020 古人は「月満つれば則ち欠く」と言った
出会った時から わかりあえてしまうのは
きっとどこかで 通じ敢えているからだろう
生まれ替わって また巡り合えた二人
ここへおいで きっと愛し合えるよ
(今歌サラ 『ここへおいて』(c)萬坊亭)
* *
ご機嫌のヒーナック・ゲッカー。
ラジオの深夜放送における彼のラジオネームは【男の子にTS転生しちゃったニノミヤくん】ある。
昨夜に自分のおたよりが採用されてリクエト曲が流れたことは、リスナーとしてうれしい。
「サラちゃんの落ち着いた低音いいじゃん? ハスキーな声でクセのある歌い方。テンプレでかーいーもいいけど、みんな似たようなのって別に他のひとに歌わせても変わらないだろうって思ってしまう。フックのある個性があっても全体的に曲のバランスが壊れないのは、根っこの部分で技術的にすごく安定しているからかな? それで、とにかく、サラちゃん、見た目もボクの好みでいい感じなんだよねー」
前世では、女子高で如何なるグループとも敵対しなかった世渡り上手。
この世界においては、もともとの乙女ゲーム【ムゲンキョー】のとおり、養子という形でゲッカー公爵家に入った。
生まれん割る前は高校生で完璧委員長と呼ばれる成績優秀だったヒーナックは、この世界では飛び級で王立学園に入学した。
王立学園に入学してからヒーナックははっちゃけた。
┅┅こうなったらボクの考えた理想のショタキャラをセルフ・プロデュースしちゃるわい♪。
前世で必要上に磨きぬいた交際術の技量を存分に発揮した。
ゲッカー公爵家の跡取り。
容姿はそういう趣味のデザイナーが魂をこめて制作したのではないかという一級品。
ヒーナックの使える武器はそろっていた。
この物語の第一部のラスボスであるヒーナックは、北のア・バシリ―の地に追放された鬼姉、この物語のヒロインのカオリのことは、特に気にせず、ぬくぬく学園生活を楽しんでいた。
* *
古人は「月満つれば則ち欠く」と言った。
満月の後は必ず月が欠けていく。
物事は頂点に達すればその後は自然と衰えていくというのが自然の法則かもしれない。
何かが盛り上がっていても、それはいつかは終わる。
人生の大切な教訓。
幸福の絶頂にあったヒーナックにもゆっくり不幸の影が忍び寄っていた。
「ア・バシリーの冬は寒かった・・・」
そういうセリフを口にしながら、ゼニハー・アルディという女の子が王立学園に転入してきた。
騎士アルディ郷の孫娘。
ゼニハーが本来にいたマーサの孤児院は、悪名高いア・バシリ―の孤児院の中でも、特にガラのあまりよろしくない場所として評判だった。
┅┅他人より早く犬ギライの悪党を見つけて厳しくしつこん制裁すると天から褒賞が即座に大量にリアルにもらえる。
マーサの孤児院の教育方針は、9612企画の設定の特徴を良く押さえていた。
それゆえ、マーサの孤児院において敗北死もせず粛清もされず生き残ることができた子どもたちは、おおむね、極道者というか僧兵というか、愉快な印象の根性者がそろうことになった。
ゼニハーはマーサの孤児院から【尖兵】イメージで王立学園に転入してきたのである。
容姿は普通というか、ゼニハーなりに頑張ったらしく、ちょっと可愛い?
初日から事件を起こした。
この物語の本筋にあまり関係ないので、アクション場面を省略。
ア・バシリ―からの転入生にからもうとした生徒を、ゼニハーはボコボコにしばきまわしのである。
相手は卑劣な犬ギライであったので、殴られた生徒は口から次々にゴールドを吐き出した。
まるでRPGのモンスター退治。
王立学園でも犬ギライの居場所はできるだけ縮減する方向で動いていたので、犬ギライの生徒は一発で退学になった。
教室でゼニハーは上品ぶって語る。
「昨日にこの学校を退学になった生徒の話ですけどね、別にあたし程度がボコったから、あのガキ、口からゲロゲロ金貨を吐き出したのと違うと思いますよ?
