なし崩し
トキソ国ではまたあの朝駆けの時期が巡ってきた。今年も盛大に催すための準備ので、王宮はさらに慌ただしくなった。
今年も朝駆けの責任者はガンジ執行官に決まった。去年、初めてその大役を担って、期待通りに朝駆けを成功させた。そのため今年もガンジが仕切ることになったのだ。
そして今年はリーサが2年ぶりに朝駆けに出ることになった。これには訳がある。それは昨年の朝駆けの時のことだった。
ドラス一派が一掃され、新体制で臨むことになった大会は、ガンジの働きもあり、無事に行われた。毎年のように日の出とともに教会から王宮に向かって騎士たちが走る。違うのは皆が俄然やる気になっており、出発前から教会は熱気に包まれていた。激しいデッドヒートが予想されたが、ガンジもリーサもいない朝駆けではあの男の一人勝ちだった。
それは元騎士団長のベルガだった。走り出しからぶっちぎりで他の追随を許さなかった。
前年の朝駆けでペースを上げ過ぎて途中で倒れ、一番乗りどころか騎士団長の座もはく奪された。彼は雪辱を期してこの日のために黙々と練習して、見事にその汚名をそそいだのだ。
ベルガはアデン王の前で名乗りを上げた。
「トキソ国一の健脚。ベルガが一番乗りを勝ち取りました!」
「うむ。よくやった。褒美を取らそう!」
「恐れながら王様に申し上げます」
「私に何か言いたいことがあるのか?」
「はい。私はこの国一の健脚を自負しております。昨年負けた雪辱を晴らし、今年の一番乗りを果たしました。しかしまだ私がこの国一を証明できたわけではありません!」
「ではどうしたいのだ?」
「来年の朝駆けではぜひリーサ殿と戦いたい。王様のお許しをいただきたいのです」
ベルガはそう言った。アデン王のそばでひかえるリーサはその言葉に面食らってしまった。
(私が・・・私がもう一度走るっていうの・・・)
その場にいる者の視線がリーサに集まった。果たしてその挑戦を受けるかどうか・・・。
(そんなの無理よ! 今さら・・・)
リーサは困惑した表情をしていた。すると、
「いや、リーサは王宮勤めである。朝駆けには参加できぬ」
アデン王はそばにいるリーサの様子からベルガの挑戦を断ろうとした。
「これは異なことを・・・。王宮勤めであっても参加はできるはず。私の願いはただ一つ。黒星をつけたリーサ殿と再戦を望みます」
ベルガは退こうとしない。これにはアデン王も困ってしまった。
「お前の言い分も分かるが・・・」
「ぜひ! 私は王様の許可をいただけるだけでいいのです」
すると横で控えていたガンジが口をはさんだ。
「そのことについては後で・・・」
それでその場は収まった。リーサもこの話はなくなったと思っていたのだ。
だが今年の朝駆けが近づくにつれ、周囲の者たちからこう言われるようになった。
「今年の朝駆けは楽しみだ。ベルガ殿とリーサ殿の対戦が見られるのだから」
すでにリーサの周りでは彼女が出ることが決まっているような雰囲気となっていた。親友のマモリすら、
「練習はどう? 順調にいっている?」
と聞いてくる。リーサは首を横に振ってはっきり言った。
「私は朝駆けに出ないわよ。どうしてそんなことになっているの?」
「えっ! リーサが出ることはみんな知っているよ! 秘密にしなくてもいいのよ!」
マモリもリーサが出ることを信じている。それどころか、アデン王ですら、
「リーサ。すまぬ。そなたが伝統ある朝駆けを盛り上げるために出てくれるというのだな。つらかろうが頑張ってくれ。表立っては言えぬが、私はそなたを応援しているからな」
とリーサに言う始末だった。こうなってはもう断りにくい。
(走れなければ無理だと言えるだろう。王宮の生活で脚力は落ちているはず・・・)
リーサは試しに父との特訓を思い出して重い薪を背負って王宮の周りを走ってみた。
「まだ走れる・・・どうして?」
どうも毎日仕事で一日中走り回っているからかもしれなかった。でも一昨年は必死の思いで走ったが、今回はそれがない。惨敗するのは目に見えている。
(出るだけは出てみようか。負けたところで誰も何も言わないだろうし・・・)
こんな風に今年の朝駆けに出ることになってしまった。それでリーサはその日に向けて練習を開始した。勝てなくても無様な姿を王様に見せないために・・・。




