教え
アデン王は怒りを鎮めようと大きく息を吐いた。そこにハークレイ法師が声をかけた。
「アデン王よ」
「はっ」
アデン王はハークレイ法師の前に片膝をついた。
「評議会の推薦であなたはこの国の王の座につかれた。儂もあなたに期待をかけておった。ここであなたは民のために様々なよいことを行ってきたと思っておられたのであろう。だが実際はそのような政は行われず、高い税を背負わされ民は苦しんでおったのじゃ」
「真に恥ずかしき限りでございます」
アデン王は顔を伏せた。ハークレイ法師は話を続けた。
「よいかの。あなたをだまして甘い汁を吸おうとする者はおる。あなたはそれを見極めて人を使わねばならぬ」
「はっ。肝に銘じまする」
すると門の外が騒がしくなった。あのスザクに案内され、馬から降りて門をくぐってきた者がいた。
「ようやく来たようじゃ」
ハークレイ法師はその方を見た。それはレイダ公爵だった。彼はハークレイ法師の前で片膝をついて頭を下げた。
「レイダ公爵でございます。お召しにより参上いたしました」
「うむ。よく参られた」
ハークレイ法師はそう声をかけると、アデン王に言った。
「レイダ公爵じゃ。この者は以前、大臣を務めておった。ドラスによって失脚しておったが、その間、国中を回って調べておった。この国のことを誰よりも知っていよう。大臣とされるがよい。あなたを助けてくれよう」
「はい」
「それにもう一人おる」
ハークレイ法師は門のところでひざまずいているガンジの方を見た。
「あの門のところにいるのがリーサの父のガンジじゃ。一介の騎士ではあるが、この国のことを思うのは誰にも負けぬ。重用されればきっと役に立つはずじゃ」
「重ね重ね、ありがとうございます。必ずハークレイ法師様のご期待に沿うよう、努めてまいります」
アデン王は頭を下げた。ハークレイ法師は大きくうなずいて、離れたところにいるガンジに言葉をかけた。
「これでこの国はよくなるじゃろう。ガンジさん。これからは王様をお助けするのじゃぞ。よろしいかな」
「はい。必ず。ハークレイ法師様。ありがとうございます。これで村の者は救われます」
ガンジは深く頭を下げた。その目には涙が光っていた。
次いでハークレイ法師はリーサのそばに来た。
「リーサさん。よくやりなさった。あなたの頑張りがこの国を救う道を作ったのじゃ。このハークレイ、感服いたしましたぞ」
「身に余るお言葉です。すべてハークレイ法師様のおかげです」
「いやいや。すべてあなた方ががんばった賜物じゃ。おお、そうじゃ。まだ王様からご褒美をいただいておりませんでしたな。のう。アデン王よ」
ハークレイ法師はアデン王の方を見た。
「はい。リーサには褒美を取らしたく思います。あれを持て!」
アデン王はそばにいた役人に指示した。するとその役人はお盆に乗せた黄金を3枚持ってきた。それを見てハークレイ法師は首を横に振った。
「いやいや、リーサがいただきたいものは他にあるはずじゃ」
「はて? それはなんでございましょうか?」
2人の会話を聞きながらリーサは迷っていた。王宮に上がりたい・・・だが自分のような者を女官にしてくださいとは彼女の口からは言えなかった。するとガンジが王様に申し上げた。
「王様。恐れながらリーサには一つだけ望みがございます」
「それは何だ? 聞こう」
「リーサは王宮に上がりたいと常々申しておりました。お許しいただけるなら女官にしていただきたく思います」
ガンジはリーサの思いを代わって言ってくれた。果たして王様はどう答えていただけるのだろうか・・・リーサは顔を伏せていた。
「おお、そうか。それは願ってもない。リーサは王宮で仕えてくれるのだな? 頼むぞ」
「はい。この身をささげて精一杯がんばります!」
リーサは顔を上げて答えた。その顔はうれしさで頬を赤く染めていた。
その光景を見てハークレイ法師はにっこり笑った。
「それはよかった。儂もこの国の新たな門出を祝おう。だがこの年寄りにできることはこんなことぐらいしかないがな」
そう言ってハークレイ法師は呪文を唱えた。すると空から雨が降ってきた。しばらく雨の降らなかった土地に水がしみ込んでいった。人々は久しぶりの雨に、「ありがたや! ありがたや!」と喜んで舞い踊っていた。
「これで少しはこの土地も潤うであろう。アデン王よ。後はよろしく頼みますぞ」
「はっ。必ずこの国を立て直して御覧にいれます」
アデン王は頭を下げた。ハークレイ法師は満足そうに目を細めて微笑んだ。
◇
降り出した雨は日照り続きの畑に一時的に水を与えたばかりでなかった。雨水は山から谷へ、そして川に流れだし、それは乾燥した土地を潤して枯れかけた作物の息を吹き返させた。それでこの年の凶作は避けられたという。
雨降って地固まる。圧政を行い、民を苦しめたドラス一派は排除され、王のもとに政を取り戻した。アデン王はこれから民のために国の立て直しを行うだろう。だがトキソ国の苦難はまだまだ続く・・・。
この国が繁栄して民が豊かで幸せに暮らせるように、そしてアデン王を慕うリーサに幸あるようにと心から願いながらハークレイ法師はこの国を後にするのであった。




