妄想
夜になるとアデン王はよく庭に出た。それは一日の公務の疲れを癒すためであった。いつもならリーサがついてきてくれるのだが、生憎、サラサ王女に連れて行かれてここにはいない。アデン王は少し寂しく思いながら頭上の星を眺めていた。
「王様」
そこに背後から声をかける女の声がした。
「リーサか?」
アデン王は声を弾ませて振り返った。しかしその前に現れたのはサラサ王女だった。
「サラサでございます」
「王女であったか・・・」
アデン王のやや失望した様子を見てサラサ王女は少しむっとした。
「私では御不満でございますか?」
「いや、そうではない。いきなり来られたので驚いただけです。ところでリーサはどうしました?」
「あの者はしばらく私のところで預からせていただきます。王宮について詳しいものですから」
「そうか・・・」
サラサ王女にはアデン王がため息をついたように見えた。王女は悔しい気持ちになったが、気を取り直して言った。
「昼間は失礼いたしました。話もろくにせずに引き上げてしまって・・・」
「いえ、いいのです。時にどうしたのです? こんな夜遅くに?」
「王様が夜に庭に出られているのを聞いて、私もご一緒しようと参りました」
サラサ王女はそう言って微笑みかけた。昼間のこともあって気まずかったが、サラサ王女にそう言われるとアデン王も無下に断るわけにいかなかった。
「では庭でも案内しようか?」
「ええ、ぜひ」
アデン王とサラサ王女は王宮の庭を歩き出した。建物から漏れてくる光がほのかに照らしていた。空を見上げれば星がきらめき、三日月が昇っていた。
「ここにいれば夜は木々のざわめき、風の音、虫の声・・・自然の音しか聞こえぬ。それで心を悩ますことをしばし忘れられる」
「真にそうでございますね」
サラサ王女は相槌を打った。アデン王はさらに話を続けようとした。
「王女は・・・」
「いえ、昔のようにサリーとお呼びください。私も王様のことをアディ―とお呼びしたく思います。2人でいる時はそうしていただきたいのです」
サラサ王女はそう言ったが、アデン王は首を横に振った。
「もう昔の幼い頃の2人ではないのです。私はトキソ国の王、あなたはラジア公国の王女。それぞれ立場がある。わかってほしい」
アデン王が静かにそう言った。サラサ王女は足を止めた。それは彼女にとってあまりにも冷たい言葉だったからだ。アデン王はそのまま歩いて行った。残されたサラサ王女は悲しげに見送っていたが、あきらめてそのまま戻っていった。
◇
リーサは窓から外を眺めていた。そこから見える夜の庭は悲しげに見えた。
「今頃、王様は庭を散歩されているかも・・・」
いつもそのそばについて王様の話し相手になっていた。今日はそのお姿を思い浮かべながらこの庭を見ているしかない。そう思うと少し寂しい気がしていた。こうして少しの間でも離れていると、王様のことが気にかかるのであった。
「王様。今頃は・・・」
リーサは今にも王様の元に飛んでいきたい気がしていた。そしてずっと、おそばに・・・。彼女は自分が王様の隣にいる様子を想像していた。その姿はまるで恋人たちの姿でもあった。
(私ったら・・・)
リーサはその想像を頭の中から追い払った。自分のようなものが王様の伴侶になれるはずがない。そんな恐れ多いことを考えることさえも許されるはずはない・・・彼女はため息をついてそう思った。だが彼女は外を眺めては王様への思いをとどめることはできなかった。




