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無念

「ドーン!」


 いきなり大きな音がして、剣を振り下ろそうとした男が吹っ飛ばされた。何事かと残りの男たちが後ろに下がると、キリンが姿を現して彼らの前に立ちふさがった。


「3人でこの人をろうというのか! そんなことはさせねえ!」

「かまわねえ! こいつもやれ!」


 3人の襲撃者はすぐにキリンを取り囲むと剣を構えた。そして次々に襲いかかってきた。しかし彼らの剣は空を切った。キリンは素早い動きで剣を軽々と避けていた。そして連続する突きや蹴りで彼らを打ちのめしていった。


「くそ! ひけ!」


 これはかなわぬと見た襲撃者たちはその場から逃げ去って行った。キリンは追いかけようとしたが、ガンジが足元でうめいているのに気付いた。


「しっかりしなせえ!」


 すぐにキリンはガンジを助け起こした。ガンジは苦痛で顔をゆがめている。右太ももを深く斬られ血が流れていた。


「こいつはいけねえ!」


 キリンは懐から布を取り出して、ガンジの右太ももの傷にギュッと巻いて止血した。


「これでまずはよしと。肩を貸しますから家に帰りましょう」

「すまぬ・・・」


 ガンジは痛みをこらえてそう言った。


 ◇


 リーサは外に出て満月を眺めていた。


「どうか今年も父上が朝駆けで一番乗りになりますように」


 リーサはそっと手を合わせて満月にお願いをした。

 リーサは父のことを誇りに思っていた。昨年は栄誉ある朝駆けの一番乗りを勝ち取った。先王様からお言葉をいただき、ご褒美の品もいただいた。この身分の低い家にとって身に余るほどの名誉なことだった。

 朝駆けは勇壮なものである。それを小さい頃から見物していたリーサは毎年、感銘を受けた。そして幼かったリーサはガンジにそう言ったことがあった。


「父上。私も走りたくなりました。こう見えても私は早いのですよ。男の方にも負けませぬ」

「そうか。しかし朝駆けは女には無理だ。重い甲冑を着て走るのだから。お前が男だったら私の後を継いで走ってもらうのだが・・・」


 ガンジは笑顔で言った。それはリーサにもわかっていた。自分では伝統ある朝駆けに参加できないであろうことを・・・。だからいつまでも父に頑張ってほしかった。

 リーサは満月を見ながらこうも思っていた。


(また王様にお会いしたい・・・・。そうなればどんなお言葉をかけていただけるのか・・・)


 そう想像するだけで彼女の顔がポッと赤くなった。



 だがその静かな時間は破られた。斬られたガンジがキリンに抱えられるように帰ってきたのであった。


「もし! ご主人が大変です!」


 キリンが玄関先で奥に声をかけた。するとソリアが出てきた。彼女はそこに痛みに息を乱している夫の姿を見た。その右太ももにべったりと血のにじんだ布が巻かれていた。


「どうされたのです!」


 ソリアは驚いて大きな声を上げた。


「何者かに襲われた。この方に助けていただいたのだ。大丈夫だ」


 ガンジは心配させまいと静かに答えた。そこにあの老人も出てきた。


「これはいかん! 早く横になられて・・・」

「ではこちらに」


 ソリアに案内されて、キリンはガンジを彼のベッドに運んでいった。老人は斬られたガンジの右大腿の傷を見た。布を外すと傷は思いのほか深く、血が流れている。老人は傷をさすりながら呪文を唱えた。すると血は止まり、傷は少し小さくしぼんだ。


「これでよし。ご主人、痛みはどうかな?」

「はい。和らいだようで・・・。ありがとうございます」


 老人は傷の上に新しい布を巻き付けた。


「これで数日もすれば傷も癒えるじゃろう」

「数日? それでは朝駆けは?」


 ガンジは飛び起きて老人に尋ねた。


「それは無理じゃ。当分、安静が必要じゃ」


 それを聞いてガンジは気を落としてため息をついた。その顔には無念の表情が見えた。


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