結束
プラクト大公は勝利を確信していた。ハークレイ法師の方術とそのしもべの幻獣を封じれば怖いものなどない。
「ではそろそろ始めるとするか」
プラクト大公は右手を上げた。それを下げると全軍突撃の合図である。だがその時、左前方の森がざわついた。
(何だ?)
プラクト大公が訝しげにその方向を見た。すると兵士の一団が現れた。その数は千ばかり、ただしトキソ国の兵ではない。その旗は・・・
「オーガス国か。トキソ国に援軍をよこしたのか。まあよい」
それぐらいの数ではこの状況は変わらない。すると今度は右の丘から一群の兵士が出てきた。これは・・・
「バイワン国か。ジェームズ王まで・・・」
するとさらにあちこちから騎士に率いられた軍勢が現れた。それぞれの持つ旗が違う。
「シオリ国にカーギ国、それにキハヤ国、アール国、ユーゴス国まで来よったか!」
プラクト大公は、いやラジア公国軍は思わぬ事態に身動きが取れなくなっていた。そして・・・
「アメリオ公国、イーデン王国、サラク国の軍も来た!」
ラジア公国軍の兵士たちが騒ぎ出した。評議会に名を連ねる王たちの軍も駆けつけたのだ。彼らの前にトキソ国の陣を中心として各国の軍勢がずらりと並んだ。
「どうじゃ? 大公! 皆が援軍として駆けつけてくれた。これでも戦うか?」
ハークレイ法師が問いかけた。プラクト大公は周囲を見渡し、すぐに頭の中で状況を分析した。
(数はほぼ同数。数からいえば戦えるが・・・)
だが多くの国の軍勢を見て自軍の兵士が浮足立っている。それにこれら多くの国と戦うとなれば、いやこれからも戦っていくとなれば勝利はおぼつかない。いやそればかりか、下手をすればラジア公国が崩壊してしまうかもしれない・・・プラクト大公はそう判断した。ハークレイ法師は重ねて問うた。
「どうじゃ? 大公よ!」
「ハークレイ! 今日のところはこれで退いてやる! だがこれで済んだと思うな! 我らを止めることなど誰もできぬわ。それをこれからじっくり教えてやる!」
プラクト大公の声には悔しさがにじみ出ていた。そして彼は馬を返した。ラジア公国軍、全軍が引き上げの様であった。
「大公よ」
ハークレイ法師が呼び止めた。それでプラクト大公は振り返った。
「あまり火遊びが過ぎると火傷されますぞ。取り返しがつかぬほどにな」
そのハークレイ法師の言葉をプラクト大公は「ふん」と鼻で笑い、来た道を馬を走らせて戻って行った。
◇
ラジア公国軍は引き上げた。トキソ国は守られたのだった。多くの国から援軍が来て、国々の結束をプラクト大公に見せることができたのが大きかった。
これにはスザクが大きな働きをした。彼女が短時間のうちに多くの国を飛び回り、ハークレイ法師の書状を届けたのだ。それにはラジア公国の陰謀によりトキソ国が窮地に陥っていること。ラジア公国が大軍でトキソ国に攻め入ってきたので援軍を出してほしいことなどが書かれてあった。それを見て各国から援軍が来てくれたのだ。
「何とか間に合った・・・もし援軍の到着が遅ければどうなっていたかもしれぬ。これも神のご加護というべきか・・・」
ハークレイ法師はほっと息を吐いた。
「誰かが懸命に神に祈りをささげてくれたおかげかもしれぬ」
ハークレイ法師が馬を降りて辺りを見渡した。トキソ国の陣の周りに多くの国の軍勢が整然と並んでいる。
「この状況を見れば、誰でも兵を退くだろう」
ハークレイ法師は満足げにうなずいた。
やがてそれぞれの国の軍勢から甲冑を着た騎士が馬に乗って駆け寄ってきた。そして馬を降りてハークレイ法師のそばに来て片膝をついた。
「ハークレイ法師様。お久しぶりです」
「おお。アメリア女王か! そなたが来てくれたのか! 相変わらずの凛々しい姿じゃ」
「はい。法師様の書状をいただき、ご恩返しとばかりに駆け付けました」
「そうか。女王の座に就かれて間もないが、しっかりやられているようじゃな」
するとまた別の者が来て片膝をついて礼をした。
「ジェームズでございます。あの折はありがとうございました」
「よく来てくれた。礼を言うぞ」
「いえ、それほどのことでは・・・。お呼びいただければ、私はいつでも駆け付けます」
他にもハークレイのもとに集まる者たちがいた。シオリ国にカーギ国、キハヤ国、アール国、ユーゴス国の王たちである。
「それにカイザ王に、デーマ王、サニー王、トーネル王、バスク王もご苦労であった。それに・・・」
評議会のメンバーである3つの国の王たちは代理の者を派遣してきていた。
「アメリオ公国の将軍、パウスでございます。王様の命で参りました」
「イーデン王国のサーガ公爵でございます」
「サラク国の大臣、ダンローです。お久しぶりでございます」
中には顔見知りの者もいる。ハークレイ法師は「うむ」とうなずいて言った。
「この度は助けられた。王様には『ハークレイが感謝していた』とお伝えくだされ」
そしてアデン王も来た。駆けつけくれた王たちにひざまずいて両手を地につけて頭を下げた。
「この度はありがとうございます。皆様方のおかげでこのトキソ国は救われました。このご恩は一生忘れませぬ」
すると王たちは笑顔で迎えた。
「お手をお上げくだされ」
「我々は当然なことをしたまで」
「我らが力を合わせて国を守りましょうぞ」
アデン王は王たちの優しい言葉に感激し、涙があふれそうになっていた。ハークレイ法師が声をかけた。
「アデン王よ。王たる者は孤独かもしれぬ。だがこうして志を同じくする者は多くおる。困っておれば皆が集まり、力を貸してくれよう。有難いことじゃ」
「はい・・・」
アデン王はまた深く頭を下げた。その目からは涙が流れていた。
こうしてラジア公国の、いやプラクト大公の企みは潰え、その後には多くの国の王たちの絆が強まった。ハークレイ法師は言う。
「メカラス連邦は多数の国家の集まりである。それぞれがお互いを尊重し、協力し合う関係にしなければならぬ。その一歩が築かれた」
だが次の言葉も付け加えた。
「騒動を起こしたラジア公国の罪を問わねばならぬが、その国を拒絶してはならぬ。他の国と同様に友好的に付き合わねば真の平和は生まれぬ」
評議会とハークレイ法師が目指すところはまだまだ遠いように思われた。




