023 自分が弟の目線から鬼姉に見えていたと知る
カオリはゲッカー家の馬車で、北のア・バシリ―から南の王都のゲッカー公爵の屋敷に向かった。
道中でフォウと三毛とエルサスが合流した。
フォウは魔族であり、ミケは三毛猫である。
しかし、エルサスは正真正銘絵の立派なお犬様である。
「ワンワンワン」
9612企画の設定する世の中においては、お犬様のお気持ちが最優先される。
犬が勝つ。
どこまでも犬が勝つ。
なぜならば、理想動物である犬は素晴らしいのだから。
くだらない人の国の法が国境線を定めていても、【魔族禁止】野立て看板があっても、フォウの隣にはおちょこ・わんた・魔犬エルサスというリアルの犬の方がいらっしゃる。
細かいことはどうでもいい。
犬だ。
犬だ。
お犬様のご光臨。
さっそく犬祭りだ。
何と言っても、むくむくのお犬様がオーケイを出しておられる時に 細かいことをグチゃグチャ言うのはおかしい。
法の解釈権の順位こそ法の本質であるとケルゼンは指摘した(法段階説)。゜
細かいことで文句を言おうとした感じの悪い者たちは、自分の解釈権がお犬さまのソレを上回ると勘違いしているのではないかと思われ、壁の前に立たされたり縄で吊るされたりして処断された。
* *
そんなこんなで、フォウ・デ・タマカはカオリの馬車に乗り込んできたのだ。
「いや、昨日はラジオの収録があって、ア・バシリ―まで行けなかったけれどね、何とか、合流できてよかったですよ。
本物のお犬さまであらせられるおちょこ・わんた・魔犬エルサス様が、ご同行なされば、ゲッカー公爵も土下座して、カオリちゃんが邪悪な犬ギライではないと認めるでしょう」
本来の乙女ゲーム【ムゲンキョー】のルートにカオリが戻るためには、まず、ゲッカー公爵家の令嬢にならなければならない、
王立学園に入学する前からコーキ王子から婚約破棄されて、ア・バシリ―に追放されたのであるから、元のルートに戻るための道は険しかったキ
やれやれだぜ、とカオリは溜め息をつく。
「もともとの乙女ゲームの世界のカオリは、あのコーキ王子に婚約を破棄されて追放されるまで好き勝手やって、さんざんいい思いができたわけでしょ?
あたしなんて、この世界に来たら、王子と婚約する前に、わけのわからない間にいきなり頭を蹴飛ばされて、ア・バシリーに追放されたのよ。不公平だわ!」
うーん、と難しい顔をして フォウはうなった。
「カオリちゃんはいきなりこの世界に転生してきたわけじゃないのよ」
「ほえ?」
「前世の記憶がよみがえったときの衝撃で、カオリちゃん、それまでの現姓の記憶を忘れちゃったようだけど、しっかり弟さんから恨みを買っていました」
「弟からの恨み?」
まだ記憶のよみがえっていないカオリにはピンと来ない話だった。
しょうがないですね、とフォウは言った。
無駄に厳かに。
「この物語の最大の謎を明らかにするときが来たようです」
「はあ・・・」
謙虚で純粋無垢と執筆補助AIからお墨付きを得ているヒロインのカオリは、フォウの説明を聞いてみることにした、
「なぜ、魔族よんてんご天王のフォウ・デ・タマカが、カオリちゃんのところにピンポイントでやってきたかわかりますか?」
「ミケさん関係?」
前世でカオリのおばあちゃぉうんが飼っていた猫のミケが、現世においては、魔族よんてんご天王のフォウ・デ・タマカと手を組んでいる。
「にゃにゃにゃーうにゃにゃにゃおおん。ごろろろにゃーぐるるるにゃーにゃーにゃーにゃんぐるるるにゃおにゃお」
ミケの言葉をフォウは通訳する。
「そういうこともあるのだけれども、カオリちやんがア・バシリ―の孤児院に送られたことを知ったのは別の理由が重要です」
「はあ・・・」
カオリがゲッカー侯爵家に戻るにあたって、現世の人間関係を得さえておいた方がいい。
フォウは言う・
「カオリ、あなたには現世においてヒーナックという弟がいます。実際には従兄で養子としてゲッカーに入ってきたわけですけど」
その言葉はカオリの脳みそをガリガリとひっかいた。
確か、ヒーナックは乙女ゲームにも出てきた。
