大逆転
リーサは目をつぶったまま、王様への思いを胸にして死を受け入れようとしていた。すると、
「ガチャーン!」と大きな音がした。リーサが驚いて目を開けるとミクラスの剣に鎖が絡みついていた。
「その人を殺させねえぜ!」
セイリュウが塀の上から降りてきた。彼の鎖がミクラスの剣をからみ取ったのだ。それはあの時と同じだった。
(ハークレイ法師様が来ていらした・・・)
リーサの心に希望が湧いてきた。
「おのれ! またお前か!」
ドラスが声を上げた。セイリュウはその辺りにいた兵士を鎖でなぎ倒しながらリーサのそばに来た。
「あなたはハークレイ法師様の・・・」
「ああ。セイリュウだ。助けに来た! ガンジさんも無事だ!」
「えっ! 父上も!」
リーサの顔は喜びで明るくなった。
一方、思わぬ邪魔が入ったとドラスは兵士たちに命令した。
「この者たちを斬れ! 叩っ斬れい!」
兵士たちがセイリュウやリーサに襲いかかろうとした。その時、
「待てぃ!」
と声が響き渡った。兵士たちが辺りを見渡すとキリンやビャッコ、そしてゲンブも姿を現していた。
「我らが来たからにはもう好きにはさせぬ!」
「あやつらまで・・・」
ワージはひどく動揺していた。かつて戦ってひどい目に会わされたことがあるから・・・。それはミクラスも同じだった。だがドラスはあくまでも強気だった。
「斬れ! まとめて斬って捨てぃ!」
兵士たちが剣を振りかざして向かっていった。だがいくら兵士の数が多くてもその4人に敵うはずはない。キリンが突きや蹴りで叩きのめし、ビャッコが両手に持った剣で平打ちにしていく。ゲンブは敵兵を捕まえては次々に投げ飛ばし、セイリュウは鎖を振り回して敵兵をなぎ倒していく。それに王宮で戦い続けていた味方の騎士や兵士も駆けつけてきて敵兵に挑みかかった。形勢は完全に逆転した。
「ううむ。このままでは・・・」
この状況にドラスが唸った。
「まずいです! ここは一旦、お退きに・・・」
ワージがドラスに進言した。その時、門から駆けこんでくる2頭の馬があった。
「逃がさぬぞ!」
それはハークレイ法師とガンジだった。彼らは馬で街道を飛ばしてやっと到着したのだ。
「父上!」
リーサが呼び掛けた。
「リーサ。心配かけたな。だがもう大丈夫だ。ハークレイ法師様が来てくださった!」
ガンジがそう答えて、剣を抜いて戦いに加わった。敵兵を剣で斬り倒していくと、目の前にあの男が現れた。
「今度こそ斬り殺してやる! 死にぞこないめ!」
それはミクラスだった。ガンジに向けて剣を構えている。元はといえば、この男を仕留めそこなったことから何もかもが狂ってしまった・・・ミクラスはそう思った。
一方、ガンジはこのミクラスに自分も娘のリーサも襲われたのだ。決して許せぬ相手だと・・・。
まずミクラスが間合いを詰めて剣を振り下ろした。それをガンジは剣でしっかり受け止めて押し返した。だがミクラスは鋭く剣を返して二手、三手と剣を繰り出してくる。その腕前はなかなか侮れない。ガンジは冷静に相手の太刀筋を見極めようとした。
「剣を受けているばかりでは勝てぬぞ! それ! それ!」
ミクラスはさらに攻撃を仕掛けてくる。だがそれはだんだん荒くなっている。ガンジを侮っているからだ。そして力でねじ伏せようと大上段に構えて振り下ろしてきた。そこでガンジは初めて前に出て剣を横に払った。
「ぐ、ぐぇー!」
ミクラスは悲鳴にも似た叫び声を上げた。ガンジの剣はミクラスを胴斬りにしていた。ミクラスは信じられぬという顔をしてその場に倒れた。
「ふうっ!」
ガンジは息を整えて、剣を振って血を払った。
