一大事
朝駆けで気を失ったリーサだったが、すぐに回復して仕事に戻った。彼女には王様に抱きかかえられた感触がまだ残っていた。王様の前に出るとそのことを思い出して恥ずかしくなるが、うれしさはそれ以上だった。しかしその感情を表に出さずにアデン王のお世話係としての務めを果たしていた。
今宵はアデン王が久しぶりに夜の庭園を歩いた。これにリーサが話し相手としてお供をした。今夜は満月で明るく、提灯もいらない。その月の光は庭の木々や岩を幻想的に照らしていた。
「リーサ。」
「はい。王様。」
リーサは顔を上げた。その美しい顔が月に光で浮かび上がった。
「リーサ。先日の朝駆けは見事だった。そういえば褒美を取らしていなかったな」
「いいえ。ご褒美など・・・」
リーサは王様に抱きかかえていただいただけで十分だった。気を失って知らなかったが、その後、王宮まで運んでいただいたらしい。
「いやいや。同着だったベルガは我が王家の首席伝令官になった。リーサは何が希望なのだ? 遠慮せずともよい」
「私は・・・」
リーサは考えた。自分が欲しているものは・・・・
「ずっと王様のそばで仕えさせてください」
リーサはそう返事をしながら胸の奥が熱くなっているのを感じていた。その感情はアデン王にも伝わっていた。
「私もそなたにずっとそばにいて欲しい」
「王様・・・」
アデン王の言葉にリーサはそれ以上、何も言えなかった。代わりに彼女の頬が真っ赤にほてっていた。
リーサはうれしかった。お慕いする王様にそのような言葉をかけていただくとは・・・生きてきた中でこれ以上の喜びを感じたことはなかった。しかし身分の低い私が・・・と思うと、それ以上の気持ちをを率直に伝えることなどできそうになかった。
だが急に雲が月を隠し、光が届かなくなって辺りが暗闇に包まれた。リーサはさっきとはまるで別の場所に王様と2人きりいるかのような気がした。すると今なら自分の正直な気持ちを告白できそうに思えた。
「王様。私は王様を・・・」
だがその言葉は遮られた。辺りから大声が聞こえてきたのだ。
「王様! 一大事でございます! すぐにお戻りを!」
それは緊急事態のために王様を探す役人たちの声だった。その様子から何か大きなことが起こったようだ。王様の表情に緊張が走った。
「今、行くぞ!」
王様は大声で答え、そしてリーサに言った。
「リーサ! 何か起こったようだ! すぐに戻るぞ!」
「はい。王様!」
アデン王とリーサは急いで王宮に走った。辺りはまだ暗闇に包まれたまま、不気味に静まり返っていた。そこに急にカラスの鳴く声が聞こえてきた。夜だというのに・・・。リーサにはそれが不吉な前兆に思えて仕方なかった。




