父の言葉
食事が終わり、老人たちは部屋に引き上げて行った。ソリアは後片付けをしながら
(こんな夫の姿を見るのは久しぶりだ)
とうれしかった。彼女は夫のことを『一介の騎士だが、国を思う心、いや人々を思う心は偉い方々にも劣らない』と尊敬の目で見ていた。近頃は村の悲惨な状況に頭を悩まして暗い顔を見せていた夫だったが、今夜はすこぶる機嫌がよく、陽気になって元気が出てきたようだ。旅の老人の珍しい話を聞けたこともあるが、昼間によいことがあったのだと彼女は思っていた。しかし、
「何か、よいことがおありになったのですか?」
とソリアが聞いても、
「いや、別に何もない」
とガンジはそっけなく答えるだけだった。しかしソリアはその様子を見てきっとよいことがあったのだと確信していた。
その日は満月で明るい夜だった。外には気持ちよい風が快く吹いている。気分が乗っているガンジはもう少し外を走りたかった。
「これからもう少し走ってくる」
「でもお疲れでは?」
「今宵は気分がよい。外の風が心地よかろう」
ガンジはソリアにそう告げて外に出て行った。彼は朝駆けのためにもう少し鍛錬をしようと考えたのだ。リーサも外に出て行って、後ろからガンジに声をかけた。
「父上。お願いがあります」
「ん? 何だ?」
ガンジは振り返った。
「もし今年、一番乗りを勝ち取られたなら、王様にお願いしていただけないでしょうか。私は王宮に上がりたいのです」
それを聞いてガンジはリーサをじっと見てから言った。
「それはならぬ」
リーサには意外は返事だった。
「なぜでございますか?」
「女官は王様に仕える。ひいては国に仕えるということだ。生半可な気持ちで勤まるものではない」
「それは覚悟しています」
リーサはそう言ったものの、(王様のそばにいたい)という不純な動機だから心苦しくなった。
「それにもしお前が私のような者の口添えで王宮に上がったら、皆から何と言われよう。『リーサは父の力で無理に女官にしてもらえた』などと陰口をたたかれることは間違いない。いくら懸命に勤めてもそれがいつもついてこよう。それではお前のためにならぬ」
確かにそうだとリーサは思った。一番乗りを勝ち取った父の力で女官になることは横暴以外の何物でもない・・・
「確かにおっしゃる通りです。私が間違っていました」
「リーサ。お前はがんばっている。そのうちに女官になる道も開けよう。お前の懸命な姿を見ている者もいるはずだ。それまでは精進するのだ」
父は気を落とすリーサを慰めるように言った。
「さて、これからまた走ってくる。今年も一番乗りを勝ち取って栄誉とご褒美をいただいてくるからな。楽しみにしておれ」
ガンジは笑顔でそう言って走っていった。
「はい。父上」
リーサも笑顔で見送った。だが・・・
(何かが・・・)
リーサは父の後ろ姿に不穏な影がつきまとっている気がして不安になっていた。
家から出て行くガンジをじっと見ている3人の男たちがいた。彼らは近くの植え込みに隠れて家の様子をうかがっていたのだ。
「出てきましたぜ」
「それは好都合。得体のしれないじじいと男たちがいたから家には踏み込めなかったしな」
「外なら誰もいませんし、簡単にやれますぜ」
彼らは密かにそう話すとガンジの後を追って行った。




