自責の念
一方、ソリアは夫の命に別状なく、傷も数日で治ると聞いてほっとしていた。
「ありがとうございます。あなたには医術の心得があるのですか?」
「儂は方術師です。方術とは森羅万象、万物の流れを知り、それを正すもの。人体も例外ではなく、医術に通じます」
「このまましばらく我が家のご逗留いただけないでしょうか? 主人の傷を診ていただきたいのです」
「わかりました。ご主人が心配でしょう。しばらくご厄介になります」
「それではよろしくお願いします」
ソリアは深く頭を下げた。これで彼女の不安は少し消えた。だがガンジは暗い顔をしたままだった。何かわけがあると思った老人はガンジに尋ねた。
「ご主人。どうしてそこまで朝駆けにこだわれるのかな?」
「いえ、それは・・・」
ガンジは言葉を濁らせた。一番乗りをして王様に民の窮状を訴える・・・などとは言えなかった。特によく知らない旅の老人には・・・。
「これはいらぬことを聞いてしまったようじゃ。しかしあなたは命を狙われておる。話次第では儂たちが何か手助けできることがあるかもしれません。もしよろしかったら訳を聞かせていただけませんか?」
老人はやさしく言った。ガンジはじっとその老人を見た。信用できるかどうか・・・。品格がありながら不思議と人をひきつける。そしてその様子は何もかも見通しているようでもあった。ガンジはこの老人に何もかも話すことにした。
「お話ししましょう。今年は必ず一番乗りを勝ち取らねばならぬのです」
「ほう? それはどうしてですかな?」
「新しくいらした王様に村の惨状を訴えるためです。凶作の上に重い税をかけられたら村人は困窮し逃げ出してしまいます」
ガンジは答えた。それを聞いて老人の目は光った。
「王様は民のことをご存じないのですか?」
「はい。王様は英明なお方と聞いております。しかし噂ではドラス大臣が王様の耳を塞いでいるようでございます。大臣たちが勝手に税を重くしているのかもしれません」
「そうでしたか・・・」
ガンジの答えに老人はため息をついた。それはまるで自分の不手際だと言わんばかりだった。一方、ガンジは言うことを聞かぬ足に焦りを覚えていた。
「とにかく朝駆けの日が近づいております。なんとしてもこの足を治して一番を取らねばならぬのです。方術でも走るようにできないのですか?」
「方術でもそれは無理じゃ。とにかく今は傷をしっかり治すことに心がけてください。決して無理をなさらぬように」
老人は無理をしてでも走ろうと思っているガンジにくぎを刺した。
リーサはその様子を見ていた。傷を負った父の様子に言葉が出なかった。彼女は悲しげな顔をして外に出て行った。それを老人が心配そうに見ていた。
リーサは外に出た。満月の明かりが彼女の悲しげな顔を浮かび上がらせた。
(私のせいだわ。私が邪な考えをしたからこんなことになったのだ・・・)
彼女は心の中で自分を責めていた。あの老人が父の傷の治療をしてくれたが、もう朝駆けに出ることはできない。彼女は父が今回の朝駆けに並々ならぬ覚悟で臨んでいることを感じていた。
「リーサさん。どうされたのかな? そんなに暗い顔をして。お父上ならもう大丈夫じゃ」
そこに老人が言葉をかけてきた。リーサが振り返ると老人は優しく微笑んでいた。
「すべて私が悪いのです。罰が当たったのです。こんなことになったのは・・・」
「ほう? それはどうしてですかな?」
「私は父が一番乗りを勝ち取ったら、王様に頼んでもらって王宮に上がろうと考えました。そんな不埒な考えをしたばかりに父に災難が降りかかったのです」
リーサは目からこぼれる涙を手で押さえた。
「そんなことはない。お父上は何者かに命を狙われたのです。正しいことをしようとして・・・。あまり自分を責めてはいけませんぞ」
「しかし・・・」
「ここで自分を責めるより、あなたには他にできることがあるはずじゃ」
老人にそう言われてリーサは考えた。自分ができることとは・・・。
「さあ、戻りましょう。お父上やお母上が心配されますぞ」
老人はそう言ってやさしく微笑んだ。リーサは黙ってうなずいた。