あたしの犬好きなんて、まだまだですよ。あたしなんて全然たいしたことおまへんで。いや、大したことないですよ。
ア・バシリーであたしがいた孤児院ならば、『犬ギライのお友達を見つけたら先生に言え』とかグチャキグチャ言われて、獲物のガキの身柄を先生にソッコー持っていかれていました。
荒っぽいゆうか、正味のところ、こすっからくて、かなわんかったですよ。
思うんやけど、あたしがが軽くはたいたクソガキ、銭コの恩賞が天からすぐにもらえるなんて、あのクソガキ、相当にイカレた犬ギライやつたのとちゃいますの?
それはね、『犬好きのプロの修道女さまが殴った方が天から多く褒賞がもらえて、孤児院の経営が楽になる』とか話されたら、うちらかてキャンともよう鳴けまへんわ。
孤児院は身寄りのない子を無料で食わせてもろてるんやから、お世話になっている弱い立場の身として、そら、気を使いますよ」
ア・バシリ―からの転入生は、気遣いの大切さを強調した。
王立学園の生徒たちは、あまりピンとこなかった。
常識の違い。
お互いに同胞愛をもって相手の気持ちをわかろうとする姿勢が、余計な争いを避けるために大切になることも多い。
とはいえ、そういう考え方は「相手の気持ちをわかろうとする姿勢を持たない者は人間の権利personaーrightを持たない」という危険はなジャコバニズムに至りやすい。
PKディックの『まだ人間じゃない』の世界?
相手の気持ちをわかろうとする姿勢が強調される時代(文明国・未開国・野蛮国の区別のされるような時期)のことを、無条件の悪としないが、逆に、無条件の善ともするべきでもあるまい。
状況を語らない主張は多くの場合においてナンセンス。
ブレラセンテーション技法で言えば、DESC(背景説明・問題抽出・解決方法・他説と比較しての結論)ぐらい、孤児院で、ゼニハーは教えてもらっていた。
王立学園でて転入生の立場であるゼニハーはみんなとコミュニケーションを取ろうとがんばった。
「北の孤児院つて、そんな、皆さんの思っているような、ムチャクチャなところではないですよ。南の冒険者ギルドの付属学校とどっこいどっこいゆうか。
院に送られる前には、あたし、冒険者ギルドの付属学校に通っていたのですよ。
ほんま、修道院の孤児院は、金もこちらか一切とらへんで食わせてもらえるし、住めば都ですわ。
あたろしも院に入って、すぐに、カオリ・ゲッカーゆう姐さんの下に入って、けっこう楽しくやっていましたよ?
あかん、あの人はカオリお姉さまもしくはカオリお嬢様と呼ばなければうるさい。
この学校にきて、あたしも気が抜けてしまいましたワ。
え、どんな人かって?
カオリお姉さまは、あたしらの代の頭ゆうか・・・
あの人には一生頭が上がりませんよ。
色々あってね。
ほんま、あの人わ・・・(溜め息)
もめたら洒落ぬきで無茶しよるヤバイ人やと思います。
ただでさえ強いのに、カオリお姉さま、魔族のひとから闇魔法を教わって【人を呪わば穴二つボム】とか【ゆりかごから墓場まで直行固め】とかいう闇魔法を使います。
冒険者になったら今でもAランクぐらい行きよるんちゃいますか?
カオリお姉さまが院におるときに殴り込んできたっちゅう、ほんまに脳みそのスカったアホな人たちとか、おりましてな・・・」
* *
転入生であるゼニハーからの情報のおげで、カオリ・ゲッカーがア・バシリ―の地で乙女ゲームのキャラというよりも格闘ゲームの強キャラのように変貌しているということが王立学園にも伝わった。
そんな鬼姉は不要。
話を聞けば聞くほどカタギが関わってはいけない厄ネタの人材。
(ワンチャンスでお姉さまを北の地に封印して正解だった・・・)
普通のラスボスキャラらしく、ヒーナックは初期段階でわりと油断していた。
まさか、ア・バシリーに追いやったはずの鬼姉のカオリが王都に帰還してくるようなことはあるまいと思いこんでいた。




