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身代わり

 アデン王は逃げるのを拒否してこの王宮に残るという。そして執務室に閉じこもってしまった。リーサはジューニ騎士団長に協力を頼んだ。


「私が一人で部屋に入って説得いたします。合図したら部屋に入って来てください。逃げるのには甲冑が邪魔になりますから王様から脱がせてください・・・」


 リーサは細かく指示して一人で執務室に入った。アデン王は椅子に座り、窓の外を見ていた。すでに戦支度をして甲冑を身につけている。紋章のついた兜も机の上に置かれていた。


「王様」

「ここから敵の様子がよく見える。ここにもじきに敵が攻めてこよう。リーサ。そなたはすぐに逃げよ」


 アデン王は振り返りもせずにそう言った。


「王様。皆さんが待っておられます」

「リーサ。説得しようとしても無駄だ。私は決めたのだ。ここに残ると」


 アデン王はかたくなだった。その意志はゆるぎそうにない。リーサはそこにひざまずいた。


「王様。お願いでございます。このリーサの心の内をお聞きください」


 その必死な物言いにアデン王は振り返ってリーサを見た。


「私は王様にお会いしてからずっとお慕いしておりました。馬にひかれそうになった母子を助けた時からでございます。王様は私をいたわり、けがをした腕に王様自ら布を巻いてくださいました」


 アデン王は何も言わない。じっとリーサを見ている。彼女は話を続けた。


「私は王様にお仕えしたいと女官を志しました。あの朝駆けもまた王様にお会いしたい一心からでした。その時にかけていただいた言葉は忘れもしません。私の心は感動で震えていたのです」


 そこまで言ってリーサは顔を伏せた。


「私は幸せ者です。女官となって王様のおそばでお仕えできたのですから・・・。まるで夢のような幸せな日々でございました。私はこれからもずっと王様のそばにいたいのです」

「リーサ・・・」


 アデン王の口から声が漏れた。


「私は王様を愛しております。この世の誰よりも・・・。たとえ身分の差があるとしてもこの気持ちに変わりはありません。私はずっと王様に生きていて欲しいのです。もしこの世からおられなくなれば、絶望して私も命を絶つでしょう。ですからお願いです。王様を愛する私のためにも生きてください!」


 リーサは涙を流して訴えた。その言葉にアデン王は深く打たれた。そして心の内にある本当の気持ちにも気付いた。彼は片膝をついてリーサの手を取った。


「リーサ! 私もそなたを愛しく思う」

「王様!」

「そなたの気持ちを受け止めよう!」

「では・・・」

「ここから落ち延びることにする。ともに行こう!」


 アデン王はリーサの目を見てそう言った。


「リーサはうれしゅうございます。それならばすぐに・・・」


 リーサは涙を拭いて立ち上がった。そしてドアの外に声をかけた。


「騎士団長様。お願いします。」


 するとジューニ騎士団長と数名の兵士が入ってきた。


「王様。逃げるのにはその甲冑は邪魔になりましょう。ここでお脱ぎください。お手伝いいたします」

「そうだな。頼む」


 アデン王は手伝われて甲冑を脱いだ。


「さあ、これで身軽になった。行くぞ! リーサ!」


 アデン王はリーサに声をかけた。だが周りの者は脱いだ甲冑を今度はリーサに着せていた。それでアデン王は気が付いた。リーサが自分の身代わりになると・・・。


「何をしておる! リーサも私とともに逃げるのだ!」

「王様。もちろんでございます。しかし時間稼ぎが必要なのです。この姿で敵を引き付けます」

「それはだめだ! そなたの身が危険だ!」

「王様。私は重い甲冑を着て朝駆けで一番乗りをしたのです。それに比べれば敵の手から逃げるのはたやすいこと。時が来ましたら私もすぐに参ります。自慢の脚を使ってすぐに追いつきます。だから心置きなく・・・」


 だがアデン王はそれで納得できるはずはなかった。


「だめだ! 早く甲冑を脱げ! そなたも行くのだ!」

「私なら大丈夫です。さあ、騎士団長様。王様をすぐに・・・」

「はっ! 王様、失礼いたします!」


 ジューニ騎士団長と兵士たちはアデン王を抱えるようにして執務室から連れ出した。王宮の地下室に通じている秘密の抜け穴から外に脱出する手はずだ。


「リーサ! 必ず来るのだ! きっとだぞ!」


 アデン王の声が聞こえてきていた。リーサは心の中で話しかけていた。


(王様。嘘をついて申し訳ありません。リーサはともに行くことはできません。王様の身代わりとなってここで果てるでしょう。王様。最後にあなたのお気持ちをうかがってうれしゅうございました。もう思い残すことはございません。いつまでもお健やかに。そしてこのトキソ国をお守りください。愛するあなたの代わりとなれて私は本望です・・・)


 リーサはため息をつき、そばに置いてある兜をかぶった。

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