第五話 母親
母の咲眞は“ブイチューバー”とか言う仕事をしていた。彼女は俺を妊娠してから活動を休止していたが、俺が保育園に入れられるようになってから仕事をまた始めたようだ。母は“防音室”という狭い部屋の中で画面を見ながら歌ったりゲームしていたり、喋っていたりする。たまに机を強く叩いて怒っているので傍から見ていて面白い。
ブイチューバーという仕事は自分の顔を動く美少女の絵にして可愛い声で男たちを騙してお金を稼ぐ仕事だそうです。動く絵なんて迷宮系のダンジョンの絵画くらいでしか見たことがなかったし、この世界でも最近出てきたものらしい。今この世界で彼女を好んでいる人は100万人を超えているらしく、母の復活に皆が歓喜して何十万人も集まったらしい。逆に言えば、彼女が人妻であり子が2人いることをその100万人に知られたら、みんなを騙したとして“インターネット”というやつに母は体中を焼き尽くされてしまうらしい。恐ろしいことだ。それを蓮兄から聞いて、絶対に母の秘密を守ろうと決意した。
そういう感じの母親だが、根は真面目で家事をテキパキこなしていた。父の孝一は研究者でめちゃくちゃ早くに家を出て、遅くに帰ってくることが多い、だから母は1人で息子2人の面倒を見ながら家事をしなければならなかった。2人とも稼いでるのだからベビーシッターや家政婦でも呼べばいいと思っていた。そこで思い出した、母は他人にバレちゃいけない仕事をしていたのだ。もし家政婦を呼んで母の正体をばらされてしまえば、“インターネット”っていうやつに情報がリークされて焼き尽くされてしまうのだ。
母のことが好きな人が100万人もいるってなると何とも言えない気持ちになる。母が人妻系の風俗嬢だとかよりはマシだと思うけど、正直きつい。母はまだ30歳は超えてはいないし爆乳だし美人ではあるが、このまま年を取っても、美少女に変身して男を騙して金を取っていたら、気が滅入ってしまうだろう。新しくできた友達がこの人が“推し”なんだよねって言って見せてきて自分の母だったらすごく自分の中では気まずくなると思う。
そういえば、この間俺は保育園から幼稚園へと転園した。友達と離れ離れになるのは少し辛いけど母は小学校でまた会えるよと言ってくれた。転園した幼稚園の一個上にはさくらちゃんがいる。幼稚園は年少と年中と年長の階級があってさくらちゃんは年中である。身分のカースト制度は前世の世界では普通のことだった。入園式を終えて早速新しい友達ができた。公園でよく遊んでいた子が多かったからである。幼稚園では小学校に入る前の準備として勉強をするみたいだが俺にとっては朝飯前のものであった。
一方で蓮兄は小学四年生になり学校の勉強だけでなく受験勉強をするために塾に通い出した。“中学受験”というものをするらしい。彼は一見馬鹿そうに見えるが父親の遺伝もあって頭がいいのだ。俺は長男じゃなくて良かったなあとつくづく思う。
幼稚園から帰って来た。父は今日帰るのが早くて、蓮兄は塾がない日だった。四人そろってご飯はうちの家族ではもう珍しくなったのだ。幼稚園での出来事を喋ると三人とも喜んでくれていた。俺は母と風呂から上がった後、蓮兄の部屋に遊びに行った。彼は“タブレット”っていう黒い板で何かを見ていた。休憩時間なのだろう。
「何見てるの?」
「ユーチューブって言うんだけど、めちゃくちゃ面白いんだよ!湊も見てみるといいよ」
「わかった、見てみるよ」
俺は黒い板に映っているものを蓮兄と一緒に見ていた。まず最初に見たのは非課金っていう人を見た、企画が面白かった。そのあとにゲームの“実況動画”というものを見た。俺はまだゲームをしたことがないからよくわからなかった。蓮兄は中学受験で受かるためにゲームの制限時間をかけられているそうだ。母は夜通しでゲームしてたりするくせにと思ってしまう。そう思っていたら、“ゆーちゅーぶ”とやらは勝手に次の動画を流す仕組みだった。母の切り抜き動画が流れてきた。思っていたより過激な発言を繰り返していて、俺らが見ていいようなものではなかった。しかも“ちゃっとらん”には多くの赤い手紙のようなものが次々に増えている。
「赤いスーパーチャット、ありがとうございます♪ あ゛っン」
喘ぐな
俺らはタブレットを静かに閉じた。