会談
王宮ではアデン王をはじめ、多くの者が王宮の門でラジア公国からの大使の到着を待っていた。王都の寸前まで攻め寄せてきたラジア公国に好意を持つ者は少ない。だがこうして和平へ踏み出すことがトキソ国にとって未来があると皆が思っていた。
(果たして大使として誰がやってくるのか・・・)
その課された使命は重く難しい。両国にとって実りあるものにしなければならない。その大使はラジア公国の大臣なのか、プラクト大公の腹心のヨーク総長なのか、外交官のカイアミなのか、それとも第3国の有力者か・・・皆が門で待ち受ける中、大使の馬車が到着した。
「遠いところをようこそ」
ガンジが声をかけた。すると馬車の扉が開き、大使が降りてきた。
「これはすまんな」
それは宮廷服を着た高齢の男だった。脚が悪いらしくヒゲ面の従者に支えられている。後の馬車からは彼の補佐官らしい者が2名、降りてきた。
「ロークと申します。この度、大使として派遣されてきました」
その老人はそう名乗った、アデン王やレイダ公爵は首を傾げた。このロークという老人のことを知らなかったのである。だが大使に対する礼は尽くさねばならない。
「トキソ国の王、アデンです。どうぞ、こちらに」
「これは王様。すまぬことで・・・」
ロークは従者に支えられて王宮に入り、奥の間に案内された。そこにはハークレイ法師が先に来て待っていた。
「よく来られた。待っていたぞ」
「これは法師様。お久しぶりです」
ロークはあいさつした。どうもハークレイ法師と顔なじみのようだ。アデン王はこの者の素性を知りたいとハークレイ法師の顔を見た。
「そういえばロークをご存じなかったな。この者はかつてラジア公国の王宮の侍従長を務めていた者。儂の古くからのなじみの者での。とうに引退していたが来てもらったのじゃ。秘密にしておったのは、外部に漏れるとプラクト大公派の者に妨害を受けるかもしれぬからな」
ハークレイはそう説明した。
「法師様にも困ったものじゃ。こんな年寄りを引っ張り出すのだから」
「年なら儂の方が数倍食っておる。お互いにまだまだ働けるからの。はっはっは」
「そうですな。はっはっは」
ハークレイ法師とロークは笑い合っていた。アデン王は2人の老人に困惑した表情を見せていた。
「これはすまん。つまらぬことに時間を取って・・・。王よ。このロークはまだ王宮に影響力を持つ。うってつけと見たのじゃ」
「どんな方が来られたのかと思いましたが・・・それでは会談を始めましょう」
ハークレイ法師とアデン王は席に着いた。ロークは従者に助けられて椅子に座った。他にはレイダ公爵とガンジ、それにロークの補佐官が並んでいるだけだった。その場で国のことを話し合うということで非常な緊張感に包まれていた。まず冒頭にハークレイ法師がアデン王とロークに言った。
「ここでの話はまだ内密にな。お互いに腹蔵なく話してほしい」
「わかりました。まずは儂から・・・」
ロークは書状を出して読み上げた。
「・・・この度のことでトキソ国の方々に大変なご迷惑と被害をおかけしました。貴国に対し謝罪します・・・」
それはアデン王にとって意外だった。こうも簡単に大国のラジア公国が謝るとは思っていなかったのだ。ハークレイ法師が尋ねた。
「ふむ。ラジア公国は謝罪を申し出ておる。アデン王よ。どうする?」
「こんなに率直に謝られれば、こちらはもう言うことはありません」
アデン王は答えた。ラジア公国が誠意を見せたので、その後の細かい取り決めも支障なくスムーズに進んだ。
「これで両国の和平を妨げるものはなくなった。お互いに相手の国を尊重して友好な関係を続けていただくことを希望する。これでよいな」
ハークレイ法師の言葉にアデン王とロークは大きくなずいた。そして両者はがっちりと握手した。
「では決まった。これで会談は終わりじゃ」
ハークレイ法師がそう言うとそばにいたロークの従者が立ち上がった。
「本当によろしゅうございました」
アデン王はその声に聞き覚えがあった。その従者は微笑むと顔を覆っていたヒゲを取った。
「あっ! あなたは!」
アデン王は驚きの声を上げた。それはサラサ王女だったのだ。
「王様! ご機嫌麗しゅう」
「どうしてここに?」
「会談が心配だったので・・・。せっかく法師様にお骨折りいただいたのですから」
この会談はハークレイ法師の発案ではなく、サラサ王女からの申し入れの様であった。サラサ王女が大使として出向くことになれば、目立ってしまって妨害に遭うかもしれない。だからロークを大使として送りことになった。だがそれでもサラサ王女は心配に思って、変装してこの会談に立ち会ったのだ。
「驚きました」
アデン王はそう言うしかなかった。それを聞いてサラサ王女は愉快そうだった。
「私も法師様みたいに驚かそうと思ったのですよ」
サラサ王女はそう言ってから、周囲に聞かれぬように小声でアデン王に尋ねた。
「王様。私が参ったことを正直、どう思っておられますか? もう会いたくなかったとか・・・」
「そんなことはない。王女にまた会えることは喜ばしい限りです」
「本当に? うれしいですわ」
サラサ王女が現れたことは、さすがのハークレイ法師も驚いていた。
「儂も驚いた。このハークレイも一本取られたぞ。時に王女。この度のことであなたが動かれましたな?」
「さすがに法師様。すべてお見通しなのですね。父はこんな騒ぎを起こしたので引退していただきました。山深いところに隠居屋敷を立てて移っていただきました。景色がきれいで空気が澄んだところだから気に入っていただければよかったのですけど」
どうもサラサ王女は強硬手段に訴えたようだ。さらに言葉を続けた。
「兄のメドール王にはきつくお灸をすえておきましたわ。お友達のビスク王とは絶交させて。まあ、一人では何もできないとは思いますが、ゼロクロスでハークレイ法師様が目を光らせてくださるから安心ですわ」
サラサ王女はこともなげに言った。それを聞いてアデン王は思った。
(この人はプラクト大公よりもやり手かもしれない。とにかくサラサ王女が友好を望んでいるからもう大丈夫だろう)
サラサ王女は右手を差し出した。
「王様。これからもよろしくお願いいたしますわ」
アデン王は立ち上がって右手を出して握手した。
「こちらこそ。王女。これからも頼みます」
その言葉にサラサ王女はうれしそうに笑っていた。




