村人の愚痴
トキソ国では毎年1回、騎士たちの朝駆けが行われる。この国がかつて敵に王宮を攻められた時に、ラッパの音で兵を迅速に集め、その敵を打ち破った故事が始まりだと言われている。
騎士たちが家々に伝わる甲冑を着て王都のはずれにある教会を出発し、王宮までひたすら走るのである。その過酷さは並大抵ではなく、途中で疲れてあきらめるものが多い中、ごく少数の者がたどり着けた。
朝駆けの時期が近づき、ガンジは鍛錬のためにさらに重い薪を背負ってあちこちの村を走った。その道中、顔見知りの村人に声をかけられることがあった。
「ガンジさん! 今日も鍛錬で大変だね」
「いや、こんなことも何でもない」
「今年も一番乗りしてくださいよ。応援しているのだから」
「ありがとうよ。がんばるよ! お前も精が出るな」
村人は顔を土まみれにして芋を収穫していた。傍らにある籠は大きな芋がいっぱいのはず・・・。
「どうだ? 今年の出来は?」
「それがあまりよろしくないようで・・・」
村人は答えた。よく見ると籠には半分も芋が入っていない。それも小さなものばかり・・・。
ここ最近、雨がなく、確かに彼の畑の作物の実りや葉の茂りはよくなかった。しかもここ数年、この地では凶作が続いている。
作物の出来を聞かれて、村人の表情は暗くなっていた。
「それは大変だな。何か手はないのか?」
「いえ、何も・・・。雨さえ降ればいいのですが・・・。でも王宮からはいつものように作物を収めよとのお達し。どうしようかと考えていまして・・・」
村人はため息をついた。それを聞いてガンジは驚いた。
「こんな状態なのにそうなのか?」
「ええ、ガンジさん。このままでは逃げ出すしかねえ。何とかすることができないのですか?」
村人に言われたものの、ガンジはどうしてやることもできなかった。彼はこの国の一騎士であり、そんなことを王宮のお偉い方たちに物を言える立場になかった。
先の王様がご病気になり、重臣たちが政を行うようになってから税が上がった。しかもこのところ凶作続きである。先王が亡くなり、新しい王様が3年前から来たがその状況は変わっていない。
「すまんな。私には・・・」
「いいんですよ。ちょっと愚痴が出ただけですから・・・。でもガンジさん! がんばってください! ガンジさんの走る姿に励まされるのですから」
村人がガンジの肩をポンと叩いた。
「おう、任せておけ。走りだけは誰にも負けぬからな」
そう言ってガンジはまた走り出した。