2人の姿
リーサはゼロクロスへの街道を歩いていた。そこでふとあの布を大事に懐に入れていることに気付いた。
(これも捨てていかないと・・・)
道のそばには川が流れていた。リーサはその前に立った。その川面に悲しげな顔が映る。
「王様・・・」
リーサはそこにアデン王の顔を思い浮かべていた。それは優しくリーサに微笑みかけていた。
「もうお会いすることはございませんでしょう。あなたとの思い出はこの布とともに流します」
リーサは懐から布を取り出した。それはアデン王と初めて会った時、けがをした腕に巻いていただいたものだ。彼女はずっとそれを宝物としてもっていた。
「さようなら。王様・・・」
リーサはその布を胸に押し当てた後、そっと川面に置いた。するとそれは静かに流れ、やがて水の中に消えていった。
「・・・」
もう言葉は出なかった。かわりに目から涙があふれ、それがしずくとなって川に落ちていった。昨夜、あんなに泣いたはずなのに・・・。
しばらくしてリーサは立ち上がった。ここで止まってはいられないと。新しい一歩を踏み出すために・・・。また道を歩き始めた。
すると後方から馬の蹄音が聞こえてきた。「パカラッ! パカラッ! パカラッ!」と音を響かせてリーサに近づいてくる。彼女が道のわきによけるとその馬はその横を通り過ぎた。
「ヒヒーン!」
その馬はいななき、その先で止まった。
「どう、どう、どう」
馬をなだめながら降りてくる者がいた。それを見てリーサは驚きで固まってしまった。
「王様!」
それは紛れもなくアデン王だった。馬の手綱を木に括り付け、リーサに近づいてきた。
「リーサ! そなたを迎えに来た!」
「王様! いけません! 私のような者を・・・」
リーサは後ろを向いて走り去ろうとした。だがなぜか、うまく走れない。そのうちに駆け寄ってきたアデン王に腕をつかまれた。
「リーサ! もう走らずともよい。そなたに告げたくてここに来たのだ!」
その言葉にリーサは振り向いた。そこには優しく微笑むアデン王がいた。
「そなたの気持ちはわかっている。もう何も心配することはない。誰にも何も言わせぬ。そしてこの国も、そなたも私が必ず守る!」
「王様・・・」
「私はそなたを愛する者として求婚する。ずっとそばにいて欲しい。私とともに、そしてこの国に・・・」
リーサの目にまた涙があふれてきた。
「王様・・・」
「さあ、王都に戻るぞ。皆が待っている。皆が祝福してくれよう!」
アデン王はそっとリーサを抱きしめた。その2人の姿は川面に映ってキラキラと輝いていた。
ーーー10年後ーーー
トキソ国は完全に立ち直り、豊作が続いて国は豊かになった。王都だけではなく、村々から人々の喜ぶ声が聞こえ、国中が笑顔で満たされていた。
王宮では相変わらず、アデン王が忙しくしていた。
「あれとそれ! 早急にせよ!」
執務室でアデン王が様々な指図を役人にしている。そこにリーサ王妃が入ってきた。後ろには籠を下げたマモリ女官長がついてきている。
「これは王妃様!」
役人たちが頭を下げた。
「そのままでよい。ところで忙しくて昼食を取っていないのであろう。王様に付き合うと無理がたたるぞ。さあ、皆の分も用意した」
後ろにいたマモリ女官長が籠に入れたパンを役人に渡していった。リーサ王妃はその籠からアデン王にパンを手渡した。
「王様。ちゃんと食事はとっていただかないと」
「そうであったな。王妃には何度言われることか・・・」
その時、女官のマリが飛び込んで来た。彼女はリーサ王妃の昔の友達でその《《つて》》で女官となり、今はアデン王とリーサ王妃の娘であるアン王女の世話係を任せられていた。
「大変です。アン王女様が!」
「どうしたのです?」
「また王宮の庭を走り回っておられます! あまりにお速くて誰もお止めできません!」
「では・・・」
それを聞いてリーサ王妃は長いドレスの裾をつかんだ。それを見たマモリ女官長が声を上げた。
「王妃様! いけません!」
「アンをつかまえられるのは私だけです! では行ってきます!」
リーサ王妃は執務室を飛び出して行った。そしてすぐに外からリーサ王妃の声が響いてきた。
「アン! アン! どこなの?」
アデン王をはじめマモリ女官長や女官のマリ、そして役人たちが窓から顔を出して外を見た。そこには庭を走っているリーサ王妃の姿があった。
完




