027 編入試験に向けて悪役令嬢は格闘訓練をする
左ジャブ。
左カフキック。
右ストレート。
大昔に赤い蝶と呼ばれたキック・ボクサーが得意としていた技術だ。
前の手の左ジャブを警戒させねばならない。
相手が一瞬でも目を話せばサウスポーにチェンジして左のストレートを強打できる。
前の左手で相手がこちらの左手をシチェックしハじめくれたらゲーム開始。
体重が前に出てきたところ、相手の左のふくらはぎをカフキック。
蹴り込むのではない。
払うのではない。
すりあげて痛みを与えないように力積をかせぐ。
気づかれないように相手のバランスを崩す。
特殊なカフキック。
蹴った左足は自分の左斜め前 に下ろし、位置を決めて渾身の右ストレートを放り込む。
かつて赤い蝶が愛用していたコンビネーション。
泣いても笑っても相当の練習が必要になる。
失敗したかのように見える左カフキック。
左足をおろす先も前もって決めておいて、左足をおろした瞬間に、相手の正面に入って万全の姿勢で次の右ストレートにつなげる。
そのために卸した左足先が外に開かないよう心掛けることが少し難しい。
特殊な左カフキックでバランスを崩さ れた相手は無意識に手のガードが広がる。
もちろんフットワークも止まる。
そこに入り込んで右ストレートをねじこむ。
殴る側からかれば、まるで祈りを込めたかのような一撃である。
何が起きたかもわからない相手をドカンと吹き飛ばす。
キレてメタメタに殴ったり蹴ったりすると言われるのは寂しい。
一応は最終的な後始末も含めたプランがあって唄う。
好きこそものの上手なれ。
そうだ。
殴るのは好きだ。
左ジャブ・左カフキック・右スハイキックというありがちコンビネーションでガードを外に広げる。
中に飛び込んで右拳を叩き込む。
全てが一つの理に包まれていくるのではないかというような感覚。
正しさの証明。
きっと世界には言葉にはしがたい何かがある。
カタチだ。
もちろん、自分の知るカタチに従うようなことが絶対正しいという保証はどこにもない。
信疑不二。
必死にむきになって正しさcollectnessを証明し続けようという過程の中に、多数が共感してくれる真実をはあるのではないか?
* *
カオリ・ゲッカーは王立学園の編入試験に向けて、マーサの孤児院の時代からの手下であるゼニハー・アルデーと訓練をしていた。
普通に考えれば、カオリは最高級貴族の公爵令嬢ということで、礼法の出来具合たいなものをアピールする。
しかし、カオリ・ゲッカー もちろんは弟のヒーナック・ゲッカーの陰謀によって長く北のマーサの孤児院に飛ばされていた。
もとのゲームの世界と違って、カオリは礼儀作法にあまり自信はない。
とりあえずは王立学園に編入するため、冒険者コース志望ということにして、格闘技術を見てもらえばいいのではないかという話になった。
武闘派のそろうマーサの孤児院で、カオリは簡単になじんで顔役になった。
腕におぼえあり。
とにかく元のゲームの流れに乗るためにはに王立学園に入らなけれならない。
腕っぷしを見せれはいいと言うのならば、何とかしよう。
子分だったゼニハーも王立学園に編入している。
屋敷にゼニハーを呼んでスパーリング。
左ジャブ・左カフキック・右ストレート・
気づかれず相手のバランスを崩して動きを止めて突然に相手の内側に飛び込む。
合気術の正面入り身か?
猫の妙術で言う拍子の剣か?
自分だけ動くことのできる魔法の一瞬の時間。
軽いマス・スパーリング。
止まっている相手を軽くこづいて、カオリは注意する。
「ほら、また、ガードが空いたよ」
ゼニハーは謝る。
「すみません」
カオリは言う。
「そら、ガードを開けさせているのはこちらなんだけどね。
気づかないうちに足が広がれば転ばないように上半身でパランスを自然にとりにいってしまう。そこに、こちらは入り込む」
「はあ」
「手品のタネを明かせば、そんなものになるけどサ。
バランスを崩されたら、相手の側には中に切り込むという選択が生まれるということは頭のどこかに入れておいた方がいいって思うよ」
「なるほど」
「世の中は本当にわからないことばかりだけど、少しでもわかるようになると楽しいね」
カオリ・ゲッカーは真面目に人を殴る性格だった。
┅┅こういうことを考えていたでしょ?
その正解を出すのが好きだった。
マーサの孤児院の教育を受けたという看板を背負っている以上、腕ずくでも合格するという王立学園の編入試験に落ちるわけにはいかない。
「編入試験って、要するに、こちらの腕前を見せてやればいいっていうことでしょ? どいつが出てみようがきっちりカタにはめてやる」




