022 別れにあたって宗教的な話を説教する
北の修道女マーサは【ルッキズム の破壊者】とも言うべき存在だった。
ヒトが肉食猛獣に進化したら、という『マン・アフター・マン』に出てきそうな外見である。
卑劣で低能な犬ギライどもを徹ひ底的に強烈に痛めつけるという職務のために、わざわざ肉体改造をした。
そのくせ、教会の儀式などに出る場合には、成形ではなく変身魔法で、見目麗しい美女にお手軽に外見を一時的に整える。
外見重視で「人は見た目が九割」という格言はある。
では、わかりやすい【かたち】が簡単に整えられてしまうというのならば、どのようになるか?
ルッキズムの否定。
うまくいけば、時間をかけて相手のことを知ろうという習慣が図人々の間に芽生える可能性はある。
下手をすれば自分の判断に自信が持てない者が増えて、一切に約束の通用しない社会になってしまう危険もある。
状況を考えねばならないとする点で、修道女マーサはまだ柔軟な近代的な発想を持っていた。
* *
「ほええ・・・ マーサさまが普通の人に見えます」
カオリを孤児院から送り出すとき、ゲッカー公爵家から迎えが来るということで、マーサは変身魔法で美女に変化していた。
気遣い
ふだんのマーサの姿は、初対面の人が見れば腰を抜かすようなモンスターのように見える。
「カオリお嬢様、あなたがゲッカー公爵家の姫君に戻ったら、これからは見た目や礼儀作法も気なしなければなりませんよ?」
なるほど、とカオリは思う。
「本日のマーサさまって・・・ とってもお綺麗でいらっしゃいますね」
マーサは苦笑した。
「あら? お上手ですね。おだてたって何にも出ませんよ」
それはわかっています、とカオリはペコリと頭をさげた。
「何か出したければ、犬ギライの悪党を見つけて退治するですよね?」
「まあ!」
マーサはカオリに向き直り、あらためてジッと見つめた。
「え? それがこの孤児院のやり方でしょう?」
「カオリお嬢様は・・・ とても賢い方です。確かに、この世の中は犬ギライを痛めつければ、天から武器でもアイテムでも即座に何でもすぐに降ってきます」
「あ、はい。あたしもこの世界のルールは学びました」
美女の姿のマーサはニッコリ笑った。
「忘れてはいけませんよ。『最後に犬は勝つ』ではありません。最初から、『犬は最初からどこまでも勝ちまくり』なのです」
「はい!」
マーサはカオリの手を取り、額に当てる。
「理想動物であるお犬さまのことを大切に思っている者は即座に報われる。本当に素晴らしいシステムです。
細かいことは、よくわからなくてもいい。それよりも、犬の素晴らしさを心から感じることが大切なのです」
マーサは手を離してニッコリ笑った。
「さて、そろそろお迎えが来ます。カオリお嬢様。
あなたは、この孤児院においても素晴らしい子どもでした。
最後に。
どんなことがあっても、自分は自分であることを心がけてください。
自分で自分がわからないと言う身のは、他の者だって、その者のことを何もわからないでしょう?
十秒ごとごとにまるで別人になきるようなボウフラなヤカラは お犬様がお認めになりませんよ。
すぐ自分が自分でなくなるようなのは、負けもしないが勝ちもしない。
それでは生きていないのと変わりません>
けれど、しっかりと自分が自分でありさえいれば、多くの過去の記憶があなたの味方ですよ。
そういうふうに生きようとする者は過去に沢山いました。
未来にもきっといるでしょう。
そういう魂は一つにつながっています。
たとえ肉体は死んでも心が生き残るということはあります。
ですから、うまく言えませんが、自分は自分であるということをしっかり心がけてください」
宗教的な【不死】につながる話をマーサは最後に語った。




