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さらば初恋

「王様。あなたの気持ちを推しはかるために、こんな芝居じみたことをして申し訳ありません。賭けに負けましたから、私は潔く身を引きます。このまま帰国いたします。でも国同士の友好は勧めたいと思っています。よろしいですね」

「私には異存はないが・・・」


 アデン王はまだ何が何やら理解できていない。


「リーサ。あなたは・・・」


 サラサ王女がそう言いかけた時、庭の奥から飛び出してきた影があった。


「あっ! あれは犬!」


 リーサにははっきりわかった。それは逃げ出した番犬の様だった。エサをもらえずに狂暴になって人に襲い掛かろうとしていたのだ。庭師が止めようとしたが振り切って王様や王女様の方に向かっていた。


「きゃあ!」


 サラサ王女は逃げようとして転んでしまった。アデン王は茫然としてただ立ち尽くしている。


「危ない!」


 リーサが慌てて駆け寄った。襲いかかろうとする番犬に走って追いつき、その体をしっかり捕まえた。


「王様! お逃げください!」


 リーサは必死に叫んだ。番犬は王様の方に進もうとするが、リーサが足を踏ん張ってこらえている。ほどなく番犬は庭師たちに取り押さえられて連れていかれた。ほっとしたリーサはその場で倒れ込んだ。


「大丈夫か! リーサ!」


 アデン王はリーサを抱き起した。


「ええ、大丈夫です」


 リーサは王様からすぐに離れた。その頬は赤くなっていた。一方、サラサ王女は駆けつけた侍女たちに助け起こされた。彼女はアデン王とリーサの様子を微笑みながら見ていた。


「やはり王様は私よりリーサの方が大事なのですね」

「い、いや、そうではない」

「いいのです。王様のお心がはっきりわかりました。あきらめがつきました」


 すっきりした表情のサラサ王女はリーサの耳にそっと言った。


「王様を頼みますよ。いつの日か、身分を越えて・・・そんな日が来ることを祈っています」

「王女様・・・」


 するとイルマ女官長や他の女官たちも駆けつけてきた。


「王様! 王女様! ご無事でしたか!」

「大丈夫です。王様も私も無事です。リーサに助けられました」

「そうでしたか。リーサが・・・」


 イルマ女官長はリーサを見た。事情をまだ知らない彼女はリーサがこのままラジア公国に連れていかれる気がしていた。


「女官長。ラジア公国にあなたの国の女官を連れていきます。少し我が国流の教育を施したした方がいい者がおりましたから」

「えっ! やはりリーサを・・・」


 イルマ女官長はそう言ったが、サラサ王女は別の女官を指さした。


「そこのカーラとスギノだ!」

「なぜでございます! どうして私が!」

「私が何をしたというのです!」


 カーラとスギノは声を上げた。


「まだわからぬのか? イルマ女官長やドルネ侍女長から話は聞いた。カーラがリーサを陥れようとし、スギノはそれに加担した」


 それを聞いて2人は肩を落としてうなだれていた。


「では私は国に帰ります。お騒がせいたしました」


 サラサ王女はそのまま待たせてある馬車に乗り込んだ。ドルネ侍女長や多くの侍女たち、そしてカーラとスギノも侍女たちに引っ張られるようにして荷物を載せた馬車に乗り込んだ。


「それではごきげんよう!」


 サラサ王女は別れの言葉を発して、馬車が走り出した。それをアデン王をはじめ、皆が並んで見送った。


「王女様。ありがとうございました。うわさどおり、いえそれ以上に賢明でお優しい方だった。私はあの方の足元にも及ばない・・・」


 見送るリーサはそうつぶやいた。



 サラサ王女は馬車に揺られながら窓の外を眺めていた。トキソ国の美しい田園風景が流れていく。


「来てよかったわ」


 サラサ王女はぽつりと言った。立派になったアデン王に会えた。それにあのリーサにも・・・。


「大公様にはなんとおっしゃるのですか?」


 ドルネ侍女長が心配そうに尋ねた。アデン王との婚約には至らなかったからだ。


「父上には本当のことを申し上げるまでよ。早速トキソ国に何かしてくるかもしれないわね。あの父のことだから。でもあの王様がおられれば大丈夫でしょう。愛する者を守るために奮闘するはずよ」


 サラサ王女はそう答えたものの心配はあった。父は目的のためならどんな強硬な手を使ってでも・・・。しかし彼女にできることはもうない。


 サラサ王女はそっとつぶやいた。


「さようなら。アディー・・・私の初恋よ。さようなら・・・」


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