015 完全なとばっちりとまでは断言できない
北のア・バシリーの都市の修道院は、多くの人々から尊敬されるより、むしろ恐れられていた。
領地の境界を超える捜査機関。
捕まえたら犬ギライが改心するまで制裁する。
この世界では、ふざけた犬ギライは世界が納得するまで制裁しないと繰り返してしつこくよみがえる。
┅┅修道院は百万回ぶち殺す。
という話もあながち嘘ではない。
まるでホーム思想を学んだ良妻賢母が不潔な害虫を退治するように、修道士も修道女も犬ギライの処分のために自らの手を汚すことをためらわなかった。
この世界は犬ギライの者たちにとって地獄でなければならなかった。
* *
本作ヒロインのカオリ・デッカーと一緒に孤児院にいた女の子のゼニハー・アルディの父親は冒険者だった。
┅┅北の修道院・南の冒険者ギルド。
という言葉がある。
人生で合法的に一発転を狙う者たちは【北の修道院・南の冒険者ギルド】に進んで身を投じた。
冒険野郎の娘のゼニハーも大概の性格であり、修道女マーサの運営する孤児院の僧兵養成所とも言うべき荒っぽい武闘派教育にも適応できた。
なぜ、ゼニハーが本作のヒロインのカオリに媚びを売るのか?
勘当されるまで、カオリは上級貴族の娘だった。
その手の肩書に弱いのは、ゼニハーが冒険者の娘だったからであろう。
しかし、何と言っても、カオリ・デッカーは強かった・・・
前世では「平和教育を受けた」と言うが、「ところ変われば品変わる」と考えるぐらいには謙虚であった。
┅┅修道院は百万回ぶち殺す。
そういうア・バシリーの修道院の孤児院の教育に「なるほど」と手を打って了解するぐらいカオリは純粋無垢だったのだ。
いったい何が純粋無垢なのか?
カオリの前世においては、「AIの共産主義が理想の政治だ」と声高に主張する方々がいた。
そういう方々ならば。「AIが定義した」と言っておけば、カオリみたいなのが純粋無垢なのだと言っても信じてくれるだろう
* *
その日には孤児院で殴り込み事件があった。
そういうことに別にゼニハーは驚かなかった。
驚いたのは、殴り込みに対してカオリが堂々と闇魔法を使って暴れたことだ。
前世からの縁があって、カオリが芸の幅ほ広げるべく、魔族から闇魔法を学んでいるという話は聞いていた。
カオリの闇魔法のレベルは、子どもの遊びのレベルではなく、冒険者ギルドならば【金貨で報酬が取れるレベル】に判定されたであろう。
「人を呪わば穴二つボム!!
カオリがそう叫ぶと、相手の足元の持論に穴があいて、巨大な黒い手が闇の中に一瞬で相手を引きずり込む。
しばらくすると、穴が空き、黒い手が相手を地面に投げ落とす。
それにジャンプ一番でカオリは飛びついて、逆立ちした相手の背中を後ろから抱き抱えるかたちにして、地面に強烈に叩きつける。
・・・これが闇魔法なのか?
殴り込みに来た連中を、カオリは観客の目を意識したように派手なファイトで叩きのめした。
* *
騒ぎが終わった後にゼニハーは孤児院の先輩のカオリと話した。
問う。
「どうして、この孤児院には殴り込みがくるのでしょうか、カオリお姉さま?」
カオリは答える。
「この孤児院が他人から怨まれる理由は、山ほどあるからね」
「例えば?」
そうゼニハーはたずねた。
゜ち。
カオリは小さく舌打ちした。
「こひの世界の修道院ってね、他人さまの家にいきなり押しかけていって、『悪い犬ギライはいねえか?』をやるわけよ。犬ギライを見つけたら、もちろん制裁さ」
「犬ギライの制裁に対しては、天は喜んで恩賞を与えてくださるわけですから、間違えることはないのでは?」
まだ幼いゼニハーの認識によれば、犬好きが犬ギライを小突き回せば、天からプレゼントがざくざくもらえるルール。
マチガイなどありえるはずもないというゼニハーの考えをカオリは一蹴した。
「甘いよ」
「え?」
この頃にはゼニハーも話に聞いていたが、カオリには前世の人生経験があり、魔族のフォウから闇魔法を習って色々な世知辛い話を聞いている。
カオリは説明する。
「そういうカ世の中ならば、修道院のお仕事をかたって悪いことをやるような方法は、あたしだって、いくらでも思いつくわ」
カオリは見た目はゼニハーと同じ年齢ぐらいであっても、精神照にはゼニハーよりもずっとオトナであった。
頼りになる女の先輩。
ゼニハーはカオリお姉さまと呼んでいるが、気が抜けて油断するとアネゴと言ってしまいたくなる。
そういう存在。
「はあ・・・」
カオリは語る。
「修道院の名前を使って悪いことをするチンピラがうじゃうしゃいる世の中、それは修道院全体をキライになるようなのが出てきたとしても、あたしは別に驚きやしない」
「修道院はとばっちりを受けているというわけですか?」
「さあ・・・
完全なとばっちりとまでは断言できない。
どうせホンモノの修道院の関係者の中にも、修道院の名を使ってオイシイこと、いや、ワルイことをニコニコ日やりまくっているようなのは、う絶対にいるヨ」
「それはわかります」
ゼニハー頷いた。
この世界の修道院がどこかに暗い闇の部分を抱え込んでいることは子どもながらに感じていた。
一定以上に大きな組織を動かしたければ多量の人を迅速に集めなければならない。
おかしなのは当然に混じってくる。




