わかっていない
その日、アデン王は執務を早々に切り上げて庭に出ていた。リーサが離れていったことにひどく落ち込み、朝から仕事が全く手につかなかったのだ。何か大きなものを失ってしまったような・・・。彼は美しく咲いたバラをただぼうっと眺めていた。
「王様」
後ろから声をかける者がいた。振り返るとそこにはサラサ王女が立っていた。
「どうなさったのですか? ぼんやりと花を眺めてらして」
「いや、少し気が抜けてしまったようだ・・・」
アデン王の言葉に力はなかった。
「もしかしてリーサのことですか?」
「王女も聞いたのか。リーサはゼロクロスに学問をしに行った。ずっと私のもとにいてくれると思っていたが違うようだ。リーサは学問が好きになったのだろう」
アデン王はまだバラをじっと見ている。サラサ王女はため息をついて言った。
「王様は何もわかっておられないのですね」
「えっ!」
アデン王はサラサ王女を見た。
「リーサが急になぜそんなことを言ったと思われるのですか?」
「いや、それは・・・」
「決して学問が好きなわけではありません。王宮から、いえ王様から離れるためです」
「それはなぜ?」
アデン王はまだわからなかった。
「リーサは責任を感じているのです。もし自分がいなかったらトキソ国を、そして王様をあのような危険にさらすことはなかった。それに私が王妃になったらラジア公国と友好関係を結べて平和になるだろうと考えたのです。だからリーサは自ら身を引いたのです」
「そんな馬鹿な・・・」
アデン王はそれしか言葉が出なかった。
「王様からすればそうでしょう。でもリーサは彼女なりに王様のことを真剣に考えたのです。王様。リーサはまだ近くにいるはずです。どうかリーサを・・・」
アデン王はサラサ王女がまだ話し終わらないうちにその場からすぐに走っていってしまった。それを見てサラサ王女はまたため息をついた。
「王女よ」
木の陰からハークレイ法師が現れて声をかけた。
「すまぬが立ち聞きさせてもらった。通りがかったものでな」
「いやですわ。法師様。盗み聞きされるなんて・・・」
サラサ王女は微笑んでいた。ハークレイ法師は言った。
「王女よ。あなたは心美しく優しい方じゃ」
するとサラサ王女はバラの花の方を向いた。その花を優しくなでている。
「私はそんな立派な人間ではありませんわ。私は今も王様のことをお慕いしております。幼い時からの思いをずっと・・・。あの娘がいなければお妃になれると頭をよぎったこともありました。でも・・・王様には愛する人と結ばれて幸せになってほしいのです」
サラサ王女はハークレイ法師に顔を向けた。
「そう思われませんか? 法師様」
その表情は少し寂しげだった。
「そうじゃな・・・」
ハークレイ法師はそれ以上、サラサ王女にかける言葉が見つからなかった。
◇
アデン王は単身、馬に乗って王宮の門を抜けて街道を駆けて行った。彼は一刻も早くリーサを連れ戻したかった。
(リーサよ。私がお前を苦しめてしまった。でももう心配はさせぬ。あの時、言ったではないか。ずっとそばにいよと。すぐに行くからな)
アデン王は心の中でリーサに訴えていた。馬は街道をひた走り、ゼロクロスへ向かうリーサの後を追って行った。




