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逃げる

 ドラス率いるラジア公国の兵が王宮に攻め入り、守備側を圧倒していた。すでに王宮の建物にまで侵入している。残った兵士をすべて王宮の建物に集めた。


「これ以上、敵を中に入れるな!」


 騎士たちが声を上げるが守備側の兵士は少なく、次々に斬られて倒れていく。アデン王はその奥の大広間にいる。ここで王自ら迎え撃たれるようだが、それはそこで最期の時を迎えるおつもりだと騎士たちは感じていた。少しでも時間稼ぎをしてなんとかそこに敵を入れまいと騎士や兵士が奮闘するが、少しずつ押されていた。


 やがて大広間の前を守っていた兵士が倒された。その扉を蹴破ってミクラスとラジア公国の兵が部屋に入った。

 広い部屋にはバイザーを下した兜に甲冑をつけた騎士がたった一人いるだけだった。その兜や甲冑は紛れもなくトキソ国の国王が身に着けるものだった。だが奇妙なことに周囲には王を守るべき騎士も兵士も誰もいない。ただ一人、椅子に座って身動きせず、じっと敵の兵士を見ていた。


「アデン王だ! ここにいたぞ!」


 ミクラスが声を上げた。それを聞いてドラスやワージが大広間に駆け付けてきた。


「王様! お久しぶりでございます」


 ドラスはニヤリと笑った。ここで今までの復讐を果たそうと・・・。

 一方、その甲冑を着ているリーサは黙っていた。


(しゃべったら王様でないことがばれてしまう。絶対に声を上げてはならない!)


 リーサはそう決めていた。すると、


「おや? 何もおっしゃらないのですか? そんなに私が恐ろしいのですかな?」


 ドラスはあざけるように言った。それでもリーサは口を閉じたままじっとしていた。


「そうですか。まあ、それはよいとしましょう。あなたは誤った。私の手の中で踊っていたらいいものを・・・。ですがご安心ください。私があなたに代わって王となりましょう」


 ドラスは剣を抜いた。リーサは声を上げそうなのを我慢して、目だけで周囲を確認した。


(今ならなんとかなる・・・)


 ドラスは不気味な笑みを浮かべながら近づいてきた。


「よい心がけです。一思いに殺して差し上げましょう」


 ドラスは剣を振り上げた。


(今よ!)


 リーサは急に立ち上がった。驚くドラスをしり目に走って逃げた。


「王を捕まえよ!」


 ドラスが大声を上げた。兵士たちはリーサを捕らえようと向かってくる。だが彼女は大広間を走り回った。兵士たちはその速さに追いつくことができない。


(そんな簡単には捕まらないわ!)


 リーサは逃げられるだけ逃げようと思っていた。


「見苦しいですぞ! 止まりなされ!」


 ドラスが大声を上げるが、リーサが止まるわけはない。


(ここで時間を稼いで、できるだけ王様を遠くにお逃がせするのよ!)


 リーサはそう決めていた。ドラスはそれを見て苛立っていた。そばにいたワージやミクラスにも命じた。


「ワージ! ミクラス! 貴様らも追いかけて奴をつかまえよ!」

「はっ!」


 ワージとミクラスも剣をしまってそれに加わった。それに後から次々に兵士たちが駆けつけてきた。大広間は人が多くなって逃げ場が少なくなってきていた。


(このままでは捕まってしまう!)


 リーサは隙を見て大広間を飛び出した。広い庭に出てしまえば何とでも逃げられる。それを見てドラスは怒鳴った。


「何をしておる! 追え! 逃がすな!」

「はっ!」


 ワージたちは後を追い掛けてきた。リーサは廊下からまっすぐ玄関に向かった。


「そいつを捕らえろ!」


 その声であちこちにいた兵士がリーサを捕らえに来たが、何とかすり抜けて逃れた。そして玄関から外に脱出することができた。だがそこにも敵の兵士は多くいる。


「そいつがアデン王だ! つかまえろ!」


 ワージが叫びながら追いかける。すると敵の兵士がリーサをとらえようとあちこちから出て来て追いかけ始めた。リーサはつかまらないように逃げ回った。幸い、王宮の中は毎日走り回ったからよく知っている。


(あそこを抜けて、そこをまっすぐ・・・離れに出て・・・)


 リーサの頭の中で逃走経路は出来上がっていた。追いかけるワージたちはそれに翻弄されている。重い甲冑を着てそんなに走ることはなかったから、だんだん息が切れて足が止まってきた。


「何と言うことだ。王があれほどまでの健脚だったとは・・・。あの重い甲冑を着ているのにあんなに速く走れるのか・・・」


 一向につかまりそうにないリーサを見てワージはため息をついた。だがミクラスはそれに違和感を抱いていた。


「あの走り・・・尋常ではない。まるで朝駆けの甲冑騎士・・・。ん? もしかして奴は?」


 その正体に気付こうとしていた。


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