誤解
中庭の花壇にはバラが一番美しく咲き誇っていた。その花を愛でながらアデン王はリーサを待っていた。この場所が求婚にふさわしいと・・・。
リーサはここまで急いで駆けてきた。そんなに遠くないのになぜか息が切れていた。彼女はアデン王の後ろ姿を認めて走るのをやめ、息を整えながら彼にゆっくり近づいた。
「王様!」
リーサが声をかけた。アデン王は振り返ってリーサを見て微笑んだ。
「リーサ。来てくれたか」
アデン王はリーサのそばに来た。
「そなたに告げたいことがあってここに呼び出した」
アデン王はリーサの目を見ながら言った。
「そなたは私のそばにいてずっと支えてくれた。私が窮地に陥った時、そなたは命を懸けて私を守り、そしてわが身を顧みず、私のために神に祈ってくれた。私はそなたの気持ちの応えたい」
アデン王は右手をリーサに差し伸ばした。
「そなたは私に言ってくれた。『愛している』と。それは私も同じだ。私もそなたを愛している。私の妃としてこれからも私のそばにいて欲しい」
リーサはその言葉に引き込まれそうになった。「はい」と答えそうなのを押さえて、顔を伏せた。
「王様。恐れながら王様は誤解をしていらっしゃいます」
「誤解?」
アデン王は困惑した顔をした。リーサはそのまま花壇のバラの方を見た。表情から本心を悟られないために、いや王様の顔をまともに見て言えなかったのだ。
「あの時は王様に無事にお逃げいただこうと思ったのです。そのためにあのようなことを申しました。ご無礼を覚悟で・・・」
「そ、そうなのか・・・」
「はい。もちろん私は王様をお慕いしております。それは王様に仕える者としてでございます。女官である私が王様に対して決してそのような恐れ多い感情を抱くはずはございません。あの願掛けも国をお守りくださいと祈ったまでのことでございます」
リーサはそう言いながら、心の中では本当の気持ちを言えない身の上を嘆いていた。
「そうか・・・誤解であったか・・・てっきりそなたも私と同じように・・・それはすまなかった」
アデン王は顔を伏せてため息をついていた。
「王様。お気になさらぬように。このことは誰にも申しませんから」
リーサは優しく言った。
「そうだな。それならこのことは忘れて今まで通り私に仕えてくれ」
アデン王は顔を上げてリーサを見た。だがリーサはそれにも応えられない。
(王様に別れを言わねばならない!)
と決意しているからだ。リーサは無理に笑顔を作りながら王様に申し上げた。
「そのことについてお願いしたいことがあります。私は王様のお仕事のお手伝いをさせているうちにもっと学識を広めたいという願望が出てきました。今はヘルゲ女官から教わっております。しかしさらに学びたいのです。もしお許しいただけるならすぐにでもお暇をいただいて、連邦の首都ゼロクロスの学校で学びたいと思っています」
「何と! ゼロクロスに!」
アデン王は驚いた。
「急なことで申し訳ありません。ぜひ私の願いをお聞き入れくださいますように」
「あ、ああ。そうだ・・・そうだな。そなたがそう望むなら・・・」
アデン王はまたため息をつくと中庭から去っていった。リーサはその後ろ姿を見送りながら心の中で語りかけていた。
(王様・・・。こんなことをお伝えして誠に申し訳ありません。でもこれが一番いいと私は思うのです。でも・・・私はずっとあなたを愛しています。これからもお健やかに。サラサ王女様とともにこの国を・・・)
リーサは涙をこらえ、中庭を後にした。そしてその足で離れまで来た。そこにはサラサ王女が滞在している。まだリーサにはすべきことがあった。
取り次いでもらってリーサは王女の部屋に入った。そこは以前のようによいかおりのする香が焚かれていた。
「よく来ましたね。リーサ」
サラサ王女は笑顔で迎えてくれた。
「王女様。お久しぶりでございます」
「そうね。あの時以来ね。あなたはがんばっているようね」
「えっ!」
「王様からお聞きしました。さあ、どうぞ」
サラサ王女はリーサに椅子をすすめ、自分も座った。
「あなたが王様の危機に身代わりになったり、王様のために願掛けを行ったりしたそうですね」
「はい・・・」
「王様に尽くしているのね。これからも支えないとね」
サラサ王女にそう言われた。だがリーサはそれができないことを伝えねばならない。
「王女様。実は私は王宮から離れることにいたしました」
「えっ! それはどういうこと?」
サラサ王女は驚いていた。
「私はもっと様々なことを学びたくなりました。そこでゼロクロスの学校で学びたいと思います」
「あまりにも突然ね。一体どうしたの?」
「いえ、前々から考えていたのです」
サラサ王女はリーサをじっと見て言った。
「それは本心なの? もしあなたがここを離れたら王様はどうするの?」
「王女様。僭越ではございますが、お願いがございます。ぜひとも王様をお支えください。皆がそれを望んでいます。王様もそれを望まれるはずです」
それを聞いてサラサ王女はため息をついた。リーサは聞いてみた。
「王女様。ご無礼を覚悟で率直にお聞きします。王様のことをどうお思いですか?」
それはあまりにも単刀直入すぎた。だがサラサ王女は真剣な顔をしてすぐに答えた。
「私は王様が好きです。今でもお慕いしています」
「それなら・・・」
言葉を続けようとするリーサをサラサ王女が制した。
「リーサ。よく聞きなさい。確かに私を王妃にしようと動いている者がいるわ。いっしょに来たロークがそう。もしかしたらハークレイ法師様も・・・。でもそんなことは問題ではないのよ。あなたは王様のことをどう思っているのですか? もしかしたらあなたはいらぬ心配をしているのではないの? 私にはわかるの。王様はそんなことを望まれていないわ」
だがリーサの決意は変わらなかった。彼女は立ち上がって頭を下げた。
「お願いでございます。どうかこの国の王妃になって王様をお支えください。それが我が国、いえ王様にとって最も良い道なのです。どうかよろしくお願いします!」
それだけ言ってすぐに部屋を出た。これ以上、サラサ王女の優しい言葉に触れると決心が鈍ってしまうような気がしたからだ。後に残ったサラサ王女は困惑した表情でため息をついていた。




