032 馬鹿を承知でぶっ飛ぶのならRockだって思う
カモ・カオル。
かもかおる。
通称モカさん。
今にヒーナックが属するバンドのドラム である 。
異様な男だ。
他人を圧する筋肉突の巨体に金髪モヒカン。
ドラムの腕は確かてその気になれば機械のようにセス格なリズムを刻んでくる。
本人はそれでは満足していないようで、目の前の観客をもりあげるグルーブ感の必要を口うるさく言う。
「あのな、『こちらはきっちり枠をつくることのできます』といこう安定感を聞いている奴らに伝えるということも大切なんだけどさ、ある程度までのレベルにいけば『それはできてあたりまえ』ということになる。
でも、曲全体のカタチを崩さない程度に微妙にリズムを揺らすことで『今、こちらぱこんな気分で叩いているよ』ということを聞いている連中に伝えることも大切なんじゃねえのかなって思うわけ」
必要な場合のリズムキープの腕は見せなければならない。
しかし、それだけならばマシーンにまかせた方が早いという考えもある。
それぞれが状況を感じ取ってリズムを歪める。
グルーブgroove。
伝えるためにカタチは大切。
もちろん外れてみようという気持ちも大切。
どこでどの面子ならばどこまで外れて許してくれるのか感じるも大切。
互いの心の拍子を知るこも大切。
環境を変えることも大切。
新しいカタチをつくることも大切。
いわゆる仁礼信義智?
大切にしなければいけないものが多くていつでも通じる答えは見つからない。
ただ迷い続けてやることの中に何かしらの答えがあるように感じる。
モカさんはむきになって熱く迷い続けてやろうとするという種類の泥臭いドラマーだった。
* *
バンドのメンバーに組み込まれたヒーナックは、慣れないグラスを片手に、モカさんともコンタクトをとった。
もともと【05の居場所】は少し大きめの居酒屋である。
アルコールには不自由しない。
おそらくアルコールの力を借りなければ言いにくいことはある。
古今東西、そういうことはあまり変わらない。
さて何から語ればいいのやら?
ヒーナックは言う。
「最近、うちの学校でも解放区に行きたいというコがいるんですよね」
「ほう」
「要するに『学校に飽きたら解放区に行く』というものです」
モカさんは苦笑した。
「そいつはつまんねえもんな。ありきたりのカタチを仕込まれるはね」
「まあ」
「物事のカタチの理由まで真面目に考えてやろうという奴にとっては別だろうけど」
「そうですか」
「本来に自分の人生とは縁のなかったはずの色々なものに出会えるのはいいことさ。多くノ李ことは、みんな違っているように見えてたいていの理屈は同じさ」
ヒーナックは少し首をかしげる。
そりゃそうさ、とモカさんは言う。
「ヒトという生きものはそんなに賢くなれない。どんなにあがいても物事を整理するため理屈の根本は似たようなものになる。そうしなきゃ話が通じない」
理屈である、とヒーナックは思う。
「なるほど」
ニヤニヤとモカさんは笑う。
「ただ、世の中の仕組みというものが見えてくると、怖いものは減っていくね。わからないということがこわいって話もある」
「わからないと色々とコワイ想像をしてしまいますからね」
ヒーナックの前世でも、ハイデガーという哲学者は恐怖は異質から生じ不安は未知から生じるものと説いた。
酒の追加を注文しながらモカさんは言う。
「ちょいと、わからないことはそのままにしとくのが、酒だ」
「仕方ないですネ」
ヒーナックは苦笑した。
解放区の流儀というものにも、そろそろ慣れた頃だった。
モカさんは言う。
「学校の世界が絶対じゃないって感じるのは、いいことじゃないかなって俺は思う」
「いいことなのですかねえ」
「危険はみんな自分もちだがね、基本的にも応用的にも。ここが解放区であるかぎりはサ」
そういう理屈はわかりますけどネ、とヒーナックは言った。
「ほんと、かーいー女の子たちなんですよ」
「で?」
「今の学校のかーいー女の子たちは、何というか潜在的にボクのものというか、あまり危険な目にあってほしくないですネ」
おいおい、とモカさんはあきれた。
「大きく出たな」
だって、とヒーナックは頰を膨らます。
「そいつがボクのRockですよ」
「Rockかよ? ま、わからなくはないがねえ・・・」
「えへへ」
しょうがねえな、とモカさんは軽く肩をすくめる。
「突っ走れるだけ突っ走ってみれば何か見えてくるものがあるかもしれない、ないかもしれない」
「どっちですか?」
「俺にはわかんないよ。ただ、今までヒトのやらなかったことをすれば違ったものが見えることもあるだろうな」
「ぱあ・・・」
「馬鹿のふりをするのはいただけないが、馬鹿を承知でぶっ飛ぶのなら、そいつはRockだって思う」




