必死の訴え
会議が終わり、局長室でタイノス事務局長はハークレイ法師と話した。
「やはり思った通りでしたな」
「もうすでに多数派工作をしておる。あのまま決を採ったらメドール王の思うがままになっていた。だがあちらも焦っているな?」
「それは?」
「彼らにとって何かまずいことが知れれば、この話が流れることになるのだろう。だから急いでおる」
「しかし、時間が明後日まで・・・」
「ううむ。そこが問題だ。それまで何かつかめればよいが・・・」
ハークレイ法師は顎をしゃくって考えていた。
一方、メドール王とその盟友のビスク王は彼らの控室で話していた。
「くそ! あのハークレイ法師め!」
まだ若いメドール王は感情むき出しにしていた。それを年配のビスク王がなだめた。
「まだ大丈夫です。うまいことを言って王や司祭たちをこちら側につけておりますからな。だがそんな簡単にはいかぬことはわかっておりました」
「父の大公に早く報告せねばならぬというのに! このままではまたどやされるだけだ!」
「私からも大公様に事の次第を申し上げましょう」
「うむ。頼む。だがもし我らの企てが露見してひっくり返ることになったら・・・」
メドール王は一抹の不安を覚えていた。
「トキソ国から訴えてきた者があれば別ですが・・・街道を封鎖しているので大丈夫でしょう。その心配はございますまい。」
「確かにそうだが・・・」
「今日は決まりませんでしたが、まあ、明後日には決まるでしょう。安心して私にお任せください」
ビスク王は微笑みながら言った。
「そうだな。では頼むぞ」
そう言ってメドール王はその部屋から出て行った。後の残ったビスク王はつぶやいた。
「手がかかるお坊ちゃんだ。まあ、私は大公様のお言いつけ通りに進めるだけだ。トキソ国の一部をいただくためにな」
ビスク王はニヤリと笑った。
◇
王宮では急遽、戦闘準備がなされていた。周辺地域から騎士や兵士を動員したのである。だが・・・集まる者は多くなかった。
奥の間で会議が行われていた。レイダ公爵が現状を報告していた。
「反逆軍は少しずつ王都に向かっております。その数は千たらず。しかしその軍に加わる者も多く、その数はますます増大するでしょう」
それを聞いてアデン王は厳しい顔をしていた。
「それほどまでに・・・。今現在集まった味方の兵の数は?」
「五百ほどで・・・」
騎士団長のジューニが言いにくそうに答えた。それにレイダ公爵は驚いた。
「たったそれだけか?」
「はい。あるうわさが流れたためにそうなったようです」
「うわさ?」
アデン王が眉をひそめた。
「なんでも反逆軍はハークレイ法師様の命で動いているとか。」
「ハークレイ法師様だと!」
アデン王もレイダ公爵、いやその場にいた者は一様にひどく驚いていた。
「はい。ハークレイ法師様です。それを聞いて騎士や兵士たちがこの戦いにしり込みをしているようです」
「そんな・・・」
ジューニ騎士団長の報告にアデン王は気力を失ったかのように椅子に座り込んだ。
「それは本当か! ただのうわさではないのか!」
「それはわかりません、ただ聞いたところでは反逆軍の頭のマスカはハークレイ法師様からの命令の書状を持っているとか」
「ううむ・・・」
今度はレイダ公爵が深く椅子に座り込んでしまった。ハークレイ法師が敵側についてしまったらもうどうしようもない。会議は誰も言葉を発せず、あきらめの雰囲気が支配していた。
リーサは女官としてお手伝いのためにその場に居合わせていた。この奥の間でただ一人、彼女だけが確信していた。
(ハークレイ法師様がそんなことをなさるはずはない!)
リーサは会議の場の真ん中に出て行った。そしてアデン王の前に片膝をついた。
「どうした? リーサ」
「恐れながら王様に申し上げます。ハークレイ法師様が反逆軍に肩入れしていることなど絶対にありえません」
「しかしリーサ・・・」
「それはハークレイ法師様と接した王様ならお分かりのはず! あの方はそんなことをなさる方ではありません!」
そしてリーサは立ち上がって会議に出席している重臣たちの方を見た。
「皆様方! どうしてそんなうわさを信じるのです! ハークレイ法師様はそんなことをなさる方でないことはお分かりのはず!」
だがレイダ公爵はじめ重臣たちは目を伏せて何も言おうとしない。リーサはさらに言葉を続けた。
「ハークレイ法師様は悪政を敷いた前大臣ドラスの追放に力を貸してくださったのです。またそれだけでなく王様に教えの言葉をお残しになり、干ばつした土地に雨をもたらして下さったのです。その法師様がどうして我が国に混乱を生じさせることをなさるでしょうか!」
アデン王やレイダ公爵、重臣たちは顔を上げた。
「わが父、執行官のガンジは今、ハークレイ法師様に我が国の危機をお伝えするために首都ゼロクロスに向かっております。必ずや法師様はお助けくださいます! それまで私たちはこの苦難に立ち向かわねばなりません! あきらめてはいけません! それでは敵の思うつぼです!」
リーサは両手を広げて必死に重臣たちに訴えた。それは会議の重い空気を確実に変えていった。まず心動かされたアデン王が立ち上がった。
「リーサの申す通りだ! 我らにはハークレイ法師様がついておる! 怖いものなどない!」
「そうでございます。そのようなうわさは敵が流したもの。こんなことで負けてどうする!」
レイダ公爵も立ち上がった。
「そうだ!」「そうだ!」
重臣たちはみな立ち上がり、声を上げた。その様子にリーサはうれしくなって涙がこぼれそうになっていた。




