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決心

 翌朝、ドラス大臣の屋敷では怒鳴り声が響いていた。


「失敗しただと! この間抜けめ!」


 ドラス大臣の剣幕に恐れおののき、ミクラスは頭を深く下げて縮こまっていた。彼は昨夜のことを報告しに来たのだ。手の者とともにガンジを襲ったが討ち漏らしてしまったことを。ミクラスは床に頭をこすりつけるように土下座をした。


「お許しを・・・。邪魔が入ったものですから・・・」

「邪魔者などどうでもよい! 一緒に消せばよかったものを」

「それが凄腕でして・・・」

「腕の立つ者を選んだはずだ。それがどうだ! しくじるとは!」


 ドラス大臣の怒りは解けなかった。まさかミクラスが討ち漏らすとは思ってもみなかったのだ。横にいるワージ執行官はこれ以上、見てはおられず、とりなすように言った。


「討ち漏らしましたが、ミクラスの話では脚に深手を負ったとのこと。これでは朝駆けに出られますまい。この辺でお許しを。ミクラスも反省しておりますから」

「まあ、確かにそうだ。今回ばかりは許そう。さっさと儂の前から去れ!」


 ようやくドラス大臣は怒りの矛を収めた。ミクラスは2人に頭を下げてすぐに部屋から出て行った。


「ところで税の取り立てはどうだ?」

「反発している者もいますが、まずは大丈夫かと。反対する者は力で押さえつけますので」

「それでよい。王様は何も知らぬ。潤った分は我らが山分けする。たとえ民衆が反乱を起こそうとも王様のせいにすればよい。ハークレイ法師や評議会が新たな王を送ってくるだけだ」

「今度は愚かな方がよろしいですな」

「そうだな。こんな手間のかかることをせずに済むからな。はっはっは!」


 ドラス大臣とワージ執行官は笑い合っていた。


 ◇


 ガンジはどうしても走ると言い張り、キリンとビャッコに肩を借りて外に出た。その後ろから老人とリーサもついてきた。

 リーサは傷を負った父のことが心配でたまらなかった。あの傷の様子からはとても走ることなどできないはずなのに・・・。

 老人もガンジの傷の回復にはまだ時間がかかり、走ることはできまいと見ていた。


「まだ無理なようじゃが」

「いえ、もう大丈夫です」


 ガンジは無理をしても走ろうと決めていた。苦しむ人たちのために・・・。キリンとビャッコから離れ、一人で右足を引きずりながらも何とか歩き、そして走ろうとした。


「ううっ! 痛い!」


 ガンジは右太ももを押さえて、その場にしゃがみこんだ。


「父上! 大丈夫ですか!」


 リーサが驚いて駆け寄ったが、ガンジは差し伸べられた手を振り払った。


「いや、手を貸すな。このまま一人で立ち上がって走るのだ!」


 ガンジは痛みをこらえ、額に汗を浮かべながら必死の形相で何とか走ろうとした。何度転んでもそのたびに立ち上がった。その父の苦しむ姿をまともに見られず、リーサは、


「父上・・・」


 とつぶやいて顔を背けていた。それからしばらくガンジは懸命に取り組んだが、やはりまだ走ることはできない。転んだまま無念の涙がこみ上げてきた。キリンとビャッコがそばに寄ってガンジをそっと起こした。


「ガンジさん。どうも無理なようじゃ。足が元の状態になるまでしばらくかかる。朝駆けに出るのは無茶じゃ。あきらめなされ」


 老人にそう言われたものの、ガンジはあきらめがつかず、ただ足元を見て涙をこらえていた。その父の様子にリーサは決心した。彼女は顔を上げて父に告げた。


「父上! 私が走ります!」

「なに! お前が走るというのか!」


 リーサの言葉にガンジは驚いた。女の身であの重い甲冑をつけて朝駆けに出るというのであろうか・・・。


「はい。私は父上の子。走れないわけがございません。朝駆けはその身内の者が走ることが許されています。父上に代わって必ず一番乗りを勝ち取り、王様に村のことをお伝え申し上げます。どうか私にやらせてください」

「しかし・・・」


 本当はリーサの気持ちがガンジにはうれしかった。だがこのような過酷なことをリーサにさせてよいかどうか・・・ガンジは返事に困っていた。そこに老人が言葉をはさんだ。


「ガンジさん。リーサさんは決心されたのじゃ。それはそんな軽い気持ちで言われたものではない。それなりの覚悟をされたはず。やらせてあげなされ」


 老人は優しく言った。その言葉にガンジも心を決めた。


「リーサ。頼むぞ。村の者のためにもきっと一番を勝ち取るのだ。そうと決まれば特訓だ。今日からずっとつらいぞ!」

「はい! それは覚悟しています」


 リーサははっきりと答えた。


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