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人々の声

 ようやく会談が終わった。ローク大使は大事な役目を終え、ハークレイ法師と話しながら部屋を出て行った。アデン王はサラサ王女に尋ねた。


「すぐに帰られるのですか?」

「もしお許しいただけたら数日、ここに滞在させてください。ここの庭は美しい。また歩いてみたくなりました」

「それならまた離れを用意させましょう」

「ありがとうございます」


 その離れも完全に修復され、賓客が長期に滞在できるようになっていた。サラサ王女は恥ずかしそうにもう一つアデン王に頼んでみた。


「それにもう一つお願いがあります」

「それは何でしょうか?」

「私と一緒に庭を歩いていただけないでしょうか。少しの時間でいいのです。王様にまた案内していただきたいのです」

「ええ、そんなことでよければ・・・。喜んでご案内しましょう」


 アデン王は気さくに応じた。サラサ王女はうれしそうにしていた。


 ◇


 サラサ王女が来たことをリーサが知ったのはしばらくしてのことだった。王宮ではうわさが広まるのは早いが、学問所でヘルゲから教わっているリーサの耳には入ってこなかったのだ。

 元気になったリーサは元いた自室に戻ろうとしたが、周りの者に強く止められた。多分、王様から命令が出ているのかもしれない。だからまだ「王妃の間」を使っていた。

 あれからもそこにマモリはよく来てくれた。彼女は王様のお世話係を務めていたが、わからないことなどを聞きに来ていた。いや、仲のいいリーサとしゃべりたかっただけかもしれない。そこで話が出た。


「お姉さん。知ってる? ラジア公国から来た大使のこと」

「いいえ。知らないわ」

「ロークという方だったんだけど、なんとサラサ王女様が密かについて来られたのよ!」

「えっ! 王女様が!」

「びっくりするでしょう。まさか王女様がまたいらっしゃるとは思わなかったから」

「それで王女様は? 会談が終わって帰られたの?」

「それがしばらくご滞在されるって。なんでもここのお庭が気に入っていらっしゃるらしくて。それでね今は庭を散策されているの・・・」


 それを聞いてリーサは思った。


(私も王女様にごあいさつしに行かないと。前にいらっしゃった時にはいろいろあったけど、最後には優しい言葉をかけていただいたから・・・)


「私、行かなくちゃ!」


 リーサは立ち上がり、すぐに部屋から飛び出して行った。それを見てマモリはつぶやいた。


「相変わらずね。すぐに走っていくんだから。今は王様が案内されているのって言おうと思ったのに」


 マモリはやれやれという風に肩をすくめた。



 リーサは庭を走った。王宮の庭は広い。だがリーサの脚ではすぐに回れる。やがて花畑を散策しているサラサ王女を遠くに見かけた。きらびやかなドレスに着替えており、遠くから見てもその美しい姿は輝かんばかりだった。 

 リーサはすぐに駆け寄ろうとしたがその足を止めた。


(王様が一緒にいらっしゃる)


 2人きりで歩いているのを見てなぜか木の陰に隠れた。そしてそこから2人の様子をのぞいた。

 アデン王とサラサ王女は楽しく会話をしながら庭を巡っていた。アデン王が草花について説明し、サラサ王女がそれに耳を傾け、時には笑い合っていた。その姿は自然であり、まさにお似合いの2人といったところだった。

 リーサは声をかけるのをためらった。あんなところに割り込んで行けそうにもないような気がして・・・。すると女官や役人の会話が聞こえてきた。


「サラサ王女様がいらしているんだって」

「そうだ。友好関係を築くためらしい」

「それならいっそお妃になればいいのに」

「全くだ。そうなればもうラジア公国と戦の心配をせずに済むのに」


「以前いらっしゃったときに婚約していたらあんなことにならなかったのに」

「あの女官がいけないのよ。王様を誘惑したから」

「本当にそうよ。でもまたいらしたから今度こそ。王様が王女様に求婚されればいいのだけど」

「そうね。あの邪魔な女官がいなかったらそうでしょうけど」

「まだ『王妃の間』にしがみついているらしいわよ」


「手柄を立てたといってもお祈りをして倒れただけでしょ」

「ええ。それで王様の気を引こうとして。でも王女様には敵わないでしょ。あの美貌にあの気品。そしてお優しいときている」

「ええ、王様も王女様とご結婚された方が幸せだわ」


「王様と王女様が結ばれてくれたら万々歳なのにな」

「ああ、これは内密だが今回の会談はハークレイ法師様が持ち込んだものらしい。法師様もそれを望んでいるのだろう」

「ああ、そうなれば平和が保たれるもんな」


 リーサの耳に今まで聞こえてこなかったことが入ってきた。彼女は思わずしゃがみこんで耳をふさいだ。だがその声は頭の中を駆け巡っている。


(私が・・・私のせいで・・・)


 リーサは立ち上がって耳を押さえたままその場から走り去った。


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