10分の1
一方、アデン王はハークレイ法師の前に出て、片膝をついて頭を下げた。
「お助けいただき、ありがとうございます」
「間に合ってよかった。王宮も我が方に取り戻した。ガンジが守っている。それにリーサも無事じゃ」
「本当でございますか!」
アデン王は喜びの声を上げた。彼にとって自分の身代わりをしたリーサが無事であることが一番の喜びだった。
そしてハークレイ法師はマスカに目を向けた。
「マスカよ。お前は騙されておったようじゃ。あの者に」
キリンが捕らえたカイアミを連れて来て、その場に座らせた。ハークレイ法師はカイアミに言った。
「お前の企みはすべてわかっておる! 陰で糸を引いている者もな。ドラスは命を絶った。すべての企みは潰えたのだ」
「ふん! せっかくすべてうまくいきかけたが・・・こんな邪魔が入るとは・・・」
「ラジア公国、いやプラクト大公が絡んでいるのであろう」
「ああ、そうだ! 国境守備隊を寝返らせて利用しようとしたんだ。ハークレイ法師のニセの書状を使ってな」
カイアミはふてくされてそう言った。
「マスカよ。聞いた通りじゃ。このアデン王は民のために奔走しておったのじゃ。ドラスたちが腐らせた国を立て直すために。だがこの国の民はまだまだ貧しい。それをこの者が利用した。まるで王が悪政を敷いているかのように」
「私が間違っておりました。騙されたとはいえ、このような大それた悪事に加担しておりました」
マスカは深く頭を下げた。そして言葉を続けた。
「ハークレイ法師様、並びに王様に申し上げます。今回のこと、すべてこのマスカが浅はかにも敵にたぶらかされて一人で行ったこと。決してタカロら部下や兵士たちに罪はございません。すべて私の罪でございます」
そして顔を上げると横を向き、さっと剣を抜いてその刃を首に押し付けた。そして
「ごめん!」
と自ら首を斬ろうとした。
「何をする!」
ハークレイ法師は懐の水晶玉を取り出して投げつけた。それはマスカの右手に当たり、その手から剣を落とさせた。
「早まるでない! マスカ! お前にはまだやることがあろう!」
「しかしこの反逆の罪は決して許されるものではありませぬ」
するとアデン王がマスカに声をかけた。
「マスカよ。私はお前のことをよく知っている。国境守備隊の勇猛な隊長で今までわが国を守っていてくれていたことを。お前がいたからラジア公国もずっと我が国に手出しができなかったのだ」
「王様・・・」
マスカはずっと自分は王宮からは忘れられた存在と思っていた。ただの駒に過ぎないと・・・。だがこのアデン王は自分のことを知ってくれていた。
「お前には苦労を掛けた。荒れ果てた我が国を再建するのを優先したために、お前たちをねぎらってやることもできなかった。許せよ」
「王様・・・」
アデン王の温かい言葉を受けてその目には涙が光っていた。アデン王はさらに言葉を続けた。
「だがマスカ。今はこの国存亡の危機に立っている。お前の力が必要なのだ。この弱き王に力を貸してくれ!」
「はっ! このマスカ。王様にこの命をささげます。この身をもって全力でお仕えいたします!」
マスカは頭を下げた。その様子を見てハークレイ法師は「うむ」と大きくうなずいた。
するとその時、上空に赤い鳥が現れ、ハークレイ法師たちの方に向かってきた。そしてそばを通り過ぎる時にそれは消え、ハークレイ法師のそばにスザクが片膝をついてひかえていた。
「おお、スザクか。どうであった?」
「ラジア公国の大軍が国境を越えて進軍中。その数、三万。王都に向かっております」
それを聞いてアデン王は絶句した。三万もの大軍が王都に迫っているとは・・・。そしてそのような大軍を動かすということは、このトキソ国を力ずくで奪いに来たこと以外、考えられなかった。
ハークレイ法師はスザクの報告を聞いて「うむ」とうなずいた。
「いよいよプラクト大公め。動き出しよったか・・・。これは手を打たねばならんな」
そしてハークレイ法師はカイアミを押さえているキリンに言った。
「カイアミを放せ」
「この者を解き放すのですか?」
驚いたアデン王が尋ねた。
「そうじゃ。この者の罪は許しがたい。だがこの男はれっきとしたラジア公国の外交官の身分を持っている。危害を与えるわけにはいかぬ」
正式な手続きを取れば罪に問えようがそんな余裕はない。だがこんなに簡単に解放すハークレイ法師の意図は・・・アデン王はしばらくしてその答えに思い至った。
ハークレイ法師はカイアミに言った。
「プラクト大公に伝えよ。ドラスは自決。反逆軍は鎮圧した。アデン王は無事でトキソ国の軍を掌握している。それにここにハークレイもおる。お前さんの思う通りにはならんとな」
ハークレイ法師が目で合図すると、キリンはカイアミを放した。
「へっへっへ。放してくれたんだからちゃんと伝えてやるさ。だがな。大公様はそんなことでやめるとは思えないがな。あばよ!」
カイアミはすぐに森の中に消えていった。
「あの者が伝えて大公が遠征を止めてくれればいいが・・・」
ハークレイ法師はつぶやいた。それはアデン王も同じ気持ちだった。戦いになれば双方、多くの者が死傷する。それに田畑が荒らされよう・・・多大な被害が出るのには間違いなかった。
「だがそれでも大公は来るであろう。こちらも態勢を整えねばならぬ。レイダ公爵はどうだ?」
ハークレイ法師はひかえているスザクに聞いた。
「地方から兵を集め、こちらに向かわれています。その数2千弱」
「合わせても敵の10分の1か・・・」
ハークレイ法師は顎ひげを触りながら考えていた。ジューニ騎士団長が口を開いた。
「恐れながら・・・。こうなったら王宮に籠城いたしましょう。10分の1の兵力ですが何とか守り切れるかもしれません」
だがアデン王は首を横に振った。
「いや。だめだ。ジューニも知っておろう。ラジア公国のやり口を。籠城すればその間に奴らは田畑を焼き払い、家々に放火する。この国を荒らしまわるぞ」
このことはよく知られていた。ラジア公国の軍は非情である。もし籠城したのならそこまでしてでも外に引きずり出そうとする。もしそうなればせっかく立て直した国が荒廃してしまうことになる。だが・・・。
「しかしそれ以外に手が・・・」
確かにジューニ騎士団長の言う籠城しか選択肢がないのかもしれない。アデン王は決断を迫られていた。
「アデン王よ。この年寄りに任せてはくれぬか?」
ハークレイ法師が言った。
「法師様。一体どのように?」
「真っ向からぶつかるしかない」
「えっ! それでは・・・」
アデン王は驚いた。10分の1の兵力で対抗できるのだろうかと・・・。
「大公のやり口はわかっておる。だからこそ迎え撃つ必要があるのだ。大公とやり合えるのは儂しかいない。決して悪いようにはしませんぞ」
ハークレイ法師にそうまで言われればアデン王は首を縦に振るしかなかった。
「わかりました。法師様にお任せいたします」
「うむ。ならば伝令を出して兵を集めよ。決戦の場はローデン高原!」
ローデン高原と言えばこの近くの開けた場所。野戦にはもってこいの場所だが、大軍を真正面から受け止めねばならない。果たしてそんなところで少ない兵力の我が方に分があるのか・・・アデン王はそう思った。だがここはハークレイ法師に一任した以上、それに従わねばならない。
「全軍をローデン高原へ! 急げ!」
アデン王は立ち上がって命令を発した。




