流刑地
トキソ国のジロン山にはこの国唯一の流刑地があった。そこの監獄には死罪を免れた重罪犯が収容されていた。もちろんその中にはアデン王を裏切って政を私していたドラスやワージもいた。
それはある雨の夜だった。その山に近づく一団があった。その者たちは監獄の高い塀を乗り越え、次々に中に侵入した。
ドラス大臣は鉄格子のはまった窓のある薄暗い部屋で、じっと外を見ていた。雨音がうっとうしく部屋の中まで聞こえていたが、彼はそれ以外の気配も感じていた。それは部屋の外のドアの前までやってきた。
「失礼いたします。ドラス様とお見受けしました」
その声は低く不気味だった。だが殺気は感じなかった。ドラスはドアの方に顔を向けた。
「何者じゃ?」
「私めはラジア公国のカイアミ」
外の者が答えた。ラジア公国といえば、トキソ国の隣に接している強大な国である。その国の者がなぜ・・・だがドラスには見当がついていた。
「儂に何か用か?」
「お迎えに参りました。ドラス様をラジア公国にお招きします」
ドラスはそれを聞いて「ふふん」と鼻で笑った。
「とうに儂を見限ったと思っていたが・・・。だがここの警備は厳しい。抜け出すのは難しいはずだが」
「いえ、そうではございませんでしたな。とっくにここは我らが制圧しております。あちらでワージ殿もお待ちです」
手回しがいい奴もいた者よ・・・とドラスは立ち上がった。しばらく待った甲斐があった。アデン王やその周りの者に復讐する機会が訪れたと。それにラジア公国の後押しもあればトキソ国の実権を取り戻すこともできよう。これで元に戻ることができるとドラスは不気味に笑っていた。
この事件はしばらく王宮に伝わらなかった。流刑地であるため人の行き来も少なく、カイアミが偽装した兵などを手配して監獄に何もなかったように装ったからだった。
◇
王宮ではまたいつもの日常が繰り返されていた。アデン王は相変わらず政務に忙しく、リーサはそのお手伝いをしていた。ただ以前と違うのは2人の距離感だった。何かあればお互いに意識してしまうことだった。
アデン王は署名した書類をリーサに渡した。
「これをレイダ大臣に」
「はい!」
すると書類がリーサの手からすり抜け、机の上に落ちた。
「申し訳ありません!」
リーサが書類を拾おうとした。
「すまぬ」
アデン王も一緒に拾おうとした。すると2人の手が触れあってしまった。そこでお互いに慌てて急に手を引っ込めた。
「あっ! 申し訳ありません!」
リーサは触れた右手を左手で持って赤くなった。
「い、いや・・・」
アデン王も気まずそうにしていた。こんな風にふとしたことでお互いに意識してしまっていた。
だが幸いにもその光景は誰の目にも止まらなかった。だからアデン王とリーサのことが王宮でうわさになることはなかった。




