよ。

 お願いですからボクに任せてくれませんか?

 この解放区でルーさんのことを探すのは、解放区への出入りを学校から特別に許されているボクの義務でもありますから」


 レイは、自分の脳がぐるぐると回っているような錯覚にとらわれていた。


(まただ)


 と思う。

 ヒーナックは、こちらの心に入り込む言葉をポンポン放り込んでくる。

 巧みに相手の心を縛る。

 ゲッカー公爵家ではいったいどのような子弟教育をしているのだろう?

 わかりました、とレイは言うた。


「でも、一緒に探させてください」


 軽くヒーナックは肩をすくめた。


「今日の一日ぐらいでしたら」

「え?」


 落としどころをレイは提案された。

 ヒーナックは言う。


「解放区で何か起きたら、ボクだけなら切り抜けられると思いますけど、あなたまで守りきる余裕がないかもしれません」


 話している間に、いつのまにか向こうの要求のレベルがあがっている。

 レイは戸惑った。


「ですが・・・」


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