讒言
アデン王は今日も執務を終え、庭を散策していた。そのそばにはリーサの代わりにサラサ王女が寄こした侍女が2人、付き添っていた。今朝から世話係としてずっとアデン王に張り付いている。よく気が付いて助かる面もあるが、ずっとサラサ王女に監視されているような気がしていた。
アデン王の心は憂鬱だった。サラサ王女のこと・・・いや、リーサのことがもっと気がかりだった。彼女がどんな扱いを受けているのかと・・・。
「王様」
そこにはサラサ王女が来ていた。庭に出てくるアデン王を待っていたようだ。彼には彼女の侍女を張りつかせているから、その行動をすべて把握しているのだ。
アデン王は昨日のこともあり、言葉をかけるのをためらわれた。それを察してか、サラサ王女から話し出した。
「昨日は立場もわきまえず、申し訳ありませんでした。どうかお許しを・・・」
「い、いや。いいのだ。私の方こそあなたに冷たいことを言ってしまったようだ」
サラサ王女が怒っていないようなので、アデン王はほっとしていた。彼にとってサラサ王女は隣の大国の姫君なのだ。機嫌を損じさせてはならない存在だった。だがサラサ王女にとっては違った。彼女にとってアデン王は初恋の相手以上の存在になっていた。
「ともに庭を回るのをお許しください。私はもっと王様のことを知りとうございます」
「それは構いませんが・・・」
アデン王はうなずいた。そこには少し当惑した気持ちがあった。
アデン王とサラサ王女は話しながら庭を歩き回った。
「ここはバラをたくさん植えています。美しく咲き誇るでしょう」
「そうですか。それは楽しみですね。私も見に来たいです」
「その時期には向こうの花壇も花でいっぱいのはずです」
アデン王は広い庭を歩きながらサラサ王女と多くの言葉を交わしていた。その打ち解けた雰囲気に、後ろについていた侍女たちは気を利かして少し離れて歩いていた。彼女たちには王様とサラサ王女は仲睦まじく見えた。
サラサ王女もアデン王が自分に少しずつ心を開いてくれているように感じた。だが時折見せるさびしげな表情が気になった。
(私とこのように話していても心にひっかっかるものがあるのかしら・・・)
サラサ王女がそう感じることがあった。
いずれにせよ、王様とサラサ王女の距離は縮まっているようであった。2人の様子は傍目には昨日よりも自然に見えた。
◇
王宮の離れの玄関にカーラがやってきた。幸い、他の女官には見られていない。カーラは近くにいた王女の侍女をつかまえて頼みこんだ。
「私は女官のカーラと申します。お願いでございます。サラサ王女様にお取次ぎを」
「ご用件は?」
「ご迷惑をおかけしている女官のリーサのことでお知らせしたいことがございます」
「わかりました。ここでお待ちを」
その侍女は離れに入り、少したってから出てきた。
「ドルネ侍女長がお会いくださる。中に」
カーラは離れに入って行った。そしてその中の一室に案内された。中には怖そうな顔をした中年の女が座っている。
「女官のカーラでございます」
「侍女長のドルネだ。リーサとかいう女官のことで王女様に伝えたいことがあるそうだが」
ドルネ侍女長は目で(話してみよ)と促した。
「リーサは恐ろしい女でございます。王様をたぶらかし、王妃の座を得ようとしております」
「なんと大それた・・・」
ドルネ侍女長はわざと驚いて見せた。そんなことはあるまいと思いながら・・・。カーラは調子に乗ってさらに話し続けた。あたかも王様に同情するように・・・
「リーサは朝駆けで勝ったのをいいことに讒言しました。それで大臣だったドラス様が牢に入ることになったのです。それはサラサ王女様との婚約を妨害しようとするためでした。それでこの国の政が乱れ、王様のご苦労が絶えないのです」
カーラは真実味たっぷりに話した。ドルネ侍女長はそれで何か納得した気になった。
「なるほど。そうだったのか。それで婚約が破棄されたのか・・・」
「そればかりではございません。リーサはこともあろうか、王女様に危害を加えようと狙っております」
「何だと!」
ドルネ侍女長は驚いて声を上げた。
「そやつはそんなことを企んでいるのか!」
「はい。王様から王女様を引き離そうとあらゆることをしてくるはずです」
カーラは真剣な顔でそう言った。ドルネ侍女長は一瞬、信じかけたが、(そんなことはない)と思い返した。
「そんな大それたことを企むはずがない。たかが女官が・・・」
「お信じいただけないならそれまでです。私は王女様のためを思って・・・では」
カーラはその場を去ろうとした。
「待て! 一応、リーサを尋問して調べる」
「それがよろしゅうございます。しかしリーサはそんな簡単に尻尾を出しません。ご注意を・・・」
カーラは含みのある言い方をしてそこから出て行った。後に残ったドルネ侍女長は考え込んでいた。