「えーと、あたしの記憶では、こちらで意識が戻ってきたときには、何か、ちょっとしか話さなかったような」
フォウは指摘する。
「弟のヒナくん、あなたが前世の記憶を取り戻して混乱している時に、この世の中が【犬=正義】の法則ら支配していることまるで教えず、あなたが『犬よりも猫が好き』と言ったのにろくに注意せず、あなたをコーキ王子の前に押し出した」
あの運命の日のことをカオリは思い出した。
「あ・・・」
ヒーナックはカオリに向かって【正直は最大の美徳】というアドバイスをしただけだ。
カオリがろくでもない結果に向かうように心理誘導。
それでいて、「そんな結果になるとは思わなかった」と自分は言い逃れて無責任な安全ポジションに残れるように、言葉を選んでいる。
ワザマエ。
フォウは言う。
「カオリちゃん、現世の記憶を失う前の現世のあなたは、弟になったヒーナックのことも、とてもイジメていまし」
「え? え? え?」
「どーして、あたしがそんなことを知っているかを申しますと、ヒーナックから、あたしは直接にメッセージをもらっているのです」
意外な話の展開にカオリは呆然とする他ない。
事実の真相をフォウは語りはじめた。
「あたしは魔界ラジオ深夜放送のパーソナリティとかもやっておりまして、ヒーナックは熱心なリスナーさんの一人です。ラジオネームは【男の子にTS転生しちゃったニノミヤくん】って言います。現世のカオリちゃんが「こいつは駄目」とゲッカー公爵家からア・バシリ―に叩き出される前に、ゲッカー公爵家で、カオリちゃんはニノミヤくんには置くとって、どれぐらいひどい鬼姉だったのか、ニノミヤくん、こっちにさんざんネタを送ってくれたのです。
カオリちゃんは、ニノミヤくんが『殺したい』とか思うような余裕がなく、『早く死んでくれないかな?』流れ星にお願いたくなるようなお姉ちゃんでした。わかる? 殺したくても殺せそうもない。何か不思議な力でもいいから消えて居なくなってほしい。カオリちゃんが家から追い出せるんもしれないというチャンスをニノミヤくんは逃がしませんでした」
この世界に転生した自分が前世の記憶を取り戻すまで何をしたのか、まだ、カオリはよく思い出せなかった。
「え? あたし ヒーナックにひどいことをした記憶はございません」
はあ、とフォウは溜め息をつく。
「やらかしたカオリちゃんは何も覚えていなくても、やられたニノミヤくんは〖恨み骨髄なり〗です」
「大げさな・・・」
「弟としてゲッカー家に来たニノミヤくんのことをカオリちゃんは殴ったり蹴ったりしました」
「姉として普通かな?」
「そう?」
「人生の先輩として礼儀を教える?」
「それに、カオリちゃん、ニノミヤくんのおやつを取ったり、読んでいる本に落書きしたり」
「記憶にございませんが、子どもならばやりそう」
「でも、【姉リセット】とか言って、弟のゲーム機をリセットして、取り上げて自分でやりはじめるというのは、それ、鬼姉ですよ」
「よくわからないけど、親がゲーム機を姉弟の二台買ってくれていなかったということはわかった。一台しかないから取り合いになったというわけね?」
「親のせいにしますか・・・?」
自己責任論を無条件に肯定しない。
かと言って無条件に否定するほどお莫迦さんでもない。
カオリは指摘した。
「公爵家の子どもがゲーム機の取り合いって、それ、親が悪くない?」
「それ言ったら、世の中のゲーム機は全部親が子どもに買い与えるものですか?」
「じゃあ、弱タン見つけてカツってこいっていうのゆうの? さすがに公爵家の子どものやることじゃないわ」
「一台のゲーム機で姉弟仲良く遊べばいいと思います」
正論。
ぐぬぬとカオリは黙るしかなかった。
フォウは続ける。
「それにですよ。カオリちゃんが、ニノミヤくんから取り上げて勝手に使うゲーム機は、ニノミヤくんが自分のお誕生日プレゼントとして親御さんに買ってもらったものです。本来はニノミヤくんのものでした」
「それ、結構ひどいかも」
現世で自分が鬼姉として弟から恨まれるだけのことを相当していたらしい、とカオリも少しずつ理解できてきた。




