お世話係
ハークレイ法師がこのトキソ国を正してから2年の歳月が流れた。あれ以来、この地に雨はよく降るようになり、豊作が続いていた。村々は少しずつだが豊かになってはいたが、まだ貧しい者は多かった。
王宮ではアデン王は多忙を極めていた。彼は民のために様々な政策を打ち出し、それを実行していた。もちろん大臣のレイダ公爵ら重臣も大いに力を尽くしていたが、前大臣のドラスらがこの国の政を腐敗させていたので、一から変えていくのはなかなか大変で苦労の絶えないものだった。それでも一歩一歩、アデン王の望む国に近づいてきてはいた。
今日もアデン王は執務室に籠って仕事をしていた。するとドアをコンコンコンと叩く者があった。
「入れ!」
アデン王が返事をすると、リーサが入ってきた。彼女はかつて朝駆けで父のガンジに代わりに一番乗りを勝ち取り、アデン王に父より託された書状を渡してドラスたちの専横を訴えた。それとハークレイ法師の助けもあり、ドラスたちを追放することができた。その功でガンジは一介の騎士から執行官になり、リーサも念願の女官として王宮勤めをするようになった。さらに彼女は王宮でも働きを認められ、アデン王の身の回りの世話も任されていた。
「王様。またお食事の時間をお忘れになりましたね」
「おっ。そうそう。仕事が忙しく食べる暇がなかった」
「それはいけません。それではお体を壊します。お食事はきちんと取っていただかなければ」
リーサはいつもこんな風に意見していた。他の女官なら「忙しい」の一言で追い返すのだが、アデン王はこのリーサの言葉は素直に聞いていた。
「全くその通りだ。しかし今は無理だ」
アデン王の前には書類が山積みになっていた。だがリーサは持ってきていた籠を机の上に置いた。
「そうかもしれないと思い、お持ちしました。せめてこれだけでもお召し上がりください」
リーサは籠からパンやハムなどを出した。
「これはすまぬ。早速いただこう」
アデン王は手を伸ばした。リーサはそれを押しとどめて、
「まずは手をきれいにしていただかないと」
と濡れタオルで両手をぬぐった。そこにリーサの父のガンジが書類を持って現れた。
「王様、書類をお持ちしました。お食事中でございましたか」
「いや、かまわぬ。リーサに食事するように言われてな」
アデン王がそう言うと、ガンジは恐縮していた。
「申し訳ありませぬ。娘が生意気に意見を申し上げてしまって・・・」
「いや、いいのだ。他の女官に言われたら気に触るが、リーサならば不思議と気にならぬ。素直に意見に従ってしまう。不思議なものだ。リーサが魔法をかけているのかもしれぬぞ」
アデン王が冗談っぽく言うと、リーサは顔を赤らめて、
「まあ、王様」
と笑った。この国はまだ難しい問題を抱えてはいたが、王宮内は和やかな雰囲気に包まれていた。だがアデン王はゆっくり食事する暇がないのは確かだった。ドラス前大臣をはじめ多くの者が処罰され、この王宮を去った。国を運営するのも人手が足りないのだ。
「私はともかく、レイダ公爵もガンジも皆、忙しくしておるな。すまんがリーサ、できれば手伝ってくれぬか」
「はい。わかりました」
リーサは笑顔で答えた。
「もう少しすれば、新しく王宮勤めをした者たちも慣れてきましょう。そうなればもう少し何とかなると思いますが、それまでご辛抱ください」
ガンジの言葉にアデン王はうなずいた。




