031 だいたいのものは益になる時もあれば害になる時もある
ある意味に社会のカタチは残酷だ。
絶望を容赦なく敗者に突きつける。
敗者はそれを拒絶することはできない。
おそらくカタチに頼って生きる者が多いほど、人々に心身の安定の感覚を確かに与える反面として、カタチを否定することは否定されていく。
悪く言えば、その場にふみとどまって自分に都合のいいようにカタチを変えるかカタチに自分を合わせる努力や工夫を怠った。
おそろしく良く言えば、自分の意思どころか生命までも否定してこようとするカタチに意識的にか無意識的にしてもし精いっぱい抗った。
そんな人々が解放区に惹かれる。
4625企画のゲームの世界には解放区の設定はない。
解放区。
そこが天国か地獄か?
もともとの慣れたカタチは時として否定される。
新しい風にうまく乗れば少しでも上にあがることもできるやもしれない。
いや、ひょっとしたら今日を残ることも難しいぐらい追い詰められた者が明日まで生き残ることのできる機会を見つけられるやもしれない。
* *
ルー・セ・ナド―。
まるで人形のように愛らしくて小柄な少女が王立学園にいる。
もっと下の者から見れば、彼女は十分に恵まれているように思う者もいる。
ただ、王立学学園では家格が低い商人の家の出身である。
遊び相手ならばともかく結婚となれぱメリットがとぼしい。
宗教的一夫一妻制。
ハーレムがあれば、成りあがる機会に容易にめぐまれたやも。
このい時代の女として、幸福な人生を目指すためには彼女は重要なものが足りない・・・
流行?
人生で一番に輝ける時間ではないかと感じて流行に飛び乗る。
本来であれは得られるべきものがもっとある気がして、何が本来なのかわからず、階級社会のカタチの理不尽さをルーは呪った。
そんな少女は階級社会のカタチを時として否定する解放区の繁華街にまで学校は禁止しているにかかわらず不用意に足を運んだ。
「解放区はそんな危険な場所じゃないよ、ちゃんと気をつけて、歩くところを選んでいたら」
教室でルーは英雄気取りで語る。
相手はレイ・ハツテイク男爵令嬢。
ショートカットのボーイッシュな少女である。
4625企画のゲームの世界においてはヒロインが特定の攻略ルートにはいった時に敵役になる。
親は最下級に近いが爵位持ち。
社会でのし上がるつもりなら、今のうちから仲間を作っておきたいとルーは常々考えている。
レイは言う。
「危ない話は、よく聞くけど? ちょっと子どもが行くようなところではないって。護衛をかためていけば何とかなるかなあ」
平気ヨ、とルーは言う。
「まだお子様のヒーナックさまだって通っておられるのだから」
ヒーナックからすれば飛び火だ。
先にも述べたが、前世の二宮ヒナコだった頃の記憶をヒーナック・ゲッカーは持っている。
校内では飛び級入学してきて年下ポジションに甘んじているが、前世から数えれば、見た目よりもずっとオトナだ。
女生徒たちの話 が耳に入ってくる。
たまりかねてヒーナックは口をはさんだ。
「ボクの場合は、その、特別だよ。別に遊びに行っているわけでもない。トラブルはボク自身で何とかするっていう話が王立学園ともついているわけで」
「ふーん」
ルーは信じられないといったような表情。
ガラでもないがヒーナックは少し心配になって説教をいれた。
「解放区は何が起きてもおかしくないっていうような場所ですし、ボクもトラブルおことわりで、よくよくまわりに気を使って動いていますよ。
必要な用事がなけれぱ、あまり行かなくてもいい場所です上からのしばりが少ないだけ危ないことも簡単に起きてしまいますからね」
「そうなんだ」
と、レイ。
ヒーナックは言った・
「ひどいイヤな話はボクの耳にもかなり入っていますよ。学校側が原則として生徒の出入りを禁止するのも仕方ないと思います」
ルーが言う。
「ヒーナックさまは【05の居場所】という居酒屋でギターを弾いているとか? ちょっと評判になっているみたいですが」
困ったな、とヒーナックは手を横にふる。
「義理ですよ、義理。ラジオ聞いていたら何か紹介されてしまったというか」
レイが言う。
「ヒーナックさまのギターをききたいですよ」
困ったナ、とヒーナックは溜め息をつく。
「ボクはサブでよ。メインのギターの音の足りない時に下から音を付け足す地味な役回り。
えーと、今回よそから引っ張ってきたボーカルのウヅキさんは、ちょっと聞いてみる価値があるかもしれないと思いますけど」
へー、とルーが言う。
「どんな人? かわいい?」
ヒーナックは簡単に説明した。
「かわいいというか、丁寧にこちらに合せてくれようとする職業人ですかネ。バッキングとしては彼女の魅力をひきだすべく色々うごきまわるのですが」
レイの感想。
「何だか楽しそう」
いやいや、とヒーナックは苦笑した。
「互いに、意地やプライドがありますからね、互いに遠慮はしつつも、こーしたらいいんじゃないか、あーしたらいいんじゃないか、とイメージのすりあわせ」
ルーは言う。
「ずいぶんヒーナックさまが【らしいこと】をお語りになる」
仕方ないですヨ、とヒーナックは肩をすくめた。
「エラい人が上から一方的に命令してもね、下の心がついてこなければ、目的をわかって同意してくれていなければ、現場の小さな失敗を誰も評価できず、それがどんどん大きく広がって手のほどこしようがなくなってしまいます。
えーと、ウチみたいに小さなところでは、そういうことにならないように日頃からちょとはメンバー同士の関係に気を使わざるをえないというか」
「そう・・・」
「よそから違うひとをどんどん呼んできて気に入らなければ【クビだ】をやり続けるというのも一つの方法? そういうやり方で集まってくる人材って何か限られているようにも」
「何が欠けている?」
少し話に興味をもったか、そんなことをレイはたずねてきた。
さあ、とヒーナックは少し考えた。
「一応、全体方針にそった人を集めたという建前なんだけど状況によって細かく方針を変えることも考えたい。全体の会動を考えて情報をあげるいう意識がないのは上にきついですね。言われなくても上の者が察しなければならないですから」
その厄介さを想像したらしい。
レイは声をあげる。
「うわあ」
ヒーナックは言った。
「言わなくてもわかるのが理想って、大きな諜報組織を用意しろとかいう話になりそうですね」
男爵令嬢であるレイは言った。
「個人の能力に期待しないで確実に命令が遂行されるようにしむける。それが【理想】って言われているのでは?」
ヒーナックの答え。
「あんまり欲張ってはいけないですけど、なるべく全体の方針の目的について下からの同意が欲しいですヨ。こっちだって状況にあわせて動きを敏感に動きを変えなければいけないようなことがあるから」
ふーん、とルーが言う。
「解放区の話から、ずいぶん真面目な方向に話が広がりましたね 」
それはね、とヒーナックは首をすくめた。
「ボクは基本的に真面目ですから」