それを見てワージは自分だけでも逃げようと裏門の方に走ろうとした。だがその前をガンジが立ちふさがり、ワージに剣を突きつけた。
「逃がさぬ!」
「ひえっ!」
ワージは驚いて声を上げると、剣を放り出して両手を上げた。
「頼む! 助けてくれ! ほら! 俺はこの通り剣を捨てた」
だがガンジはワージにまだ剣を向けている。これではだめだとワージは慌ててひざまずいた。
「この通りだ。何でも言うことを聞く。だから命だけは取らないでくれ!」
ワージは恥をさらして命乞いしていた。それを見てガンジの剣先が下がった。戦う気がないものを斬ることはできないと・・・。
だがワージはそれを見逃さなかった。ガンジが他に目を向けた時、いきなり落ちていた剣を拾って襲い掛かってきた。
「死ね!」
だがガンジは素早くそれを避けると、一刀のもとに斬り伏せた。
「ぐえー!」
ワージは断末魔の叫びを残して倒れた。
ドラスは味方が次々にやられているのを唇をかんで見ていた。もはや彼を守る者は誰もいない。キリンたちが取り囲む中、ハークレイ法師がその前に出た。
「ドラス! お前の企みは潰えたぞ! 観念せい!」
「くそっ! もう一歩だったのに・・・」
ドラスは剣を抜いた。
「まだ抵抗する気か? 無駄じゃぞ!」
「ふふん。それは貴様らのことだ! 我らにはラジア公国がついている」
ドラスは剣を振り上げるや否や、それを自らの首に押し当てて斬った。血しぶきがぱっと辺りに飛び散った。
「ふふふ。後で吠え面をかくといい・・・」
ドラスはそのままどうっと倒れた。
「潔く死を選んだか・・・」
ハークレイ法師がつぶやいた。ドラスは死んでなお、目を大きく見開いてまるでにらみつけているようだった。
ガンジはリーサの元に駆け寄った。
「リーサ! 無事でよかった!」
「父上こそ!」
「街道で毒矢でやられたところをハークレイ法師様とキリン殿に助けていただいたのだ。ところで王様は?」
ガンジが尋ねると慌ててリーサははっとした。そしてすぐにハークレイ法師のそばに行って片膝をついた。
「ハークレイ法師様! お願いでございます! 王様をお救いください。王様は抜け穴を通って外に出られています」
「なに! アデン王は王宮を出られたのか!」
ハークレイ法師は驚いた様子だった。この付近を通ってきたキリンは王宮の外のことも見ていた。
「この外は反逆軍が包囲しています。外に出れば奴らにつかまるでしょう。そうなれば・・・」
それを聞いてリーサは目に前が真っ暗になる気がした。
「これはいかん! キリン! ビャッコ! セイリュウ! ゲンブ! すぐに向かえ! アデン王を殺させてはならぬ!」
「はっ!」
それぞれが飛び出して行った。
キリンは黄色く燃えるような大きな獣になって、山の中をはねるように走っていった。ビャッコは白く巨大な虎の姿になり、大きく咆哮すると体を震わしながら鋭い爪で地面をかいて野を疾走していった。
またセイリュウは青い龍となった。空に駆け上り、鎖を巻き付けた青い体をくねらせて雲の間を飛んでいった。ゲンブはそばの川に飛び込み、蛇が巻き付いた大きな黒い亀になった。その姿を水中に沈め、川を高速で進んで行った。
ハークレイ法師のしもべである4体の幻獣がその正体を現して動き出したのだ。それをリーサやガンジが驚いて見ていた。
「さて、儂も行くとするか。ガンジ。ここを頼むぞ」
「いいえ、私も参ります!」
「いや、ガンジはここにいるのじゃ。リーサと王宮を頼みますぞ!」
ハークレイ法師はそう言ってまた馬にまたがって街道を駆けて行った。




